<概略>
殺伐と見せかけてわりと甘々/






   

 いま何時だろう? ──俺が目を覚ましたとき、兵長はもう、ベッドに上半身を起こして、隣で俺を見下ろしていた。下着を含む剥ぎ取られた衣類の散乱した兵長の寝室のベッドの傍は、外の夕闇と殆どひと続きになっている。毛布のなかで聞くラジオから誰かの遺言が流れてくる。ここが世界ならいいのに。ここがすべてならいいのになあ。そんなことを、ぼんやりと思った。

「……何をそんなにじろじろと見てんですか。怖いんですけど」

 口を開くと、やけに掠れて不機嫌な声が出た──そのことに、俺自身が驚いた。

「エレンおまえ、寝顔のほうが可愛いな。もうずっと寝てやがれば良いのに」

 そして俺は、気安く頭を撫でられる。身長のわりに妙にでかく感じられる、潰れた剣だこの跡が残る兵長の手。俺はこの手が案外すきだった。

「起きたらやかましいな、その目玉は。一生寝ててくれたら今よりずっと、可愛がってやれるかも知れん」
「……えええ」

 誰が? 兵長に? まさか。可愛がられるなんて気色が悪い。兵長の脚が毛布越しに俺の向こう脛を邪魔臭そうに蹴っ飛した。俺はイテテ、と大袈裟に呻く。赦される理由が見つからないから、ついと息をひそめて、光に向かうことをやめにした。そんな決意も容易く溶かす、闇の濃さで、おそらく互い、その顔は暗いせいでよく見えない。明かりが必要じゃあないかとも思ったけれども、照明がやたら遠くて解らない。何より痺れた腕が重い。つまりはさようならで仮死するのだ。冷たい手でさわると、血の在り処が嫌って程わかってしまう。ふたりの意味が──嫌って程わかってしまう。

「兵長にトモダチいないの、何だか解る気がします」
「トモダチなんざ、ひとりでもいりゃあ充分なんだよ」
「それってエルヴィン団長のことですか? それともハンジさんのことですか?」
「どっちも御免こうむるな。あいつらをトモダチと呼ぶのは薄ら寒い」
「じゃあ兵長、トモダチひとりもいないんじゃあ……」
「うるせえ。調査兵団内でそんな無駄なもんいるか馬鹿。だいたいそんなこと言い出したら、おまえも居ねえじゃねえかよ、」

 トモダチ。
 言われて俺は少し考える。死んで欲しくないトモダチなら何人も居る。でも俺が、『そうですね』とも『居ますよ』とも言う前に、間髪入れずに兵長が口端で小さく嘲笑う。その勝ち誇る平和さに、俺は拍手してしまいたくなる。そうですよ、それだから選んだのだ俺は。兵長、貴方を。
 兵長は考えたことがあるだろうか。その冷たい指が触れる度に律儀に呼応する、この肌の下に、どす黒い血が流れている。言ってしまいたくなって、でも言葉にするほうがずっと億劫で、俺は兵長の筋肉質な裸の肩に噛みついてやった。兵長はまったく茶化さずに、だが平然としてそれを見ている。その顔が歪むのを見たくて顎に力を込めると、ほんの少しだけ眉をしかめる。俺は満足して肩から離れる。すると、唐突につよく腰を抱かれあまりに呆気なく、引き寄せられてしまった。

「おまえの愚鈍さは寝顔の次くらいに可愛いもんだが」
「へえ?」

 その的外れな感想に俺は感動すら覚えた。兵長が再びシーツに沈めてくる。我ながら今の俺は上出来だと思える。俺は笑ってそれを受け止める。確かな熱とくちびる。兵長に抱かれるとひどく安心するのだ。幾ら躰を重ねても、隙間などない程に絡ませていても、他人にはこんなにも理解されないことに、心底ほっとしている。優しいノイズに誰かの遺言。かき消されずに繋いでいけば、生と死を分け隔てないで。狭く暖かい宇宙をつくっていって。
 そもそも、俺が兵長とする気になったのも、初めに好きだと言われたとき、どこがですかと尋ねたら、悩む素振りさえ見せず一瞬で、迷う余地すら寸分なく『顔。』と答えたからだった。

(あァ、いい。とてもいい)

 気の済むまで眺めてくれればいい。それだけでは足りないというならば触れたらいい。貴方さえ欲しがってくれるなら、俺の全部くらい喜んで捧げる。そんなことで兵長がいつまでも勘違いをしていてくれるなら、泣けるくらいにお安いものだ。
 兵長は俺の愚鈍な笑顔が好きなようだった。俺は兵長の真意が解らないと言って、拗ねる振りをする。いつだって、ふたりには逃げ道は残されている。
 もしも、もしも兵長に、俺の思考を洗いざらい覗かれているとしたら。そしたらきっと俺は気が狂いそうになるだろう。し、今すぐにでも古城の屋上から飛び降りたくなるだろう。だがそんなことは有り得ない。こんな俺の醜い本心を知りながら、真顔で俺を抱ける筈がないのだ。けれどこんなの、俺が貴方なら疾っくに逃げ出している。
 兵長が無表情で俺の脚の間に躰を割り込ませ、下肢をまさぐってくる。理解なんて。そんなおぞましいものは要らないのだ。俺はこれでいい。この手だけでいい。充分。
 俺はそのうち死ぬらしい。さほど遠くない日に。自分の死は信じられても、貴方のことは信じられない。まるで、ずっと新しくなれそうだ。未だ解っていないことが多い。だからと言って、秘密を晒け出す必要はなくて──無言でも労ることが出来る、そんなことさえ貴方から教わった。
 やっと兵長が俺のなかに挿ってきて、俺は限脚を開いてその背中に腕をまわす。俺は、俺を理解しようともしない兵長の手に、指に、何より感じて、この世の誰より、兵長を、愛している、と確信する。水平線を見れば星が丸いと解るように、それ以上に自分の存在が、建物が、空気が、回転する目の前が。ふと、寂しそうになって、可笑しくて、笑った。
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