<概略>
甦り/記憶喪失りばいさん/平和/わんこエレンを目指していた筈なのn





   


 やたらと眩しい。そう思いながらゆっくりと瞼をあげていく。そこは真白の間。誰かの手がリヴァイの手に触れ、少しだけ驚いて頭を上げた。誰だおまえは。リヴァイが問うより先に、子供はにこりと優しく咲う。

「あ、起きました? 初めまして。ここは臨死の国です。死後の人間が、天国へ送られるか地獄に送られるか、或いは転生するか、霊になって永遠に彷徨うか、そういう審議をするところです。なので俺──あ、いや、私は、所謂、審議官、ということになりますね。まだ新人なんですけどね。えへへ」
「は? 天国と地獄だと?」

 ほんとうにあるのかこんなこと。リヴァイは辺りをぐるりと見渡してみたが、この真っ白い純白の空間は左右前後先が見えぬ程続いており、空──らしきものも白。座り込んでいる地面も白で、何だがふわふわしている感触がわた菓子のように、やんわりと漂うように揺れていた。これは少年の言う通り、正真正銘の異空間だ。雲の上かとも思ったが、どうやら違うらしい。風光明媚な光景を比喩しているのでも当然無い。

「死後の世界です。冗談では無く」

 と満面の笑みでそう聞いて、あァはい、そうなんですか、とすんなり答える人間はあまり居ないだろう。だからリヴァイは、そう答えた。

「あァはい、そうなんですか」

 天使──では無いな。ここは審議の国だと言っていたし、何より少年自身が、己を審議官だと自称したのだ。天使のような顔をして。まァいいか。天使の風貌をしている審議官は、一瞬だけ、その大きな双眸を更に大きくし、面白そう、と云わんばかりの顔つきでリヴァイを見る。

「貴方は、ええと、感情の起伏が足りていませんね」
「……そうですか」
「そうやって生きてきたんですね」
「はあ、まァ…一応、三十路までは何とか生きて、そして死にました。死ぬ前に成し遂げたかったことはたくさんありますが、いつ死んでもおかしくないことばかりだったので今更。何かをやり残した未練は思い当たらないし、今からまた転生してやり直したいとは思いませんが、強いて云うなら、もう少しは多く、誰かの役には立ちたかった、かも知れない、な。どうせ死んじまうくらいなら」

 暫定審議官は、ふむ。と顎に手をやり頷く。何かのファイルのようなものを持っていて、緩慢に文字を追っているようだった。が──特に何も考えてなさそうな感じではある。

「無欲であることは、素晴らしいです。お気に入りの紅茶が飲めれば幸せ、人間の幸せゲージ的には真っ当で、些細で、慎み深い。あとこれは私の事情で恐縮ですが、ついでに言えば、手間が省けるので」
「…………」

 何の手間かは、敢えて聞かないでおく。リヴァイはとことん他人へ興味が無いので、少しでも相手に期待を持たせたくなかった。言ってしまえば、もしかするとこいつは話を聞いてくれるんじゃあ無いか? などとは死んでも思われたくないのである。否もう死んでいるからここに呼び出されたわけだが。

「ふん、ふんふん。貴方は徳が高いようですね。ひとが嫌がる仕事にも、文句ひとつ言わずに無言で率先してするタイプ。完璧主義が玉に瑕だったりもしたようですが…。それでも、何しろ人望が厚い。それに人助けも多いにしてきている。…まァそれらは貴方自身、無意識の行動なのでしょうけれど。取り立てて見苦しい犯罪歴も無ければ、他人にも自分にも厳しい規律を持っている、と言ったところでしょうねえ。随分、ストイックなひとのようだ。ふむ。貴方が死ねば大勢のひとたちが悲しみの涙を流し、絶望するでしょうね」
「……そんなイイモンでは無いです」

 生きていた頃は、英雄視される裏腹、横暴だ、乱暴だ、と何かと周りの人間に理解されないことがよくあった。友人と呼べる人間も少なかった。し、人間関係の距離感は面倒がったリヴァイである。おそらく標準よりコミュニケーション能力が低いのだ。

「このファイルには貴方の出生から、死ぬまでの言動すべてが記載されているんですが、ざっと見積もっても、貴方には、まず地獄行きは無いです」

 審議官は最初から穏やかで、話し方もその笑みも、朗らか──なのだが、リヴァイはそれを心地好いものだとは感じなかった。

「天国へ行かれますか? それとも転生? 貴方の成績なら好きなほうを選べます」
「嘘だろ…」

 そんな筈が無い、とリヴァイは思っていた。物心ついたときから、他者からの暴力には暴力で返してきた。上手く立ち回れば良いだけの場面でも、それが上手く出来ずに幾度と無く無駄な衝突を繰り返した。ケンカを売られて返り討ちにしたことなど幾度あったか知れない。数え切れない。流石に調査兵団、兵士長、と謂う肩書きを拝命してからは、過剰防衛と傷害罪とが成り立ってしまうことを覚えたので、躾以外での意味の無い肉体的な暴力沙汰は回避してきたつもりではあるが、代わりに知って努めていたのは、他人と、なるべく関わらないようにすることと、愛想笑いも得意では無い為、やんわりとゆっくり、仲間の輪に居ても後ろからスッと抜けて、行方をくらますことくらいだ。

「俺なんかふつうに地獄行きだと思うんですが。良いことなんざ1個もしちゃいねえ。寧ろ俺が居ないほうが周りは生きていきやすいんじゃあ無いかと…」
「そんなふうに斜に構えているのは、きっと、貴方だけですよ? ひとはみな貴方を、多分に漏れず、愛している」
「……それこそ嘘だ」

 否定ばかりしていたら、審議官はなぜだか少し顔を曇らせた。あ、俺、審議官を泣かせちまったか? リヴァイは少し戸惑った。だけれど天使のような審議官はパ、と顔を上げ、突然、笑顔でとんでもないことを言い始めた。

「実は、俺、じゃない、……私共、審議官には、1度きりの特権があるんです」

 審議官は如何にもふふんと鼻を高くした様子で、その天使じみた外見を薄めてしまう程、悪魔のように囁いてきた。

「審議官は、特別に、気に入った死者を1人だけ生き返らせることが出来るんですよ」
「? そうなんですか」
「そうです。良いですか? たった1人きり。これは凄い特権なんですよ。なんてったってこの広い世界で選ばれた、たったの1人なんですから」
「ほう」
「なので、私は貴方に決めることにしました」
「…………は?」
「私の特権を、リヴァイ・アッカーマン、貴方に使わせて頂きます」
「何言ってんだ、おまえ? はァ? もっと適任者がいるだろうが。母胎のなかで死んじまって、生まれてくることすら出来なかった赤ん坊とか、家族を残して死ななければならなかった親とか、今まさに巨人と戦って死に行くだけの奴らとか…、俺よりもっとおま、いや、審議官の特権とやらに相応しい、値する人間が、地上の世界には山のように居る。それに比べりゃあ俺なんぞ2度とあんな世界には戻りたくねえとすら、」

 審議官がにやついていることに気付き、リヴァイは話をやめた。今日は自分でも思うが我ながら饒舌である。たくさん話せばその分だけ相手を、無神経に傷付ける確率が高まると重々知っているからだ。だがこの案件は、くちを閉じてはいられない。

「…何だ? そのツラ」
「漸く感情を、見せてくださいましたね」
「それは…」

 てめえがおかしな判断基準を散らつかせたせいだ。とストレートには言えない。

「兎に角、他をあたってください。おまえの特権の使い道は、俺じゃねえ筈だ」
「そんなの。それこそ貴方の決めることじゃないです。それにもう既に、私は針を戻しておいたので」
「あ?」
「だって貴方が居なくなると泣き止まない子が側にいらっしゃるから。では行ってらっしゃいませ」
「はァ?」
「そして、寿命が尽きたら、またここに、戻ってきてくださいね。再会するその日まで、人生をめいっぱい楽しんできてください。愛してます、リヴァイさん」

 いったい何と言いやがった? 天使のような、しかして悪魔のような審議官の言葉は、最後のほうは、よく聞こえなかった。ただ、あのガキやけに腹の立つ顔をしてやがったな、と、謂うことくらいでリヴァイは思考を放り投げたのだった。
 変な夢見だ。目を開けたリヴァイは白いベッドの上だった──正確に云うと、医務室のベッドの上だった。なぜここが古城の医務室と判るかと言えば、嗅ぎ慣れた消毒液や医務室独特の匂いと静寂、やさしいアイボリーの天井、そして何より、リヴァイはここで1度死んだからだった。それだけはなぜだか鮮明に覚えている──他は、すべて忘れてしまった。まいった、どうやらほんとうに時間が戻ってしまったらしい。それよりなぜだろう、脚が重い、と、上半身だけゆっくりと起き上がり、ふと太腿あたりに目をやると、シーツに突っ伏した姿勢で誰かが寝ていた。疲れているだろう、起こしたくねえな。何となくだがそう思った。だがそのタイミングは勝手にドラマチックに、否応無しに訪れてしまう。瞬いた蜂蜜色の瞳がリヴァイを見上げて、目を擦ってもう1度見て、幻では無いと知って、声にならない声を上げる。はくはくと口を動かして諦めた、子供に、リヴァイはぎゅうぅぅっと抱き締められる。死にそうだと思った。否、生き返り早々の三十路の躰に、許されるレベルの抱擁では無い。

「…は、放せ、苦しい。またあのいけすかないガキに俺を会わせるつもりか」
「ご、ご、ごめっ…ごめんなさい!」
「おまえのその声、…傷に響く」
「あッ、ハンジさん! そうだ! 俺、ハンジさん呼んできますね!」

 涙を今にも溢れさせんばかりの潤った双眸で、立ち上がってすぐにでも駆け出しそうなところを必死に呼び止めた。

「まァ待て。少し靜かにしていたい。誰とも会いたくない。おまえの言う、ハンジ、にも。おまえだけ、いてくれれば良い」
「っ…!」

 動き出していた若い躰がぴたりと止まる。そそそっかそうなんですね! と謎の素直さで元の椅子に収まった。

「あっ、あっ、何か、欲しいものは!?」
「…黙れ。靜かにしろ」
「あ、はいっ。そうかっ。ごめんなさいっ。すみませんっ」

 少年はリヴァイを見てにこりと咲ったあと、そわそわしながら俯いた。なんだこいつ? 白状しよう、リヴァイは、この少年に関する記憶を失っている。名前も、関係も解らない。ただ純粋に伝わってくるものは、この子供がリヴァイを大好きだ、ということと、あのいけすかない天使面の審議官によく似ている、と、いうことくらいだ。ふゥん。リヴァイより身長は高いわりに、どこもかしこも薄っぺらい。未完成で、不完全な思春期特有の躰である。ちゃんとメシ食ってんのか? リヴァイは少年が俯いているのを良いことに、その姿をじっと見詰める。

「おい、」
「何でしょう」

 靜かに尋ねてみればちゃんと小声で返事をする。ご主人様は誰だろう。よく躾られてるじゃねえの。

「悪ィが俺は部分的に記憶がないようでな。だから先に訊く。おまえ、名前は?」
「ッ……、エレン・イェーガー、です」

 傷付いたような顔をしながら平気そうに答える子供の、健気さや安心に、胸を突かれた。

「そうか、エレン・イェーガー。俺はおまえを何と呼んでいた?」
「…エレン、と。……あと、クソガキ、とか」
「クソガキ………俺はそんなに悪かったのか? くちが」
「あッ! ええと、そんなことは……」

 と言いつつ、エレンはくちをもごもごさせている。悪かったのだろう、くちが。あと多分、性格も。リヴァイは嘘をつき通せぬ目の前の少年に、少しだけ口角を上げて笑った。エレンと自分の関係性は未だ判らない。恋人とも友人とも違うと思う。なぜなら歳が違い過ぎる。丁稚趣味でもあったのだろうか自分は? 考えてみてもまるで判らない。思い出そうとしても思い出せない。だが、別に、それで良い気がした。顔は好みだ。子供だけれど、少年期の危うさと、全身がネオンサインのように只管リヴァイを好いているのがよく解って、何だか可愛い。折角、あの審議官の──特権、とやらで生き返ったのだ。ちょっとくらいならば、羽目を外しても良いのではなかろうか。

「おい、エレン」
「は、はいッ」
「もっとこっちに来い。俺の目の前に顔を寄せてよく見せろ。何か思い出すかも知れん」

 何かが吹っ切れたリヴァイは、子供に命令してみる。

「そのあたりで目を閉じろ」

 そうだ、良い子だ。従順で、リヴァイを訝しむことさえしない。

「……」
「…………あの、ええと…兵長?」
「黙れ」

 リヴァイは包帯だらけの両の手のひらで少年の頬を挟み固定して、膠着状態のうちにその唇を食んでみた。途端、1秒の間も置かずエレンは、ぼふん、とでも擬音がつく程──顔だけでなく首筋や耳までを真っ赤にして酸欠を起こしたので、リヴァイは思わずその痩身を抱き締めた。この匂いを知っている。この体温の高さを知っている。相変わらず思い出せはしないが、確かにこの躰は知っている。唇と手を離せば、エレン、とやらは、何も言えずに崩れ落ちた。兵長、反則です。言葉に出来ずにエレンは上目遣いにリヴァイを睨んで、泣いて、咲って、また泣くのだった。

「……ただいま、エレン」

 だからリヴァイは、ひと言だけそう付け足す。単純な気紛れである。けれども、気紛れで生きてきて、死んで、審議官の気紛れで生き返ってきたわけなので、他に必要な言葉は、ひとつも無いと思った。
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