<概略>
チビ裕太の呪い/髪を伸ばしたら大変/ほのぼの(?)/平和と見せかけて大人に近付く不二兄弟/
裕周のつもりで書きましたが別に周裕でも通りそう。





   

 その昔。唐突に、まだ幼かった僕たち兄弟が仲の良かった頃、裕太が言った。

「にいちゃんのかみが、かたこすくらいのびたら、おれ、にいちゃんをおよめさんにするんだ!」

 だってにいちゃんはねえちゃんよりびじんじゃん! だからぜったいおれがけっこんする! とか言っているほうの裕太は大変なことに真面目だった。目をキラキラと輝かせて、子供らしいまろい頬を紅潮させて興奮気味に、今よりずっと幼かった僕の予想外の言葉を並び立てた。その顔は本気で、何より無邪気で、男同士で血の繋がった兄弟なので絶対不可能だと現実を突き付けて、傷付けたくは無かった。し、その程度には僕は世間を知っていた。と、云うより──裕太が無知なのだと思った。

「あのね、裕太。願掛っていうのは、自分の髪でするものなんだよ?」
「おれのかみがながいなんてへんじゃん!」
「…………」

 いや、僕の髪だって肩越すまで長いと変だろう。だけど何を言えば裕太を泣かさずに納得させられるか、僕には判らなかったし、あのとき程、上手く言い返せなかったことは無い。適当に丸め込むのが僕の特技のひとつだったのに。
 あれから──と、云うのは青学とルドルフの試合があってから、と云う意味だけど、一向に寮生活を堪能していた筈の裕太が、時々、気紛れに家へ帰ってくるようになった。決して頻繁じゃあ無いけれど早くて1ヶ月半、遅くても3ヶ月以内に裕太は帰ってくる。年末年始以外寮から帰ってこようとしなかった裕太が何でもない土曜日に帰ってきて、何でもない日曜日に寮に戻っていく。当たり前のことを、僕たちは当たり前だと思うには擦れ違い過ぎていた。窓の外が橙色に染まりかけた夕暮れ時で、電気をつける手前の薄暗いリビングで僕たちは丁度レトルトのカレーを食べ終わったばかりだった。少し可笑しいと思ったが、フォークソングが似合わないでも無い、そういう気分だった。ので、別々の学校のユニフォーム──青学とルドルフのユニフォームが、ベランダの外に並んで干してあってもおかしくない気分だった。
 それから2ヶ月くらい経過して、自分でも気が付かないうちに、僕の髪はだいぶと伸びた。暑くていつも後ろをゴムで括っていたから、別段、邪魔にも思わないうち、いつのまにか随分伸びていた。そのことに僕より先に気が付いたのは裕太だった。裕太は、括り直すために何気なくゴムを解いた僕の髪を見て、

「伸びたな」

 と言った。
 言われてみれば、最近髪を括るのが楽になったなァ、と思っていた。毎日洗面所には立つが、鏡をよくよく改めて見ることなんて無いから判らなかったけれど、触ってみたら1番長い部分はもうすぐ肩につきそうだった。

「…伸ばしてんの?」
「え、別に。暑いし、邪魔だし」
「じゃあ、切ってこいよ」

 そう言われれば、そうだ。
 翌日、僕は早速、髪を切りにいった。いつも行っていた家の近くの店に予約を取るのが面倒で、学校の通学路中にあった小さい美容室にいきなり入った。耳が隠れるくらいまで切ってもらって、僕の髪の長さはまた元通りになった。
 季節が変わる頃、今度は風呂上がりの僕を見て、裕太が言った。

「また伸びてんな、髪」

 裕太は、リフォームした浴室で、何だか他人のなかでも最も他人、みたいな顔をして、シャワーは前のほうが使い安かった、と零す。僕は直ぐに慣れたので、新しいシャワーを上手く使えるようになっていた。

「あァほんとだね」

 濡れた髪を手で伸ばしたら、一番長い部分の毛先がもう直ぐ肩につきそうだった。

「切れよ」
「言われなくても、そうする」

 その翌日も、今度はルドルフの最寄り駅前近くにあったやたらとカラフルな店にいきなり行った。そうして、僕はまた、元通りになった。
 その次も、その次も、その次も、僕は違う店に行った。久しぶりですね、なんて言われるのが嫌だったせいもあるけれど、それより大切なのは、今すぐ切って貰えるということだ。電話番号を調べてまで予約をするのは馬鹿らしかった。もらった会員カードはいつもどこかへ失ってしまう。だから前にいつ髪を切ったのかも判らなくなってしまって、僕は自分の髪がどのくらいで伸びるのか未だに計れず仕舞いだ。それでも、裕太が気付いてくれるから、僕の髪は伸び過ぎずに済んでいた。もしも。もしも裕太がいなくなったら──きっと僕は、いつまでも髪を切るのを忘れてしまう。僕の髪は肩を越えてしまう。裕太がいる限り、僕の髪が肩を越す程まで、伸びることは無い。あたかも世界の真理みたいに、良く出来た話だ。

 卒業してから随分経って、久しぶりに会った英二にそんなことを話したら、

「つうか……その前に、おまえら結婚できないっしょ」

 と言われた。そう言えばそうだ。

「でもまァ、ほら、男同士でも、海外とか、オッケーなとこあるじゃん?」

 気付くと僕は背中に嫌な汗をかいていた。なぜかは知らない。だけど、ひどい気分だった。それは、吐きそう、と表現しても良いくらいだ。

「なに言ってるのさ、英二。例え男同士で出来ても、僕、弟となんて結婚しないよ」
「そりゃあそうだろ。だって男同士の上にまず、近親相姦じゃん」
「そうだね。毎日会うわけじゃ無いから、時々、僕に弟がいるの忘れちゃうんだけれど」
「流石にそれは弟くんが可哀想!」
「そうだねえ。可哀想だよね」

 僕は何度も頷いてから、真夏の汗をぬぐった。
 また幾度めかの夏がきた。僕の部屋のエアコンがまた活動を始めて、僕の髪はもうすぐ肩まで届く。僕はこれから裕太のいる家へ帰る。今日は気分がいいから、途中のコンビニでゴムといっしょに裕太の好きなお菓子とジュースでも、買っていってあげようか。



裕周難しい…!汗www
不二兄がコンビニで買うゴムはヘアゴムなのかそれともスキンのほうのゴムなのかは想像にお任せします。相変わらず拙いですが、でもちはやさんへの愛はたっぷり込めて書かせて頂きました。定番な感じになりましたが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
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