<概略>
淡白エレン/多面的人間性/
兵長を弱らせようとして女々しくなった。※しかしエレリではありません。





   

 こんなにも、理不尽で、残酷で、弱肉強食を具現化した世界のなかで、ただ生き延びるだけでもまるで容易くは無い。それをリヴァイは『ドブ臭い』といつか称した。調査兵団人類最強、兵士長。英雄。だから疎いエレン・イェーガーは、その人が、弱る生き物であるのだと知らなかった。

「あれ、兵長…? こんなとこで何してるんですか?」

 それゆえに、就寝時に戻った、エレンの地下の部屋、の、端にて、あたかも何かから隠れるかの如く、ランプすら点けず佇むリヴァイを見ても、不思議なだけで、他には特に何も思わなかったのだった。

「……話し掛けんじゃねえ」

 その声がほんの僅か、いつもより掠れていて、漸くエレンは、それがリヴァイの強がりに似たものであり、自分のような、まだ何も知らない新兵が、耳にしてはまずいものであったのだと気が付いた。気が付いたが、気が付いたときにはもう遅い。下手をしなくとも面倒臭いことになりそうで、話し掛けるべきで無かったのだと後悔する。

「…あー……、ええと…すみま、せん…?」

 取り敢えず謝ってみたがどうすることが最善かまったくもって判らない。出来るならば、このまま文目もわからぬ暗闇の部屋から、何事も無かったかのように速やかに去りたいところだが。しかして今更それはヒトとして出来ない。し、なぜなら、そも此処はエレンに宛てがわれている私室であり、何よりリヴァイはエレンの生存与奪権を握る上官且つ目附役であるのだ。それに、正直、エレンはさっさとベッドに横になり寝たかった。ので、仕方が無い。何も気にしてなどいないふりを装ってリヴァイの背に近付く。そうして恐る恐るベッドに腰掛けてみて、何で自分のベッドに座るだけでこれ程緊張せねばならぬのかと考えながら、兵長、と、小声でリヴァイを呼んだ。するとリヴァイはエレンに背を向けた状態で、けれどもすとんと隣に腰を掛けた。エレンは少し怯えつつ、横目でリヴァイの様子を窺い見る。灯の無い地下室でははっきりとは確認出来ないが着痩せする小柄な背が丸まりいつもの威厳も頼もしさも也を潜めている。ように思えてエレンは益々困り果てる。極めて気まずい。この状況のなか、安眠なぞ出来るものか。頭を抱え、増してゆく面倒臭さに子供は途方に暮れる外に無い。

「……」
「……」

 これ程までに予想外の事態、どういう言葉を掛ければ良いのかエレンに解る筈も無いのだ。なので何も言わずに暫く経った。相も変わらずリヴァイも黙っている。冷たい地下室には沈黙ばかりが落ちている。吐き出す空気が重い。退屈が重苦しい。潰されるような無言の重圧が息苦しく、静寂は耳どころか胸懐に突き刺さり、廓寥として、ひどく、痛い。──ついぞエレンは耐えかね音をあげた。

「兵長」
「…………」
「兵長ってば」
「…………」
「返事くらいしてください。寧ろ何がどうしたのか何か言ってくださいよ」
「…………」
「イイ大人が無視ですか」
「…………」
「ねえ、兵長」
「……話し掛けるなと言っただろう」

 最早それはエレンにとって無理難題であった。エレンは悲愴的な何かの覚悟を決め、1度深呼吸をするとそのまま本題に挑んだ。

「あのね兵長、俺はアドリブきかないんですよ。言葉にされなきゃ察せねえし。慰めて欲しいのか馬鹿にして欲しいのかせめてちょっとヒントが無いと」
「そんなもんどっちも御免被る」
「だったらはやくご自分の部屋へお帰りください。地下室開けて兵長がぼーっと突っ立ってたなんてどんなホラーですか。話し掛けるなと仰るんなら話し掛けられないところでどうぞ。此処一応俺の寝床なんですよ。そして俺は今もう猛烈に睡魔と闘ってますつまり寝たいんです。理解りますか」
「………………エレン、おまえ、」
「何ですか」

 捲し立てた部下にたっぷりと間を置いて、リヴァイは心底、驚駭したふうに振り向き、

「おまえは本気で、死に急ぎ野郎だな」

 と、言った。上官相手に口が過ぎる。空気を読めぬエレンである──否、この場合敢えて読もうとしていないのだが。土足でリヴァイはベッドに足を乗せ、その膝を抱え込む。あァもうどうしろと云うのであろうか、エレンにはちっとも理解らない。捗捗しくも無い。と、いうこと、で。だからこそエレンは『死に急ぎ野郎』呼ばわりされているのである。エレン・イェーガーは撫でてみた。調査兵団人類最強、兵士長の。英雄の。その、頭を。リヴァイ・アッカーマンの、漆黒のさらさらの髪を。エレンの髪とは全然違うそれをたしたしと撫でて、まだ兵士になって何年も経たぬ指がほんの少しだけリヴァイの耳にふれたとき如何やら斯うやら新兵は、いったい自分は何をやっているのだろうかと冷静になったが、リヴァイが何も言わないので撫で続けた。その10分後には、てめえ何を気安くさわってやがる、と怒られてしまったのだけれど、最初より更に掠れた涙声には迫力が足りなかった。はいはい、いっしょに寝ましょうね。エレンはリヴァイの躰を引き寄せそう言ったが、復活したらしきリヴァイの気には大いに召さ無かったようで、固いベッドに押し倒された上、馬乗りになられ身動きが取れなくなった。だけれど見上げた先のリヴァイの表情が、闇に慣れた視界に移り込み何も言えなくなってしまったエレンは、仕方あるまい、死ぬ程眠いがほんとうに死ぬよりましである。今夜は徹夜になるのかも知れないと、得る筈だった安眠を諦観して、かすかに笑った。
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