日付が変わるまであと5分と少し。日付が変わったその瞬間何でもない普通の日から、ひとつだけ大人に近付くという少し特別な日に変わる。もう幼い頃のように誕生日だからといってはしゃいでしまう歳でもないけど、この日ばかりはいつもと違い何処か気持ちを少しだけ高揚させる。
部屋の壁に掛かった時計は秒針がカチカチと刻まれていき、そして分針がカチリと12を指した。
その瞬間机の上に置いたポケギアが、けたたましい音を立てたことに驚き身体を跳ねさせる。
誰かからは来るんじゃないか、と少しくらいは期待していたにも関わらず、その驚きは相当なもので。心臓が飛び出てしまうかと思った。

驚きのあまり相手を確認せずに慌ててポケギアを手に取り耳に当てると、ごうっ、という風の音が音割れしていて。

「…もしもし?」
「――っ……ん……と…」

ザザッという雑音と途切れ途切れの相手の声に、私はもう一度もしもし、と問い掛けながら首を傾げる。それでも電話の向こうからはザザッ、という音しか聞こえなくて、ますます首を傾げているとコンコン、と窓を叩くような音が耳に届いた。
それはポケギアから聞こえたものではなく、今私が居る部屋の窓が叩かれた音で。ポケギアを耳に当てたままカーテンを開くと、その目の前に広がる光景に私は思わずゴクリと息を飲んだ。

「なに、してるの?」
「開けて。なまえ」
「えっ、あ、はいっ!」

ポケギア越しに聞こえたそれに、私は慌てて答える。
窓の向こう側にはリザードンに跨がったレッドが居て、慌てて窓を開ければレッドはリザードンから降りて部屋に入ってくる。ちゃんと靴も脱いで。
リザードンをボールに戻したレッドと目が合うと、何がおかしかったのかレッドはふっと笑った。

「なっ、なんで笑うの!」
「だってなまえが間抜けな顔してるからつい」
「失礼な!そんな顔してないよ!」
「してたよ」

目を細めながらふっと笑う彼は、私の頭を優しく撫でる。会った途端人の顔を見て笑うなんて、なんて失礼な。そう言ってやりたくても言えないのは、レッドのこの動作と笑顔のせい。(それに実際に間抜けな顔をしてたんだと思う)頭を撫でられて嬉しくもあって恥ずかしくもあって、私は言葉を詰まらせてしまう。レッドと一緒に居たらいつも一喜一憂してしまうから、大変だ。

「き、今日は突然どうしたの?」

ほんの少しの期待を募らせながら、レッドに問い掛けた。
もしこの期待を裏切られてしまったら、どうしてくれよう。

「今日はなまえの誕生日でしょ?」
「え、あ…うん」
「だから、」

ちゃんとなまえに会って1番におめでとうって言いたくて。
にこっと微笑んだその笑顔と言葉に、私は言葉を失う。言葉を伝えるだけじゃなく、伝える為に私に会いに来てくれたのだ彼は。
期待を裏切られるどころか、期待以上の返事がレッドから返ってきてしまった。どうしてレッドは平気な顔をしてさらりとこんな事を言えるんだろう全く。ストレート過ぎるレッドの言葉に私の頬はゆるゆると緩んで、顔は沸々と熱くなって赤みを帯びていく。
私がこうなる事を解ってて言ってるんだろうかこの人は。

きっとそうに違いない。

「どうしたのなまえ?顔真っ赤」
「わ、わかってる、くせにっ」
「なにを?」
「〜っな、なんでもない!」

わざとらしく首を傾げるレッド。だけどその表情は、何処か少しだけ意地の悪さが含まれていて。でもそれがまたかっこいいなと思ってしまう私は、よっぽどレッドに溺れてしまっているんだろう。

「なまえ、」
「う、うん?」
「誕生日おめでとう」

今日はきっと色んな人から伝えられるんだろうその言葉。他の人の口から伝えられるそれも勿論嬉しいのだけど、レッドの口から伝えられると何だか魔法がかかったような、すごく心地の好い特別な言葉のように聞こえた。
私の頭を撫でていたレッドの指が、頭から頬へとゆっくり滑る。それから指で優しく頬を撫で、レッドがふっと柔らかく微笑んだと思ったら、レッドの暖かい体温に包まれた。
少し小さな悲鳴を上げたけど、心臓はそうもいかない。壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、私の心臓は大きな悲鳴を上げた。レッドと一緒に居ると、心臓がいくつあっても足りない。

「れ、レッド…ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう」
「なんでレッドがお礼を言うの?」
「俺と、出会ってくれて」

俺と一緒に居てくれて。生まれてきてくれて、ありがとう。レッドの体温に包まれながら耳元でそう囁かれて、鼻の奥がツンとして目頭がじんっと熱くなった。
それは私のセリフだよレッド。私と出会ってくれてありがとう。会いに来てくれてありがとう。ありがとうと言ってくれてありがとう。

こんな、こんな素敵な日に泣くなんて勿体ない。笑え、笑え。歪みそうになる視界を必死に堪えようとするけど、なかなかそうもいかない。
ぽろぽろと溢れてしまったそれを、レッドの指が優しく掬った。

おめでとう、ありがとう、ありがとう。そんなやり取りを繰り返しながらレッドの首に顔を埋めれば、くすぐったいと笑われた。


幸せすぎて、目眩がした。
(あ、プレゼント忘れちゃった)
(いいよ、そんなの。レッドが一緒に居てくれることが、私にとっては最高のプレゼントだから)
(そっか)


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るみちゃんへHAPPY BIRTHDAY!




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