<概略>
ありがちねた。殺伐






   

 例えばふたりの間に優しさというものが存ったならば。
 起床すぐ行う日課は覆らぬ癖と云っても良かった。目を醒したリヴァイは自他共に認識し、また、されている、潔癖さよりも大切なことがある。まず両のこぶしを握り締め開く、手首を振る、腹筋や上腕筋を筆頭に筋肉に衰えは無いか。手足は萎えていないか。躰は正常に動くか。昨日より今日の柔軟性は失われていないか。深い色の両目は視力を落としていないか。等々と、最後に武骨な指を翳し見て、剣だこを視認する。
 荒波に流されてしまわぬようどうしようも無い程必死に、そこにあるささくれだらけで荒んだ棒きれにしがみつく、きっとこの世界で誰よりも面倒な生を引き伸ばしているだけに過ぎない。優しさを語るならいっそ1秒でもはやく殺してやるほうが現状維持に努めるしか無い今より絶対的に何倍も優しい。巨人化が可能云々を差し引いたところで憐れな化け物であることには変わり無い、そんな子供に上司として大人として出来得る限りのことをしてやるつもりでいた。結果としてそれがどんなものになったところで憐れな子供は自らして結局はそれを望んでいるのだからリヴァイはそれに合わせすべてを与えてやるつもりでさえあった。そうすることを初めて出逢ったとき、瞬時に決意していた。だからリヴァイは確かにいつだってそれらを大切にしてやりたいと思っていた筈なのだが果たしてそれはほんとうに必要なことだったのだろうか。上司として大人としてそれらはほんとうに正しく、そしてリヴァイはほんとうにそんなことを常々思っていたのだろうか。否。違う、と誰かが言う。ほんとうはいつだって殺してしまいたかったくせに、と言う低い声が響く。なぜならいつかこの憐れな子供はリヴァイのこの手ではとても護りきれるものでは無くなってしまうからだ。それは巨人からとか壁内に渦巻く隠謀からとかそういう具体的な何かからでは無く、憐れな子供自身から憐れな子供自身をと、そんなふうに愚かなことを考えていたのだと確かに否定出来ずに、あった。ずっと。ずっとだ。
 折り曲げたときに骨が浮き彫りになる肘、やわらかな手のひら、まだ剣だこの癖もついていない真っ直ぐな指、清潔を保たれた爪の先。そしてとろり、蕩けそうに熱をもつはちみつのようなふたつの眼球。憐れな子供はそうしてただ口付けていくだけの穢れた大人の顔をいつも見ている。ふと眼が合えば思い出したように頬を染めてそれを誤魔化すように少しだけ拗ねたように睨む。腹元の服を手繰り上げまだ成長しきっていない中途半端な硬さの筋肉に埋まる臍のその上にもキスを落とす。その窪みへと。子供は擽ったそうに身を捩る。兵長、とリヴァイの名称を吐息混じりに呟いて。
 もうよせ、と声がするのだ。低い声が。言う。まるで警告するかのように。今ならまだ間に合う、今なら、出来る、と、毎日耐え難く握り締めるこぶしが震えていることに気付きながらも見て見ぬ振りを続けた。そっと束ねられた記憶を手繰り寄せては思い出す。どうしてこんな類いの寂しさを、この憐れな子供と共有しているのだろうか。どこかで誰かが見ているとでもいうのか、憐れな子供を抱き締めるときのあたたかみを知っている何者かが他に存在しているのだろうか。リヴァイは知っていた。或いは初めから。その声は他の誰のものでも無く自分自身のものだという、あまりに単純で明快でわかりきったことを。ゆえに、ああ、と、思った。諦めるようにして。この憐れな化け物のためになら、例え何れ程寂しくともかなしくともいつだってきっと、その命を殺めることが出来る。いつか、憐れな子供が、ほんとうに死ねば良いと思う。態々思わずとも必ず死ぬのだろうとも。この世界に何も遺さず、この孤独だけを置き去り何もたがわずに。
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