コレの続き
(途中からお読みになる方はあまり居ないとは思いますが<概略>は前編のほうに記載してあるので未読の方はそちらをご一読の上お願いします)


   


 そもそも、わらう、という行為は、愉快さを表すものというよりも、威嚇するためのものであり、攻撃的なものであるのだ。牙を剥いた百獣のその姿が、わらう、の原点である。まさしくそれは誂えられているかのように。

「ン、う、あっ…ぅ、んあぁ、あー」

 テオドリッヒに促されるままエレンはとりあえず先頭に立っていた兵士の1人の、足許で下衣に頬擦りし、歯で噛みながらジッパーを下げると、躊躇無く、湯あみどころか水浴びさえも済ませていない汗臭く不潔なペニスを、口に含んだ。

「っ…」
「あー…、ン、ゥむ、……ふは…あ……ふァ、っああ」
「は、っ、なん、ッだよこのガキ…、すげえ、吸い付きやがって……っ」

 すぐに、いっそ強制的に射精を促されるかのようで兵士は戸惑ったが、それでエレンの口淫がとどまることは無い。寧ろ少しでもはやく吐精させ、迸るであろう精液を飲み干してしまいたい、その次もそうしたい、その次も、と、男のぺニスにつよく吸い付き、テオドリッヒが覚え込ませた通りにエレンの喉奥はある種、性器のひとつと化していた。
 足りないのだと。もっと、もっと、と。

「んっ…んんん――っ、は、はぁっ、は、」

 欲しいものを躊躇わず欲する。貪欲に。ただただ本能のままに。塩っぽくも甘苦く、青臭いばかりの精液を幾らでも呑み下していく。それ以外は要らないとでも云うように、散々に嬲られ、精神を破壊されることで、生命活動のひとつとして得た快楽。最早、雄なくしては生きられないエレンの躰と、その味覚。雄の出す精液を呑み干すだけで堪らない、昂りに下半身が疼いて疼いて、止まらない。

「っ…は、ふ……ぅ、……っんん――」
「あァ…幾らでも出そうだ……」
「貴様らも。別に噛み千切られる心配は無い。黙って見ていないでこいつを犯して見せろ」

 エレンの煽情的な姿と地下に充満する阿片混じりの香にあてられた別の1人がふらりとエレンの後ろへまわり、傷だらけで爛れてはいるが閉じていないアナルへそのままペニス突き刺すと、特出した抵抗も無く円滑剤にさえなっているエレンの血液に呑まれるように、ぬるり、挿入り込み、途端その孔は伸縮する。受け入れることには慣れきってしまっているエレンのアナルは、まだ齢15の兵士の尻孔と呼ぶよりそこはもう既に、熟れきった娼婦の孔と呼ぶに相応しかった。
 エレンの口のなかで兵士らが次々果ててゆくのを見届け、テオドリッヒがリード代わりの鎖をを引けば、

「ンゥあ、っ…は、ぁ、」

 とエレンから嬉声が出る。それを合図にするように、集められて呆然と見ていただけの兵士たちすらも皆、我先にと快楽に飢えた躰を分け合い始める。こいつ、ガキのくせに女より悦いぜ、と誰かが言えば、是非に味見をさせろ、と次の誰かが名乗りをあげる。誰も奇妙に思わない奇妙な空間。だがそんなことよりも目の前にある欲望の捌け口のほうがずっと魅力的であったのだ。その様子は肉塊にたかるハエのようで、自我を失っているエレンも、多くの彼らも、理性も常識もすべて剥ぎ捨てている。『巨人化する化け物を犯す』という強大で英雄にさえなった気分にもなれる、支配欲と背徳感――快感に飲み干され、枯れ果てていく、その醜悪な遊びは、ほんとうの『支配者』の手のなかだ。テオドリッヒはエレンを含めた兵士らを見下し嗤い続けた。下賤は何をしようと所詮下賤、そこから這い上がれはしないのだと高らかに云わんばかりに。
 火のついた官能が、仕事柄なかなか好きなようには女と縁無く飢えた兵士らの全身にまわり、彼らはハッハッと熱く生臭い息を吐きながらエレンを犯し、エレンの躰もそれに応じる。特にペニスを扱く手付きが子供とは思えない程に悦く、根元から力強く、先端へと扱きあげていく絶妙な加減でひどく繊細に、尿道口から裏筋から丹念に男の快感を引き出すポイントを外さない。

「ンぅ……んあ、う……あー」

 まるで愛おしむかのように名も知らぬ男のペニスへ幾度でもキスし咥え上げるエレンの、あのきれいだった瞳はもうずっと何も映さない。覚えたての暴力的で脳の蕩ける快楽は、エレンのなかで最も大切な本能として彼を突き動かしている。堪らず細腰を掴み引かれればエレンは遠慮無く素直に喘いだ。

「あ…ゥ、んんー…、ッあふ、ア、あっあっあ、……あぁっ! ひ、うっ……、んぅあああ…ッ!」

 アナルを穿つ兵士にすべてを任せるように拓かれたエレンの脚の間からは、ぬちゅぬちゅといやらしい音が響き、エレンの口内に果てる兵士はその精悍な肉体がぶるぶると震える程に感じて、揺れる。しゃぶれなどと言われずとも抵抗無く口に含むまた別の兵士のペニスは、エレンが吸うなり程なく先走りの淫汁が大量に溢れ、それはエレンの唇端から垂れ落ちて、またも射精に至るとエレンは精液を喉を鳴らしながら呑み干していく。ひたすらに、そんな淫らな行為の繰り返し。化け物と怖れていた子供の躰の何たる美味なことか、まるで極上の商売女を好き好きに抱くよりずっと、肉体が火照り何より性欲が異常に昂る。

「ぁあッ、…は、はっ、ン! んんぅ! あ゙ァっあ゙ッ」

 乱暴に叩きつけられる、脈打つペニスの形を感じていたエレンの孔を出入りする肉の塊は、固く、逞しいが、所詮人体の温度。分厚い筋肉に覆われた太股で激しく腰を打ち付けられ、何度も何度も往復するが、熱さが無い。足りない。物足りない。その歯痒さにエレンは本能的に自らの腰を振るが、熱せられ赤く色を変えた鋼の与えてくれる、躰が焼け切られる快感はここには無い。その物足りなさに自然、エレンの手が伸び、自らの乳首に施されている錠前を掴んだ手のひらで転がし、指先で乳首をこねる。

「ン、ぁ、あ゙あ゙あ゙ッ!」

 その手を面白がるように兵士らに導かれエレンは自身のペニスを握らされたが、うまく力が入らず、誰のものとも知れぬ大きな手が更に上から握った。乳首といいペニスといい、アナルを犯されながら、などというオナニーは、ここへ連れて来られる以前のエレンに1度として経験が無かった。だからこれ程癖になるなんて識らなかった。動き出した手はスムーズに、ペニスを扱く。うしろから挿入されては引き抜かれ、また突き挿れられる、そのタイミングに合わせ、止められることも無く止めることも無いままに。酷い焦燥感を味合わされ同時、前立腺への容赦無い連続的なそれはぐちゅぐちゅと響き、エレンの躰が体感する気持ち悦さと物足りなさを絡め、そして複雑にする。今やエレンの脳内は思考をやめ、ただ気持ち悦さえすれば何でも良いと、何をされようと、何をさせられようと、恥に思うことも無く、爛れた肉欲だけに何もかもを委ねた上でその行為だけに支配されていた。

「それ程に男が好きか、この卑しい化け物め!」
「はふっぅ…あっ、あ、あっ、ひ、……くぅっ、…ア、ぁあっ……」

 思い思い、如何に罵声を浴びさせられようともどのような蔑みも何ひとつまるで届かない、エレンは疾うに人間では無くなっているのである。自身が何者であったのかさえ、理解らないのだから当たり前に仕方が無いことだった。

 兵士らから漸く解放された頃には、拓ききり弛んだエレンのアナルから、直腸に詰め込まれた生臭く誰のものとも知れぬ精液が流れ落ちていくままに、穢らわしいそれを溢れさせながら、憔悴のあまり力尽きて壁に凭れたエレンはだらしなく両脚を投げ出し、何人の兵士を相手にしたかもわからぬ程の陵辱の痕跡に、何を思うわけでも無く、整わない呼吸を繰りだしながら、酷使され感覚が疾うに失せたペニスを熱心に弄っていた。

「あ、はっ…――、んッあぁ……あゥ、…なに、うぅうアっあ…、ふ、あぁあ、あ…、ふ、ぁ、また…で…る……、で、る…ゥ、う…うう、」

 ぐちゅぐちゅと粘着質な水音を立てながら、エレンは既に最早射精るものも色の無い、空っぽになった自身のペニスを扱く。暴力を受け拷問された上に歯型や引っ掻かき傷が幾つも残るエレンの躰は、アナルと同様にエレン本人の血にまみれている。どこもかしこも暴かれた肉体は重いピアスをつけられた乳首共々淫靡に腫れ上がっているのだが、けれどエレンは失ったあらゆるもののなかに痛みさえ喪失し、快感のみを感じていた。そうであることだけがエレンの生命をかろうじて繋ぎ止めるため『脳』の下した決断だった。

「んんぅ、あはッ、――ひぐゥ、うぅああぁあぁぁ、」

 幾ら扱こうと、もう勃つ筈も無いペニスを扱き続けてはゆらゆらと揺れるエレンの傍らに屈み、下卑た嗤いを浮かべるテオドリッヒは、激しく上下し白濁と鮮血にまみれたエレンの手を取り上げた。途端に、突然自慰を止められたエレンは、顔を歪め泣きそうな子供の表情を浮かべ取り上げられた手を戻そうと足掻いてくるが、テオドリッヒはそんなエレンを気にするでも無く兵士にエレンを抱え上げるよう命じる。

「面白い余興を見せてやる。そこの者共、手伝え」

 投げ出されていた両脚を兵士らの手により左右におおきく割り拓らかれ、エレンの骨張ってしまっている両手両足をロープで縛り上げろと命じられるまま彼らは従う。まだエレンが自我を保っていたときのように太く頑丈な鎖など最早、今のエレンには必要無い。くたりと呆気無く他者へ身を預けきり暴れもしないその痩身。まるでエビぞりのような形に、再び手足をロープで縛られたエレンは、舌を噛みきらぬよう口内に直径5cm程のおおきさのボール型に丸めたタオルを押し込まれ、更にその上から猿轡を噛まされた。ここまでの準備で、これから起こることが何であるのかを察してしまった兵士らは、思わず目を逸らさずにはいられなかった。幾らエレンが化け物であろうとも、目の前にある姿はまだ15歳の少年なのだ。この先、彼に与えられるものは同性、同じ性器を持つ男として、とても正気では見ていられない。なるべくならばすごすごと退散してしまいたかった。

「んんっ…く、は、ぁ、…――」
「エレン・イェーガーよ、おまえの下半身はあまりにだらしないとは思わないか。相手が兵士であろうが無機物であろうが関係無く常時犯されることだけを欲し、その色情は何れ程の辱しめを受けようともまったく満たされることを知らぬ」
「、だ…、ァ……?」
「だ、ら、し、が、な、い。もう人語すら理解出来なくなったのか、エレン・イェーガー? 精巣が精子をつくり続けるから堪えられない。なら、精子を殺してしまえばまだましというものだ。そうだろう?」

 エレンが輪姦される様を、混ざることも無くただ見ているだけであったテオドリッヒが、顕わになっているエレンのペニスに避妊具をつけた。たったそれだけで、テオドリッヒは喉を鳴らし、はやくも酷く興奮しているようだった。

「Elastrator」

 そっとエレンの耳元で囁かれた小声は、しかしエレンには意味がわからない。
 Elastrator――つまり去勢用ゴムバンド装置であるそれは、陰嚢の血流を止めるためにセットする、小さくて強力なゴムバンドのことである。それを用いり陰嚢の根元をしっかと縛ったテオドリッヒは小型の手術用医療メスを右手に、一切の躊躇いも迷いも無く、エレンの陰嚢、ペニスの根本付近を横およそ3cm程に渡り、スッ――と、切り開いた。途端そこから零れ落ちる精巣。エレンはわけもわからず悲鳴をあげる。が、口内の詰め物のせいでそれは言葉にならなかった。

「ゔむぐッん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙―――――っっ」

 眼球を潰されている現状は果たしてエレンにとっての幸いか。そこから管で繋がった『中身』が取り出され、ぶら下がっている様子を兵士らは目にする。 あたかも、よく観察しておけとでも命ずるように、テオドリッヒはエレンの精巣――要するに睾丸の『中身』である――を手に取ると、くすくすと愉しげに笑いながら兵士らに見せびらかす。それは若干薄桃色がかった白っぽい色をしており、思いの外、体内からのびる太い管で繋がれていた。

「ぎあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ――うぐゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ……ッッひぐっぐゔ!」

 テオドリッヒがそれをぐい、と引っ張れば、触体と繋がった管の部分が今にも引き千切られそうにギチリと軋む。見えないながらもエレンは壮絶な痛みを感じ断末魔の叫びをあげるばかりであった。男の躰として、生物の雄として、ペニスがここで勝手に勃起するのは『最期』を察知してしまうからだ。その上で、『Burdizzo』という大型のペンチ、去勢鉗子――所謂『睾丸潰し器』を陰嚢の上から鉗子の大きなアゴの部分で精巣を挟み、躊躇せず一気に睾丸を押し潰すのだ。

「右と左、どちらからが良いかな。ああ、鉄釘でピアスをあけたのが左胸なのだから、こちらは右からにしようか?」

 Burdizzoは数ある睾丸潰し器のなかでもやや大型の部類のものであるので、片方ずつで無くともひといきに左右両方を1度で潰すことが可能だ。だが、それでは面白くない。どうせなら、より苦しめたいとテオドリッヒは興奮のあまり息を荒げつつも考える。
 潰す時間は――たった、数秒。

「ひッぐががァ、…あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……」

 ぐちゅう、という生々しげな音を響かせ、肉で出来た葡萄が剥けて潰れ失われる様を見届け、すかさず、もうひとつをも同じように挟み、またも一気に潰す。

「あがっあがっ…ぎ、ぐひ、い゙い゙ッぎっイ゙イ゙イ゙イ゙ガァア゙ッ…―――!!」

 エレンは躰を強張らせ、停止する、という酷い痙攣を6〜7秒置きに起こし、鼻から体液を出した。それは鼻水や涙などでは無く、胃から競り上がる、紛れ無き胃液である。反射的に、わけもわからず、エレンの首は収縮し、その躰にめり込む姿がまるで間の抜けた亀のようで、テオドリッヒは可笑しさと興奮でまるで幼い子供がプレゼントを受け取ったときのような歓喜の表情で、歓声というよりいっそ奇声にも似た声をあげ大笑いする。まったく制御出来ない躰は最早とっくにエレンのものでは無く、肛門は開きっ放しで、尿とも違う黄色い体液がアナルから垂れ流しになってしまう。異常なる暴虐と特殊な色めいた性だけに支配されているこの空間に、兵士らのなかには自分の股を思わず隠すように手で抑える者までおり、更には吐き気を催し耐えかねてばたばたと地下から走り去る者も居た。
 しかしてテオドリッヒはそんなものには何ら興味を示さず、もう悲鳴さえあげられなくなっているエレンの様子を肴に優雅にパイプを吸いつつ、縫い付けられた瞼越しにすらわかる程におおきくエレンの眼球がぐるりと、眼底にて回転して白目を剥き、口端からは泡を溢す様を堪らなくいっそ愛しげに愛でている。そうして暫し経ち、パイプを吸い終えたあとで、漸くエレンのペニスから避妊具のゴムを抜いた。血尿や、精液、エレンの躰が最期に出したいろいろな液体が受け止めた避妊具を確認し、それから、潰れた睾丸の根本を確り縛りつけている去勢用ゴムバンドの締まり具合を見た。陰嚢が、ぱんぱんになってしまうからだ。とうとう失神した上に未だ口端より泡を噴いているエレンを嘲笑し、それでも未だ生きている呼吸に満足げな表情を浮かべた。

「く、素晴らしいよ。おまえは。手を掛けて捕らえた甲斐があったというもの。ふふふっ……ショック死する者も少なくないというのにね」

 流石、化け物だ。――テオドリッヒは声高に歌うように笑声を地下中に響かせていた。
 睾丸を潰され失神して尚も痙攣し続けるエレンの、弛みきり閉じる力すら失ったアナルは、括約筋さえもが破壊されたかのようにぽっかりと口をあけている。テオドリッヒは顔を真っ青にしている兵士らに命じてエレンの拘束を解かせ、牢内へ戻すと死にかけている虫や小動物をつついて遊ぶ残酷な、且つ純真無垢な物知らぬ子供のように双眸をきらきらと輝かせながら、香炉で焼き入れ続けている鋼で、飽きること無くエレンの尻孔を掻き回す。意識も無く弛みきっているエレンのアナルは至極あっさりと高温の棒を受け挿れて、先程まで命令とは言えどもエレンを嬲っていた兵士らの肝を限り無く冷やした。人間のペニスよりは細くとも、本来奴隷や人身売買に使用するために作られた焼きゴテである。人体の肉を焼き、銘を刻むそれは、エレンのアナルのなかでずぶずぶと、挿入と抜き出しを繰り返されるばかりで無く、掻き乱されるその度に、肛門周りの皮膚をも引っ張り減り込んでいく。爛れ血を流しながら、ぐちょぐちょと不気味な音を立てては捲りあげられている内部は裂けきっているままに、何度めになるのかわからない、新たなる血を止めどなく流していたが、それ程までもの痛みですら、エレンを目覚めさせることは無かった。性奴ですら無い。退屈のみを恐れる城主は気に入りの玩具をとらえ、おそらくエレンはこのまま死ぬまでテオドリッヒから解放されることも無い。何事も――ただのひと声さえも発せぬままに兵士らは、立ち尽くし震え上がっていた。巨人化する子供は化け物に違いないが、けれどそれを好き好きに嬲り尽くすつもりでいる城主は、果たして人間なのだろうかと。
 一向に休むこと無く突き挿入れられ、揺さ振るように腸壁を掻き回されるまま、エレンはやがて、まるでパブロフの犬のように無意識的に自らの腰を揺らし僅かに跳ね、喘ぎ声すら上げ始めたのだった。

「…ん、う、ぅ、…あぁ、うー、う、」
「はははっ! この化け物はほんとうに面白い。ふつうの人間では試せないことを幾らでもしてやりたくなる!」

 延々と。最悪、永遠に続くのだろう牢獄での支配者の遊びは、テオドリッヒを悦ろこばせるばかりで無く、壊れてしまったエレンをも悦ろこばせているのである。人間扱いどころか最低限の生き物を扱うラインさえ飛び越えるテオドリッヒの行為によって、無理矢理にエレンの脳内に捻じ込まれた特殊な愉悦。呼気と共に漏れ出る嬌声は、掠れ、疲れきった躰のせいで殆ど呻き声のようなものではあるけれど、解放されたい、等と考え付くことも最早無いのだ。孔を閉じることなどしない。我慢など、必要ない。ただ弄ばれるままに心身を委ねることでエレンは快感を得る。調査兵団の鍛えられた少年兵と云えども未だ未発達に幼さを残すエレンの躰は今や、誰にも止められぬ『支配者』によって、そのように『つくりかえられた』躰だった。

「あ、っ…、は……ふ、は、あぁ、あっ……、んうっ」

 体内に本物の熱を感じる。激痛にのたうつエレンの躰が、人の体温とは明確に違う温度を得ては恍惚とした表情を浮かべている。どうされようと気持ち悦い。滅茶苦茶にされればされただけ気持ち悦い。肉壁に貼りつき癒着し削ぎ落とされる直腸が、ぐちゃぐちゃと淫猥な音を立てることも嬉しくて仕方無い程に、更なる痛みを与えてくれることも。総じて。

「下賎な化け物とは謂え、ここまで耐えてくれるとなれば、何となく愛着さえ湧いてこよう」

 呟かれたテオドリッヒの声はただ素直に、逆らうという発想もわかぬようエレンを支配していく。それで良いのだ、悦い、のだ、と。
 テオドリッヒは革手袋越しではあるが初めてエレンの頭を撫でた。よしよし、と、出来の良い幼子をあやすかの如く。そして目を細めて、兵士らに命ずる。

「さあ! では、そろそろパーティの準備といこうでは無いか! 拷問具を保管してある物置小屋から例の鉄箱を持て! 勿論、入る限りの鼠を詰めて!」

 嬉々として叫ばれたその言葉は、兵士らを更に戦慄させた。その言葉には、その言葉が意図する内容には、それだけの威力があった――検討違いをしていた、誰もがそう思わざるを得なかった。兵士たちは、テオドリッヒはエレン・イェーガーという名の物珍しいペットを彼が耐えかね死ぬまで飼うのだと勝手にそう思っていたが、違う、『鼠の拷問』を用いるということは、最早、飽き云々の問題では無くついぞ積極的に、テオドリッヒが彼を殺そうとしているということ、或いは殺す気は無くとも今ここで死んでしまっても構わない、と思っているということである。
 『鼠の拷問』。
 その恐ろしさは文献なり何なりにより、実際に行った様子を見たことは無くとも兵士らも、否テオドリッヒ付きの兵士だからこそ重々承知し識っている。だが承知していても、その恐怖を識っていても、城主たるテオドリッヒの命令に否応は無い。兵士らはこの城主に雇われているだけの脛に傷ある者が大半でもあり、巷でも拷問狂いと知られている城主による惨い拷問で罪無き人々がいつも殺されることを承知の上で支えておりモラルなど普通の感覚は限り無く薄い者ばかりであるが、そんな彼らでさえ、牢内の石床に転がっているエレンを憐憫の目で、見下ろさずにはいられなかった。あれ程、巨人化する化け物を恐れ侮蔑し、憎悪と畏怖を抱き、本気で人類の進撃のためにと思うのであれば一刻も早く解剖されて死ねば良いと嫌悪して、いた筈だったけれども、でも今はもう、彼らのなかでのエレンは、憐れなばかりの死に損なった、ただの子供でしか無かった。





「遅い。役立たず共めが」

 言われた物を大急ぎで手に入れ戻ってきた兵士らを労うことなどまったく無く、テオドリッヒは、待ちくたびれた、と呆れ返った声を出した。その声にかぶさって、ぷちん、ぷちん、と何かがほんの少しずつ削られるように切れていく音がする。その都度、意識を取り戻したらしいエレンの躰はささやかに身悶えるが、その身をもってして受け止めきれぬ残虐なる数々の責め苦に憔悴した子供の心身は、ビクビクと小さく揺れるだけで、態々テオドリッヒが押さえ付けていなくとも、今更ただの少しも反抗するどころか息も絶え絶えに呼吸をするだけで、それだけで精一杯の様子であった。
 ぷちん――ぷちん、――ぷちん、と。
 仰向けに転がされているエレンの萎えたペニスを引っ張りながら、先程睾丸を潰したばかりのBurdizzoを器用に使い、大きなペンチの刃先で細く、小さく、爪切りのように扱うことで、テオドリッヒはエレンのペニスの先端を刻み落として愉しんでいた。エレンのペニスは力無く先端から徐々に、mm単位で切り刻まれており、滴る血液が竿を伝い、石床に飛散している。

「かひ、う……、ひぅ」

 今にも消え失せてしまいそうな、力無き声は小さな呻きとなって、タオルと猿轡など外されているにも関わらず、もう疾うに自力では閉じられなくなってしまっているエレンの口端から唾液を靜か、つう、と、雫が伝うように溢されている。ぱちん、ぱちんと切られ続けるペニスの肉が、細かく微塵切りにされた挽き肉のようにエレンの股の間に、伴う出血で赤く染まり、靜かに積もってゆく。仰向けのままテオドリッヒによって好き好きに扱われているエレンは壊れきっており、過激化する拷問に脳内麻薬――ドーパミンを異常量出す自らの脳のせいで腰を何度も跳ねさせる。激痛が堪らなく気持ち悦い、その度に何か――足りない何かが補われていくかのようであった。失くなってゆく境界の隙間。

「それで、用意は出来ているのか?」
「はっ…はいッ!」

 テオドリッヒの機嫌を損ねれば次は己の番かもしれない――いや、自分たちはテオドリッヒの興味を引くに値するだけの珍しさを持ち合わせてなどいない、だから大丈夫だ、大丈夫、その筈だ――と、若干の苛立ちを見せる城主の異常なる所業を目の当たりにしたばかりの兵士たちは、震えながらも咄嗟に返事をした。

「ならば早くしろ」
「申し訳っ…あ、ありませんっ!」
「おい、何を震えている? 今更。貴様らとて、この化け物の子供で愉しんだろう?」

 所詮同じ穴の狢であるのだと、支配者は喉奥でくつくつと嘲う。例え彼がこの城の主で無く、『支配者』を意味する『テオドリッヒ』の銘を持たぬとしても、逆らえる者などこの場にてただの1人として存在しないのだ。
 兵士らは意を決したように各々目配せし、アイコンタクトを取ると、

「し、失礼致します。テオドリッヒさま」

 テオドリッヒの傍らからエレンを抱き上げ、その異様な軽さに目を逸らしてしまいたくもなりながら、テオドリッヒの真正面、よく見えるよう気をつけ、エレンの躰を仰向けに横たえる。そしてその、元、少年兵にしては哀れな程に痩せこけ肋の浮いた彼の腹の上へ、命じられ運び込んできた、鉄箱をそっと乗せる。鉄箱は丁度、底になる部分を上に、スライド式で開く仕組みになっている蓋を、エレンの腹にぴったりと着くように置かれ、箱を乗せた兵士は自らの手のひらを火傷から守るために熱を通さぬ分厚い手袋を嵌めたまま、鉄箱のなか、ちゅうちゅうと鳴き喚く獰猛なる鼠を1匹足りとも外へ逃さぬよう、隙間が出来ぬように、上から圧しつける。そのすぐ後に、最早暴れられるだけの余力などどこにも無かろうと誰が見ても理解る、エレンの腕の2本を押さえ付ける役が2人、同じく、脚の2本を押さえ付ける役が、腿側と足首側にそれぞれ2人ずつ、総勢6人の屈強なる大人の力で子供を念入りに拘束した。
 その様子を眺めながらテオドリッヒは、はやく、はやく、と急かす、まるでずっと欲しくて堪らなかったものが入っている包みからリボンと包装紙を外すのを待ち詫びている無垢な瞳で如何にもわくわくと、表情を輝かせている。
 幾ら巨人化する化け物といえども、この拷問で生きていられる筈が無い――、逆さ蓋を引き抜く役を負った兵士は1度だけ両目を閉じ深呼吸をすると、心のうち、あの世で俺たちを恨むなよ、とエレンへの最期になるのだろう言葉を呟いた。
 最期。この世での命の終わり。
 それは人の皮をかぶった化け物にも、本物の人の子にも、唯一平等に許された、死、だ。
 兵士は一気に逆さ蓋を引き抜いた。そうして上から押さえ付けている仲間と同じ手袋を嵌めると、鉄箱に火を放ち、加勢する。

「ッ!!? ひ、あ゙っ!?? アッ、ぎ、ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙―――――ガァ…………っ」

 大量に、詰め込める限り詰め込まれている鉄箱の鼠の鳴き声など一切響かぬ程の、エレンの悲鳴があがり、更に、動く余地もないだろうと予測されていた未発達な躰は跳ねようとぶるぶる震えている。しかし、屈強なる大人の兵士らによる拘束を外すことが出来る程、エレンの躰には身悶える力どころかもう何も残されていなかった。
 もう、何も――。

「ぐぎィあぐア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙――――――――――――――ッッ!!!!!」

 睾丸を片方ずつ潰されようと、ぺニスを先端からゆっくりと切り刻まれようとも、見開かれることの無かった、否、見開くことの出来なかった、エレンの両の瞼を蕪雑ながらもぎちぎちに確りと縫い止めていた、筈の、幾重にも施された糸がぶちぶちと切れ、そこから、白眼を剥いているのだろうが溢れ出す血に染まり瞳の色さえわからない、ただただひたすらに赤い、赤い眼球を覆う血色の涙が少年の顔を赤く穢していく。
 ばたばたと跳ねたがる手足を拘束し続ける6名の兵士たちは今にも塞いでしまいたい自らの耳を呪い、鉄箱を圧する2名は己のこめかみが止めどなく汗を滲ませていることを自覚していた。だがテオドリッヒだけは違った。寧ろなぜ、兵士たちが目を逸むけてしまいたがっているのかも理解し難くさえ感じながら、高らかに命じる。

「思う存分ただ愉しめば良かろう! これ程に貴重なパーティだ! 拷問とは本来こういうものなのだ! 貴様らもよく見てみろ! 何と愉快な! 愉快なだけでは無い! この化け物の生命力! 躰のみならず心の底から奮えが止まらぬでは無いか!」

 まさしく真実の歓喜を叫びながらテオドリッヒはぞくぞくと奮える自らの躰を両腕できつく抱き締めている。エレンの一挙一動が、この男には堪らない愉悦らしい。
 鉄箱に詰められた鼠は真っ暗闇のなか、ただそこから脱出をしようとする。――そう、地を掘って。鼠は生命力の高い、賢くも周りの様子にひどく敏感な獣である。その鼠の習性を利用した拷問。小さな獣たちは、周囲の温度が熱くなると地面を掘る、地面を掘り進み脱出をはかるのだ。
 即ち『鼠の拷問』とはそういうことなのだった。
 この拷問にかけられればあとはもう、生きたまま躰を、無数の鼠たちに噛まれ、掘られ、食いちぎられていく末路を辿るだけである。ずっと。内臓を越え背肉に穴が開くまで、ずっとだ。生きたまま、躰が、屍になってゆく。

「ゔ、ぐ、ぁ、あ、ァ、……は、ぁ、」

 喉を潰す程の絶叫をあげていた筈のエレンの喉はいとも呆気無く枯れ果て、血の涙と鼻水をだらだらと溢れさせている顔はそのままではあるが、眼球を零れ落とさんばかりに瞠目していた瞼はいつしか靜かに閉じられていた。閉じられぬ口の端からはひゅうひゅうと隙間風のような音だけが漏れており、その、耳を澄まさねばならない程に小さな、小さな、か細い喉音だけが今や、エレンの生命が未だ、かろうじて失われてはいないのだということを、微かに証明するものとなっていた。そのせいで。獰猛なる獣――鼠たちの鳴き声がより一層地下牢内に満ち満ちて、エレンの腹を食い破り終えたのだろう、今度は内臓を掻き回す生臭い悪臭と鼠の持つ鋭い歯が噛みながらぐちゅぐちゅと咀嚼していく音さえも顕わにする。
 この拷問の特徴は、その残酷さだけで無く『なかなか死ねない』という点にあった。エレンの巨人化能力と関連している、異常治癒力など無い、ふつうの人間であろうと、この拷問ですぐに楽になることは有り得ない。薄っぺらい腹肉を食い破り尽くされ、鼠たちが掘り進む先の内臓をも同じくにして、尚、ヒトは、死ねない。テオドリッヒはそれをよくよく知り尽くしていた。その上で、エレン・イェーガーならばどうなるのだろうかと疼く好奇心の赴くまま、実行したのである。もしかしたら化け物たるエレン・イェーガーならば、その薄っぺらな腹と背の肉を食い破り尽くされ大きな穴が貫通しようとも、死なぬのではあるまいか。それをテオドリッヒは見てみたかった、し、見届けてやりたいと心滾らずにはいられなかった。結果として、エレンの生死などどうだって良いのだ。ただその『結果』をこの目で観察しておきたかった、それだけであり――

「現実にこんなことが平気で黙認されてやがる場所が王都とは、まさにクソみてえな悪夢だな。ここがテメエらみてえな腐りきった豚共の巣窟だとは理解っちゃいたが、俺の可愛い部下がこれ程歓迎されていたとなれば、テメエを幾度ぶち殺そうともまったく足りねえ話だ」

 反吐が出る、――と。忌々しげに吐き捨てられた地を這うような、その声。
 曲者か、とテオドリッヒが瞬きをするほんの一瞬の間に、蝙蝠のような素早さで黒いフードをかぶった何者かが右へ左へと飛び交った。それは黒い鷹だ。テオドリッヒが理解するよりも速く、エレンの周りを取り囲んでいた筈の兵士らの首は既にその胴体から斬り離されており、兵士らの血が滴り落ちる程べっとりと付着した赤きブレードが、テオドリッヒの背後からまわるようにその喉元に、突き付けられていた。
 折角愉しんでいた遊びも仕舞いか。テオドリッヒは途中で拷問を強制終了させられることについて嘆息混じりに、しかしリヴァイを挑発する笑みを浮かべた。当初の予想よりも充分に、満足とまではいかずとも存分、散々におもちゃで遊んだのだ。今更地下街の破落戸相手に命乞いをするような、無駄で無様な真似はしまい。そうする理由が無い。





 調査兵団の幹部のなかでも旧本部に滞在しているリヴァイが、拝命貴族の護衛などという仕組まれた『上からの命令』に態々指名され、そのすべてはエレンを拐うために企てられたことであったのだと気付くまでに然して時間は必要無かった。リヴァイはその命令を、初めから疑わしく感じていたからだ。
 これはエレンから俺を引き離すべく時間稼ぎだ――と勘付きつつも乗ったのは、乗りたくてそうしたわけでは無論、無い。相手が相手であったのだ。皇族、貴族にもランクがある。そのへんの貴族程度が相手であったならば、簡単に済んだかもしれない、ひとつひとつは取るに足らない面倒な駆け引きは、紐解くことが出来た頃には、どういうことだ、『ガド』の側近までもが絡んでいた。そも、ハンジからの薬だと早馬を走らせた調査兵団内部の仲間からして『敵』の手中。ハンジはそのような薬などつくってさえいなかった。それを疑いもせずにエレンへと与えたのはリヴァイ自身である。その時点で、リヴァイは、否、リヴァイも、エレン・イェーガー誘拐に手を貸したも同然だ、と、リヴァイは己の浅はかさを叱咤しながら、交渉自体はエルヴィンに任せ、エレンが捕らえられているのであろう王都のどこか、おそらく地下牢を探り尽くした。1番先に考えられた、誘拐の理由はエレンの持つ巨人に纏わる力のすべてだった。今更、巨人化する化け物としてのエレンへの畏怖からの解剖や私刑などは除外した。エレンの力は、王政にとっても得難く何より手に入れたいものだからだ。けれど、けれども、だからと言って――かの悪名高き拷問狂である『支配者』――『テオドリッヒ』の手中に落ちていた、とは。テオドリッヒはただ自身の欲望と退屈凌ぎのためだけに呼吸をするような当たり前さで拷問を好む。東洋の呪術か何からしき『蟲毒』を『人間』で試した噂はエルヴィンやリヴァイの耳にすら届いていた、醜聞のひとつだ。そんな真似をする、思考力至らぬ子供じみた男に、果たして王政が、エレンの身柄を自由にさせるだろうか? 答えは否である、と、少なくとも調査兵団幹部の面々は考えていた。テオドリッヒなどに預け、うっかり殺されでもすれば王政が目論む巨人の力によるあらゆる事象もままならなくなる筈だ、と。そう考えていたのがまず、第1の、しかし最大の間違いであったのだ。ご大層に連なる王族の銘から、皇族から、各拝命貴族の面々から、容疑者として、テオドリッヒを早々に外してしまった。それがエレンを発見するに遅れてしまった要因であった。
 ――と云っても、王政に疑問すら持たぬまま命じられたことだけを鵜呑みにしている平和な脳しか持たぬ駐屯兵団や憲兵団では無く、一刻を争う事態とは云え、少しは休まなければ躰を壊すとハンジが渋々ながらも忠告をせずには居られぬ程に、リヴァイが寝る間も惜しみ飛びまわったのである。エレンにとってもリヴァイにとっても永遠より長く感じられていた日々は、実にまだ5日間にも満たない日数だった。それはリヴァイで無ければ救い出すことも見つけ出すことも出来ない超短期間であったろうと思われる。何せ手掛かりは無く内部スパイは破落戸により始末されており、始末した破落戸も切り刻まれた死体と成り果てていたそのあとで、1日でも遅れていればエレンは生きていられたかもわからないのだから。
 だがリヴァイにはその日数は延々と続くようであり、しるべは勿論のこと、光無き暗闇の道だった。ほんの1瞬足りとも、エレンから目を離すべきでは無かった。普段のエレンであれば多少熱があろうがあるまいが、あのように何ら無抵抗のまま誘拐されてしまうことなど無かった筈だ。それを可能にしたのはやはり、繰り返すしかあるまい、ハンジに直接確認もせずにリヴァイが与えた、あの薬のせいであるのだと。既に起こり、過ぎ去った事実を自責したとして何ら意味など無い、とエルヴィンは言う。けれどもこれが、あのときのエレンの姿が、自分が間抜けであったせいで無ければ何だというのかとリヴァイは無言で己を責め続けた。

「彼は――我らが調査兵団の、いや、人類の進撃に不可欠だと思われた『エレン・イェーガー』は、最早、もう、2度として、使い物に、ならない」

 拷問狂のテオドリッヒの城内から、変わり果てた姿となっていたエレンと、参考人としてテオドリッヒ本人を回収したのち、ヒトというヒトが皆殺しにされ藻抜けの殻となった城は燃やし尽くされた。そのことが、王族を狙ったものである、というわけでは無く、テオドリッヒ個人への怨恨による賊の仕業であったことになっているのは、テオドリッヒを蜥蜴の尻尾切りのように見限った『ガド』側によるあくまで容易い決断であった。元々民衆からも気違いと恐れられ反感しか買っていなかった男である。『テオドリッヒ』の銘を持つ王族関係者であるという血筋的な事実だけがテオドリッヒの命綱であり、それさえ正式に剥奪されてしまえば誰もテオドリッヒの安否などどうであろうと構わない、ばかりか、寧ろあれ程暴虐の限りを尽くし、それでもまだまだ足りない、と常々新たに獲物の調達をやめぬテオドリッヒを退治して、もっと謂うならば殺してくれたのであろう賊へ喝采を送りたい者や胸を撫で下ろす者が、階級を問わず大勢存在したことに救われたとも云えた。それは王族たちのうちでもそうであり、自身の首を斬首台へと賭けるつもりで博打を打ったエルヴィンが交渉に入るなり、あまりに簡単にテオドリッヒから『銘』を剥ぎ取りこの件に関し彼の今後のすべてを任せる、調査兵団の判断に委ねる、と、つまるところテオドリッヒの身柄と王政との関連性を切り捨て、後始末を押し付けてきたのである。王政にとっても彼は目の上のたんこぶのような存在でもあったのだろう。
 結論から云えば、エレンはあれ程までの拷問の果てに、存命した。
 だがしかし、それはかつて『支配者』を意味する『テオドリッヒ』の銘を持っていた今回の諸悪の根元足る男と共に、である。
 勿論リヴァイがあの血と白濁と汚物に塗れた地下牢にて男へと告げたように、誰しもが男の存命など望んでなどいない。殺しても殺し足りない、それ程のことを仕出かしたのだから。けれども。戦に出たことも無い、退屈しか知らぬような男を殺すことは簡単過ぎる程に簡単だが、殺してしまうわけにはいかない、その理由があった。確かにエレンは存命していた。あれ程の目に合っていて。いっそ死んだほうが楽だったろうという程の、数々の拷問を受けて。『生きて』いた。正しくは『虫の息でありながら生き残って』いたと表現すべき、だろうか。だが――――ただ、それだけだった。悲しい程に、ただ、それだけだったのだ。
 エレンを救出すべく抱き上げようと、手を差し伸べたリヴァイに向かいエレンは叫んだ。やめてください兵長、と。貴方だけは俺にさわらないで。お願いですから。俺に、こんなふうに穢れた俺に、ふれたりなんてしないでください、と。

『こんな、姿を! 兵長に見られるのも…触れられ…っる、のも、俺にはっ…とても耐えら…ッれない……っ!』

 だからそのときは誰も気付かなかったのだ。エレンが、最早、普通の人間としてすらも、生きていられぬ程に尊厳のすべてを削ぎ取られ奪われ、そして、その精神に異常をきたしているという表現さえ生ぬるい程、壊れていたことを。
 どうしても嫌だとリヴァイをつよく拒絶するエレンを回収するにあたりハンジが水に溶かした特性の睡眠薬を、エレン、これはただの水だから飲んで、と謀り、食事を与えられなかっただけで無く水分摂取さえ泥水を啜る程度にしか摂取出来ていなかったエレンに自主的に飲ませることで深く眠らせ、その間に旧本部である古城のなか、ハンジがほぼエレンのためにと整えていた医務室のベッドへ運び込んだ。治療は当然のことながら、どの程度の怪我をしており、どの程度であれば回復しているのかを調べるためでもあった。幼馴染みのアルミンがその場で共にエレンの様子をハンジと診たが、その有り様は筆舌に尽くし難く酷い、酷過ぎるものだった。火傷により癒着したところを縫い付けられていたのであろう瞼、それを引きちぎった痕。乳首に嵌め込まれたピアスに、切り刻まれたペニスの先端。繰り返し焼かれた傷痕は尻に限らず肌の至るところへ爪痕を残し、酷く使い込まれたアナルのなかは粘膜と云わず、焼け爛れた痕と云わず、腸壁である内側の肉をもごっそり根刮ぎ削ぎ落とされたかのようにずたずたに傷つけられており、リヴァイが駆け付けたときにはもうその状態であったのだという『鼠の拷問』の痕跡は、潜伏期感を鑑みれば安心は出来ないが今のところ感染病には侵されている予兆が起きていないのが不思議なくらいに、食い破られた腹と、そのなかにある内臓も、人が食べられないレベルどころか野良犬の餌にもならぬくらいに滅茶苦茶にちぎられ悪臭を放つ腐った肉片のほうが余程ましな状態だとさえ思える程、ぐちゃぐちゃに喰い散らかされ、引き裂かれ、原形をとどめていなかった。生きている、今現在、エレンが儚くともまだかすかに呼吸をしている、ということすら奇跡のように思われた。それはエレンの――エレンには喜ばしいばかりでは無いだろうが、巨人の力による治癒力と生命力の高さゆえ、としか結論付けられぬ、そういう状態だった。けれど躰の傷ならばいつかは治る。エレンならば。きっと。おそらく。食い散らかされた腹は縫合手術をすれば良い。乳首の鍵はテオドリッヒが持っているのだろう。それで開けて重しを外し、あとは――、あとのすべての傷の数々もすべて、時間は掛かっても治癒してゆく筈だろう。
 だが、壊された精神はそうはいかなかった。
 先述の通りリヴァイへは願望を叫んでいたことから、正気であるのだと思われていた、エレンは、ハンジが処置を終えアルミンが見守るなか、睡眠薬と麻酔薬の効果が切れてからもすぐには目を醒まさず、ゆうに丸3日程眠り続けた。このことを知らされている者は極々少数で、眠り続けたまま一向に起きる気配を見せぬエレンの世話をアルミンとジャンが交代でしながら、その合間にハンジは顔を出し点滴を交換していたが、寝返りをうつどころか蒼白の顔色を変えること無く瞼すらぴくりとも動かないエレンを目の当たりに、口にした途端それが現実になりそうで恐ろしくて決して口には出さなかったが、誰もが、このまま2度とエレンは目を醒まさないのでは無いか、と、最悪の結末を畏怖していた。だからこそ突然目覚めるなり上半身を起こそうとしたエレンに、目覚めた嬉しさとまだ動かれては躰に障るだろう心配で胸を詰まらせその場にいたアルミンは反射的に、エレンの頭を一切の力を入れず、だがその黒髪の頭を腕に抱かずにはいられなかった。
 しかしエレンは、感極まり涙を流し、エレン! と声を掛けたアルミンに何ら応えること無く――空ろな瞳のまま、幼馴染みで親友である彼の股間に頬を添え、下衣ごとペニスを口内にて銜えこもうとしたのである。初めわけもわからずアルミンは慌ててベッドから距離を取り、再度エレンの名を呼んだ。けれどもエレンはまるで自分の名も知らぬ幼い子供のように、不思議そうに小首を傾げ、けれど真逆にも潤んだ瞳で苦しげな熱い吐息を伴いアルミンに近寄ろうと点滴台を倒してしまった。雄に媚び這い寄ろうとするかのように。それが何を意味しているのか――断じて親友とのそれでは無いのだということを、エレンの全身から放たれているかのような香る性的な気配に、色事には奥手であるアルミンでさえ即座に、理解出来てしまった。
 エレンでは無い。『これ』は、『これ』は最早エレン・イェーガーでは無い――もっと別の、――もっと別の、娼婦のように『つくりかえられた』見知らぬ『誰か』だ。
 と。
 そのことに。
 気付いた瞬間、アルミンは絶望的な気持ちになった。エレン、エレン、またもや何度か名を呼ぶがエレンからの返事は無い。そうなのだ、これはエレンでは無いのだ。エレンの姿をしたこの少年は名も持たず、うまく口がきけるならば確実に、どうして? と、なぜ雄を求めてはならないのか理解らない、と完全に疑問に感じているように、あ、ぅ、あ、ぁ、と、潰された喉で辿々しくも呻いた。アルミンは昏睡状態から脱したエレンを見た瞬間に溢れ出た涙とはまったく別の意味で泣きながら、泣きじゃくりながら、けれども、とてもでは無いがもう1度エレンを抱き締めてやることも出来ずに、永遠に失われてしまった親友への想い共々、古城中に響く程のおおきな涙声で、咆哮するが如く、ハンジを呼んでいた。
 エレンに何を、どこまでしたのか、尋問を受けていたテオドリッヒの話をエルヴィンとリヴァイにより間接的に聞いていたハンジは、アルミンのその、泣き叫ぶかのような声で医務室へ戻り、同時に駆け付けたリヴァイとエルヴィンに咄嗟、私が良いと言うまではまだ医務室には入らないでくれ! と叫び閉め出す。テオドリッヒの城内での話を聞くにおいて、ある程度の予測はしていたのだ。彼女は。
 それでもまさか、ここまでエレンの人格を破壊されているとも思ってはいなかった。いや、エレンの無事と回復を信じたくて、敢えてそちらの思考を遮断していたに過ぎなかったのかも知れない。快楽による調教の結果とも取れるエレンの状態が、果たして、耐性など無かった薬物中毒のせいなのか、それとも手を伸ばせばすぐに届く位置に常に置かれていたらしき死の近さゆえなのかは知れたことでは無いが、こうも、色欲のみを生命活動の原動力に、そのほかのことは何もかもを忘却し、思考力すら停止させることにより、漸く、その痩せた躰を支えている真実など、あってはならない最悪の事態のなか想像したくも無い真実だった。だがもう目を逸らすことは出来ない。彼女は、彼らは、知ってしまったのだ。現在のエレンは兵士でも何でも無く、何処でも彼処でもただ発情した雌の獣のように尻を振るだけの、阿片漬けにされた娼婦の成れの果てのほうがまだましだ、と云える程に、兵士どころかヒトですら無くなっているのだという、ことを。


「彼は――我らが調査兵団の、いや、人類の進撃に不可欠だと思われた『エレン・イェーガー』は、最早、もう、2度として、使い物に、ならない」

 慎重に、ひとつずつ言葉を区切るように、ゆっくりと、神妙な面持ちでエルヴィンはそう告げる。詳細を知らされていないだけで無くエレンが目覚めたこと自体を知らせぬままエレン誘拐の事実すら口止めしてからジャンを本部へ帰し、真実を知れば今すぐにでもテオドリッヒの首を躰から斬り離してしまうだろうミカサにはエレンを保護及び回収に至ったところから何も知らせてはいない。今後も知られるわけにはいかなかった。それはミカサに限らず、調査兵団内にても勿論のこと、今ここに同席している者以外には、誰ひとりとして。

「それで、彼の遺体偽造をどうするのか、という話になるが――」
「…遺体偽造……!? 団長、それはっ」
「すまないがアルミン、質問は後にしてくれないか」
「質問ではありません! か、確認です! 団長はっ…、エレンはもう2度と使い物にならないと、仰って…!」
「ああ」
「使い物にならない……なのに、それをこの場から漏らすつもりは無く、エ、エレンを…っ葬ると、そう仰るんですか…!?」
「その通りだよ」
「なぜ、…そ、んな……っなぜですか!」
「なぜ、などと、そんな2文字が、聡明なきみの口から出ることこそ、私からも、なぜ、と返したいことだよ。アルミン。エレンのその所在を明らかにすることひとつとして、我々に、言わば人類にとって、何らメリットが無いからだ」
「……メリット!? そんな、ものがっ…まだあるんですか……っ!? 僕には、とても、そうは思えません!」

 ふたりの応酬に、不愉快さを隠しもせずリヴァイは眉を訝しげに顔を顰めている。エルヴィンとリヴァイ、アルミンのみが出席しているこの席において、最初に口を開いたのはハンジであった。彼女は、らしくも無く、否、らしいと云うべきか、苦しげにではあったが言い淀むことも冷静さを欠くことも無くただ事実だけを述べたのである。正直に。すらすら、と。
 エレン・イェーガーの現在の精神状態、破壊された人格の現状を、そしてそれらが元通りになる可能性の低さを。
 どのような、カウンセリングを施し、何れ程の、時間を有したとして。破壊されたエレン・イェーガーの精神が戻ることは有り得ない。きっといつか戻るとまでは云えずとも、かもしれない、と希望的観測の滑り込む余地さえ無い程に、彼は――まだ15年しか生きていない人生において背負いきれ無くともおかしくなど無い重荷と、数奇なる運命を背負いながら、それでも断じてその強い精神が折れることの無かったエレン・イェーガーは、今や面影が消えたどころか、この世界の『どこにもいなくなった』のだと。それがハンジが、医学的観点からだけで無く下さざるを得ない、覆ることの無い事実なのだった。

「話を続けよう。勘違いの無いよう繰り返すが、これは会議では無い。私の、調査兵団の団長としての立場から報告する、単純に今後への決定事項だ」

 有無を言わさぬ力強さでエルヴィンは言い切る。

「ハンジの報告通り、そもそも我々が実際に目視し確認した通り、エレンが元に戻ることは無い。だが、彼に、最早扱えないかもしれないだろうとしても、巨人化能力が失われたわけでは無いというのも、彼の生命力や外傷の治癒力から、また、明白だ。ならば彼を野放しにしてしまうことはあまりに危険且つ愚かだと言える。我々が戦うべき壁外に居る無数の巨人より更に厄介な、顔色ひとつ変えず内地に存在する無数の強敵は皆、誰も彼もが、エレンの『能力』さえあれば利用したがるだろう。それだけはどのような手を使っても阻止せねばなるまい。そのために、彼には今まで通りこの旧本部の古城地下室に居て貰わねば困る。外部には一切の真実を漏らしてはならない。表向き、エレン・イェーガーは、テオドリッヒにより誘拐されたまま、奴の城内にて賊の手にかかりテオドリッヒ他多数の犠牲者と共に絶命したこととし、兵団からも除名する。遺体も回収不可能な状態であったということにして、葬儀は形式的なものしか行わない予定だ。替え玉の遺体を用意する案も先程までは考えていたが、おそらく無意味ゆえに検討しないでおく。そんなことをしても必ずミカサにはバレてしまうだろうからね。リスクは出来得る限り少なくなければならない。――リヴァイ、おまえは、兵士長として本部へ移動させたいところでもあるが、万が一を考えるならば、それは得策では無いと判断した。ここでいう万が一というのは、仮に、何らかの奇跡のような予期せぬ事態が起きたとして、可能性としては限り無くゼロに近いものになるが……、エレンが自我を失っている現在のまま巨人化した場合を考えて、だ。エレンが巨人化をしても外部には勿論、調査兵団本部の誰にも知られること無く迅速に彼をこの城内で殺せるよう、だからおまえには旧本部内に残って貰うことになる。名目は、新リヴァイ班の人選において適性足る兵士の不足と、壁内に突如巨人が現れた際に本部よりも壁外に近いここで、おまえならば例え援護が無かろうとも問題無く巨人を殺すことも、奴等の足止めをすることも可能であるため、というあたりが無難だろう。そしてその場合の本部への伝達役としてアルミンにもここで生活して貰うことになるが、無論それも表向きだ。アルミンには、エレンとあの男が死なないように彼らの見張りと必要最低限の世話を兼ねて、滞在を命ずる。これらは任務だ。私情を挟むことは赦されない。間違い無く必ずや遂行して欲しい。ハンジと私は立場上、ずっとこちらにとどまるわけにはいかないのでね」

 アルミンは悔しさと悲しみ、あらゆる感情が、ない交ぜになった表情で唇を噛んだ。反論の余地が無い。ただ黙し、俯き、じっと零れそうな涙を堪えている。おそらくは今この瞬間にも、行われているのだろう凶行を、想像したくもない――だが現実に起きている事実なのだと認めるしかない、そのすべてに満ちている地下室。

「私からの説明は以上だ。質問があれば聞こう。無ければ、」
「…ぃ、ちょう、兵長はっ…貴方は、これで……ッこれで良いんですか…!? リヴァイ兵士長……っ!!」

 決して大きくは無いが切実な叱責のような口調でついぞアルミンは声を絞った。エルヴィンの言葉を遮りながら。座学のみならずアルミンは聡い少年兵である。だから頭では理解している。エルヴィンの言う、決定事項よりも現実的な良策など、どこにも無い、ということなど。けれども、エレンの親友として、彼の家族同様の心情としてはとても納得するにはいかないのだ。何より、エレンと関係を持っていた筈の、巨人を憎むことしかずっと出来ずにいたエレンが心から愛し、また、その逆でもあった筈の、リヴァイが納得していることに納得がいかない。

「…良いも悪ィも、ねえだろうが」

 ぽつり、と溢すようにリヴァイは言った。

「おまえも見た筈だ。いや、おまえのほうが俺よりよく理解ってんじゃねえのか。なァ、アルミン。俺じゃあ、あいつを生かしてやれねえ」

 違う。生かしてやれない、などと、そんな生ぬるいものでは無い。

「あいつを殺してえのか。親友なんだろう」
「っ……そんなの! 僕はエレンの親友であって家族と変わらない、どんな姿であろうと生きていて欲しいに決まっているじゃ無いですか! だけど貴方は、貴方はっ…、だからこそ、エレンの何だったんですか、兵長ッ…!」
「何だったか? それに答えたところで今や何の意味がある。今の俺は、あいつの――エレンの、死ぬ理由に外ならない」
「兵長!」
「言い方が気に喰わねえのなら、はっきり言い換えてやろう。俺の存在自体がもう、あいつにはただの、『死神』だと――」
「やめなよ、もう!」

 これ以上は聞きたくも無いとばかりに耐えかねたハンジが髪を掻き毟るように全身を荒げた。そうして、くだらない、と断じる。

「そんな話はもう何もかも無意味なんだよ! 不毛だ! アルミンだって理解っている筈だ! 私たちのよく知るエレンはもうどこにも居ない! それこそ、死んだも同然に、だ! けれど、何をどうしようとも治らないエレンに会いに、私は定期的にここに来る! でもそれは治療のためじゃあ無い! エレンを救うためじゃあ無い! 私はあの子の血液や体液を採取して、その状態を診ながら、あの子の持つ『能力』を、どうにかして他人に移すことが出来ないか――他に『利用法』は無いのかと! そういう…っそういう、人道から外れた研究をするためだ! 私だってエレンが大事だよアルミン、私だってあの子の笑顔が好きだったよ、大好きだった! どんなに重い運命を背負っても負けない真っ直ぐな強さが愛しくて! 今でも元通りに治せるのならそうしたいよ! だけど無理なんだ、不可能なものは不可能なんだよ! あの子を諦め、簡単に見切りをつけて、こんなふうに利用出来る限りは利用し続ける! そりゃあ非道さ! アルミン、きみの言う通り私たちは心無い決断をしている! けれど私たちはやめない! 何れ程あの子が大事だろうとそれは我々の『これから』に関係無いんだ! 何れ程あの子が大事だろうとも、何れ程あの子を救いたくとも、最早『たかだかそんなこと』で! たかがそんなことで逐一立ち止まっているわけにはいかないんだよ! アルミン、きみだって調査兵団の――、」
「おい。ガキみてえに喚くなハンジ、うるせえ。――話は仕舞いか、エルヴィン。終わったならさっさとお開きにしろ。時間の無駄だ。泣こうが弱音を吐こうがアルミンも任務放棄する気なんざねえだろうよ、任務は任務だ」

 ハンジの言葉通りにこんなやり取りはあまりに無意味で且つ不毛だ。女型巨人の正体を割り出したように、アルミンが幾ら賢明な兵士であろうとも、まだエレンと同い歳で何より彼と同じように育ってきたアルミンに、すべてを今すぐ割り切れと言って賛同を得られないことなどそれはそれで仕方の無い話であった。寧ろアルミンが頭では理解しながらも感情で割り切ることが出来ないということのほうがずっと正しく、そうで無ければならない程に、現状から、先は、非人道的であるのだ。だからリヴァイは少しだけ安堵出来る。アルミンがエレンの傍に存る、というそのことがまた、1分でも1秒でも長く、エレンを生かすのだから。

「ああ、任務はただ遂行されるべきだ。では今日はもう解散としよう。各自、己に課せられた役をまっとうせよ。ハンジも、私と本部へ戻るために用意をして来てくれ」

 そして、リヴァイは後始末と呼べよう嘘八百を並べ立てるためだけの書類を片手に、それより他には特にすることも無いまま執務室へと迎い、アルミンは――地下室へ。
 それらはどれもこれも総じて仕方の無いことなのだ。
 兵士としては使い物にならなくなった兵士を、それも巨人の能力を持つ特殊な兵士を、ほんとうならばノーリスクを選ぶべく、ここで殺しておくべきところを何とか、どうにかして、殺処分しないでおくための、ぎりぎりのラインが、これなのだ。こうする、という、苦肉の判断なのだ。戦い続ける限りはいつだって選択を余儀無くされる。後悔ばかりが残される、選択の連続を繰り返していく。兵士で在り続けるのならば。ただ初めからいつか来たるのだろうか終わりまでは立ち止まるということだけが、選択肢から除外されているのだ。だから常に、これから、を選び続けねばならない。
 例えそれが、何れ程惨い選択であろうとも。
 例えそれが、何れ程心無い選択であろうとも。



 あの日。
 医務室にて覚醒したエレンは、距離を取るアルミンに媚びるような視線を向けたまま、手術時より着せられていた簡易な衣服、下着も下衣も履かされずに大きな1枚の布を躰の前面で交差させ紐で縛っただけの患者服の隙間から手を差し入れ、ハンジが駆け付けて来ようとも関係無い様子で見せ付けるように、自らの指をアナルに突っ込み、何でも良いからここに欲しい、と潤んだ瞳のみで語りかけ、躰を捩り物欲しげにねだった。激しく色めいた呼気を繰り出しながら、なぜ犯して貰えないのかが理解出来ない、そう言いたげに唇を舐めて、雄を、誘い続けた。ハンジは、その状態のエレンにリヴァイとエルヴィンを近付けることは避けるべきであると判断し、彼らとジャンには別室で待つよう指示してから、このままには出来ないとアルミンとふたりがかりでエレンを地下室へと移した。それはあの場にて的確で正しい判断であり、唯一彼女が女性であるからこそ下すことの出来た処置でもあった。
 担いだ躰は、ふたりがかりと云えども――手練れとは云え女性兵士がひとりと、小柄で非力な少年兵がひとりである――本来ならばそれなりに重みを感じて然るべきであった。だがろくに飲まず食わずで憔悴した状態で回収され、旧本部でも点滴以外に栄養を摂取出来ていないエレンは、170cmの身長が嘘であるかのようにあまりにも軽過ぎたため、多少暴れられようがハンジもアルミンも彼を地下室まで運び込む苦労はまったく感じなかったが、でもそんなことよりずっと、時折流れる、ぬちゃぬちゃとした卑猥な音が耳触りで、ひどく悲しくて、テオドリッヒへの憎しみを掻き立て、ふたりして頭がどうにかなりそうだった。エレンをテオドリッヒの手の内から回収したばかりのとき、処理前だった躰には、内側にも外側にも、どこもかしこも誰のものであるのかも、何人分のものであるのかもわからない多量の精液が、乾いているとはいえ独特な不快な匂いを放ち、エレンがどのような扱いをされ何を強いられていたのかなど一目瞭然であったのを、ハンジはその目で見ており、現場であった場所の有り様から既に殆どのことを理解していたのに。
 四六時中あの場所で阿片を混ぜた香を吸い、吐き、皮膚呼吸でさえ取り込まされ、極端な薬物中毒状態で、その身に余る、穢れた欲望に塗れた色事と拷問の果て、自我諸共常識的な普通の感覚すべてを失い、何もかもを根刮ぎ奪われて、虚ろにただただ雄を欲しがる。このままでは狂う、と叫び喚く。たすけて、と犯されることをひたすらに乞う。それも、普通の雄ではおそらく満足に至らないのだ。試しにハンジが挿れてみた指を喰らうエレンの孔はほぐす必要など無く柔らかで、あたたかで、単なる排泄器官では無くいつでも男を受け入れられる性器として作り替えられており、くちゅり、くちゅり、と粘着質な腸液を涎のようにだらだら溢しながら、その物足りなさに、耐え難い、もっと別のものでずたずたにされたいと泣いて叫んで身悶える。精巣をふたつ共失いぺニスすら先端を斬り取られた、そんな躰で尚。兵士であったエレン・イェーガーは、もう――その痩せこけた少年の躰の、どこにも存在しない。


後編へ続く
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -