ジムリーダーとは、挑戦者とポケモンバトルをしてただジムバッジを守っているだけじゃない。街の治安を守ったり、リーグ本部から呼び出されれば色んな所へと出向いたりと中々のハードスケジュール。その上俺なんかはオーキド博士の孫という事もあり、度々オーキド博士の手伝いで色んな地方へ主張したりなんかもしばしばある。その場合カントーから遠い地方へ出向くとなると、手伝いの内容にもよるが戻ってくるのは一週間後か、遅ければもっと掛かる事もある。そんな時気になる事と言えばやはり**の事。寂しい思いをさせてしまうだろうと解っているが、それは仕方のない事。**もそれは十分承知してる、はず。
いや、してるからこそ**は俺が博士の手伝いに行く時は「行ってらっしゃい。頑張ってね」と笑顔で見送る。それはそれは清々しいくらいの笑顔で。そして主張中は**からの電話もなく音沙汰もない。俺という人間を十分理解しているからこその**の心遣いなんだろう。それにしても、もう少し寂しがったりしてもいいと思う。
私と仕事どっちが大事なの?行かないで、と言われて行くのをやめる訳にもいかないが、もし言われたら俺の心は十分揺らぐだろう。そのワガママを実行してやる事は出来ないが、聞いてやる事くらいは出来る。**はもう少し、ワガママを言ってもいいと思う。それこそ彼女の特権だろう。

「…で、どうなんだよ」
「なにいきなり。何の話?」

ポケギア越しの**の声のトーンは普段と相も変わらず、凛とした声が俺の耳に届く。もう二週間近くも会っていないというのに**からの連絡は一本もなく、とうとう痺れを切らした俺が自分から連絡をしてしまった訳だ。
もしかしたら**は、心遣いとか俺を理解しているだとか関係なく、本当に寂しくないのだろうか。…ああそうだよ、寂しがってんのは誰でもない俺なんだろうきっと。

「あ、そうそう。グリーンから貰ったタマゴ、この間孵化したんだよー」
「あー、ウインディのタマゴな」
「すっごく可愛いの…!もう可愛すぎて、グリーンに連絡するの忘れてた」
「そこは「グリーンと一緒に居るみたいで寂しくなかった」くらい言えよ」
「…寂しくなかった、訳ないもん」
「あーそうかよ、……はっ…?」

少し弱々しい声色で吐き出された**の言葉に、ポケギアが手から滑り落ちそうになる。思わず聞き返した言葉は少しだけ震えてしまい、間抜けな声になってしまった。

「…**、お前今、」
「あーもう、言っちゃった。だからずっと電話しなかった…のに。ホントはこの電話も出ようか迷ったの。でも仕事中にグリーンから電話くるの珍しいし、取っちゃった」

でも声聞いたら、会いたくなっちゃうじゃない。苦笑を交えた弱々しい声色で、確かに**はそう言った。今**はどんな表情を浮かべているんだろうか。寂しくないなんてそんな事、あるはずがねえんだよ。

俺も**も、

「…寂しかった、か?」
「寂しくない訳ないから。っていうか、さっきも言ったでしょ」
「あーそうだったな。フーン…」

まさかこんなにもはっきりざっくりと"寂しかった"と言われるだなんて思ってもいなかった俺は、妙な恥ずかしさを感じながら照れ隠しの為に曖昧な返事を返した。きっと面と向かってだったらまず聞ける事はないだろう**の少し弱気で素直な言葉。

「…**って、寂しいとかあんまり言わねえよな」
「だって言ってもどうにもならないでしょ、そんなの。」
「まあそうだけど、聞いてやる事くらいなら出来るぜ」
「言ったら余計寂しくなっちゃう。…いいの、会った時に「寂しかったー」って終わらせるから。それでいいの」

恐らく俺の顔は今、緩みに緩みまくっている事だろう。電話だし誰にも聞かれてねえし見られてもないから、隠す術はいらない。本来なら面と向かって**の口から聞きたいところだが、それは俺も**も恥ずかしさに耐え切れなくなってそれどころじゃない。
ポケギア越しだからこそ**から聞けた言葉なんだろうけど、俺を揺さぶるには十分過ぎる言葉たち。
自分から電話しといて中途半端に**の声を聞いて思いがけない言葉を貰って、余計に会いたくなるとか馬鹿にもほどがあるだろ俺。

「そういうグリーンはどうなの?」
「どうなのって何がだよ」
「グリーンが電話してきたのは、寂しいからなんじゃないのー?」

ねーどうなのグリーン?とポケギア越しに聞こえてくる声から想像出来る**の表情は、ニヤついている事だろう。でもそれは、事実な訳で。普段の俺なら絶対に言わないのに、

「…寂しくねえ訳ねーだろ」

なんて、知らぬ間に勝手に動く口。恋愛って時々恐ろしいとしみじみ思う。自分が自分じゃなくなって、**しか見えなくなって。恋は盲目、惚れた者負けとはよく言ったもんだ。馬鹿みたいに高いはずの俺のプライドは、**の前だと何の意味も成さなくなる。

「…ちょっと、今のよく聞こえなかったんだけど。もう一回…」
「っ何も言ってねえよ、」
「寂しくない訳なに?」
「聞こえてんじゃねーか!」
「そんなに照れることないでしょー。嬉しかったのに」

まさか自分の口からこんなにも女々しくて情けない言葉が出てくるなんて思いもしなかったが、ポケギア越しに聞こえてきたふふっと笑う**の声は何処か満足げだった。女って、恐い。というか**が恐い。俺にこんなにも情けない事を言わせる**が。

「寂しいからって、浮気すんなよ」
「それはグリーンもね?」
「しねえよ。どれだけ**の事好きだと思ってんだ」
「ふはっ、グリーンくん大胆発言!」
「なに笑ってんだよ。**テメェ、帰ったら覚えてろよ…!」
「…早く帰ってきてね、グリーン。それでね、会ったらたくさん私に構ってよ。もういいってくらい」

あーもうこいつは…!

この世にこんなにも可愛い生き物が生息していたなんて、俺は知らない。こんなにも**に会いたくなるなら電話なんかするんじゃなかったと思う半面、仕事を終わらせて早く帰りたいという向上心が芽生える。あと三日は掛かるだろうという仕事はこの日一日で全て片付けてやった。
今からカントーに帰ったとしても着くのは夜中になるだろう。だけどもう限界だ、今すぐにでも**に会いたい。

一刻も早く**の元へ。

もっとよく考えてから行動すれば良かったと後悔するのは、もう少しだけあとの話。


今、君に会いたい。
(…少し考えれば分かった事なのに…あーもう!マジでありえねえだろ!寝てるとかホントありえねえだろ…!)



グリーンは不憫なくらいが丁度いいと思うんだ。




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