<概略>
モラトリアム/ジロー誕生日用に書いてお蔵入りしてボツにしていた超SS






   

あー、どっかで、鐘が鳴った。


重厚なつくりの廊下を同じ制服がぞろぞろ歩く。

「次は神父さんの説教だとよ。寝るなよジロー」
「えー……超ねる………」
「くそ、寄っかかってくんな。きりきり歩けっての!」
「岳人うるさいぃ……」
「ったくよォ、大体何で社会科見学でカトリック教会なんて来なきゃならねんだ…」

 岳人に引き摺られながら、かろうじて列におさまって歩く。もう半分以上目は閉じちゃっている。この空気がいけないんだ──清らかで、暗くて、少し湿っぽくて、首のうしろがむずむずするの。
 列の前のほうに見え隠れする跡部の後ろ姿。あーあ、何で同じ班じゃないんだろ。つまんないの。ぴんと伸びて凛としているその背中に、テレパシー送っちゃえ。こっち向け〜ィ、跡部、こっち向け〜ィ。

あ、ほんとうにこっち見た。ニカ、と歯を見せて俺が笑うと、跡部がチ、と舌打ちする。ほんとうに、ここはつまんない。

 礼拝堂の前で列がごちゃごちゃ崩れた隙に、跡部の傍まで寄ってった。だけど目は合わせない。ふたりとも知らんぷり。え、ちょっとこれ楽しいかも。跡部の指に──こつ、と自分の指をぶつけてやった。それが、合図。跡部がちら、と俺を見る。きっと俺たちふたりとも、同じことを考えてる。
 いーよ。さらったげる。

「おい、おまえらどこ行くんだよ?」
「トイレ! 漏れそう〜!」

 岳人にぶんぶん手をふって、俺と跡部ふたりしてもと来た廊下を走り出す。宗教画の並ぶ廊下を。

「脱出せいこう〜!」
「主犯はおまえだからな」
「うそォ……あとべも同罪だしィ。俺のおかげで説教聞かなくて済んだのにィ」
「まァな。あとで適当に列ンなか混ざっときゃあ何とでもなるだろ」

 跡部の髪が揺れてて、ふわ、と甘い匂いが漂った。手を掴まえて握る。俺だけがドキドキしている。天井の天使に見せ付けるみたく指と指を絡ませて。

 あー、やっぱやめらんない。楽しくて死んじゃう。早くここから逃げ出そう──キスしてないと息が出来ない。鐘の音はもう、聴こえなくていいや。

「でもあとべは、ちょっと教会が似合うねえ」
「おめえもな」

 天使に似ている。きみの手を握って──さあ、行こうよ。不浄の世界へ。
 俺たちは生きているんだ。そして俺は、恋を、しているんだ。天使みたいに遊んで、静かに死さえを恐れてない。イエス・キリストさまから罰があたるならあたればいい。だって俺は、跡部とキスしなきゃ生きていけないんだから。

(ねえ、あとべ、このままちゅーしよ)

 なんて俺が思った直後、跡部からちゅーをされて、跡部は天使みたいだけどもしかしたら悪魔なのかも知れない、って思った。仮に、天使が悪魔より美しかったら、誰も悪魔に引き寄せられない。し、誘惑だってされないでしょ。そうか、自由な天使のように遊びながら、俺たちは地獄に落ちるほうを選んだんだ。それでもなかなか腑に落ちないのは、跡部が本物の天使みたいに清廉で、でも、キスを交わして目を閉じて、暑いから制服のジャケットを脱いで、俺が跡部に無言で「いっしょに落ちてこうよ」って言いたくて、言えなくて。恋とは俗物的ものだからだ。
 きっと俺と跡部は、学校が別れたら離れ離れになっちゃう。進む道は生まれてすぐから決まっているんだ。今日みたいに『いーよ。さらったげる』って、俺はあと何回跡部に言えるのかなあ。取り敢えず、大人になったら言えない。から、俺と跡部は歳も取らず半永久的に不死身で、愛し合っていたいと信じてみたい。
 無理かな、無理だろうな。うん。どうせ手放せないんなら、このままがいい。このまま、ずーっと、きみの物でありたい。

「あとべー、今すぐ俺と死んじゃわない?」

 本音半分、冗談半分で言ってみたけれど、予想通り跡部は優雅に笑んで、バーカ、と言って俺を抱き締めて髪の毛をくしゃくしゃってしてくれた。跡部はやさしいんだ。知ってるよそんなの。俺が誰よりも知ってるんだよ。跡部はやさしい悪魔なんだ。きっと。

 誕生月なんか、毎年巡ってくるけどまったく嬉しくない。
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