シロガネ山の洞窟の奥で、ひとりの少年が倒れた。倒れた原因は一般的に言えばただの「風邪」だったが、おそらく病気にかかった事のない彼からすれば、その病は初めてかかった大きな病気だった。

「メシが食えない状態だったらこれ飲ませてから薬飲ませてやれよ。それかフルーツでもいい。消化がいいものを食わせてやれ」

分かったか?というグリーンの問い掛けに、なまえは返事をしたもののその視線はひどく心配そうにレッドを見つめていた。
そんななまえの姿に、グリーンは頭をかきながら苦笑を漏らす。
今まで病気にかからなかった奴が風邪を引いたんだ。それに加え馬鹿みたいに寒いこのシロガネ山に、今まで半袖で滞在していたにも関わらず風邪を引いてなかっただなんて、奇跡に近いにもほどがある。
なまえが心配になる気持ちはよく分かる。…が、自業自得だろうとグリーンは内心思った。

「んじゃあ俺は帰るからな」
「グリーン、ありがとう…!」
「おー。クソ忙しいジムリーダーのこの俺様を捕まえたんだからな。タマムシデパートの高級スイーツで勘弁しといてやるよ」
「えっ!そんな、悪いよここまでしてもらってその上」
「お前が俺に買うんだよ!」
「………グリーン、うるさい」

…コイツって、本当に俺の友人なんだろうか。そんな素朴な疑問がグリーンの中に生まれた瞬間だった。
まあ一応病人なレッドの前で騒ぐのはよろしくないな、とグリーンは静かにその場を去ることにした。



「レッドさん、寒くない…?」
「……うん、さっきよりは」

なまえに膝枕をしてもらっているまま、レッドの身体は毛布でぐるぐる巻きにされていた。もちろんグリーンの仕業だ。
その上リザードンとウィンディ(グリーンに借りた)に挟まれている為、寒さにはもう心配するようなことはない。

…だけど、やけに心細く感じてしまうのは風邪のせいなのか。
昨日はこの倦怠感のせいかあまりよく眠れなかったから、そのせいで少し心が弱々しくなっているのかもしれない。寝不足は人の心を弱くすると、何処かで聞いた覚えがある。
自分の頭を優しく撫でるなまえの手を無意識に手探りで掴んだのは、寒くはないのになまえの温もりを感じていたくて。それに驚いたのか、なまえは目を丸くさせてレッドを見る。

「レッドさん…?」
「………ごめん」
「え、?」
「……迷惑かけて…心配も」

…なんて情けないのだろうか。普通の人間だったら(決して普通じゃない訳じゃないけれど)ただの風邪くらい、少しは自分で何とか出来るだろうに。
ひどく心配そうななまえの表情を見れば見るほど、自分の情けなさが増した。目を丸くさせたなまえはまた更に目を大きく見開いてから、レッドがなまえの手を掴んだ手をもう片方の手で包み込む。

「…心配はしたけど、迷惑じゃないよ。だって私がレッドさんにしてあげたいだけなんだから」

言いながら包み込んだレッドの手を、なまえは自分の頬へと持っていき、ふわりと笑う。病気というものは、末恐ろしいものだと俺は思った。
…こんなにも人の心を、弱くさせるのだから。
なまえが居るというその安堵感だけで、たったそれだけの事で、じわりと目頭が熱くなったような気がした。

「あ、えっと…レッドさん。何かお腹に入れてお薬飲もう?」
「………いらない」
「で、でもお薬飲まないと…あっ!食欲ない?」
「……後で飲むから、」
「うん?」
「……今は、ここに居て」

なまえの手を握っていた手に、無意識にきゅっと力を込める。
今は少しでも、彼女の温もりを感じていたかった。はたしてそれが風邪のせいなのかどうか、今のレッドには分からない。だがそう言ってから、少しの後悔に襲われた。
自分の傍に居たらなまえにも風邪をうつしてしまうかもしれない。それだけはごめん被りたい。
だけど吐き出した言葉になまえは瞳いっぱい見開いて、顔を真っ赤にさせながら何度も何度も首を激しく縦に振る。

「お薬っ…ちゃんと飲んで…!」
「……うん」
「いっぱい寝てゆっくり休んで…!」
「………うん」

力強く訴えかけるなまえの瞳には、何故か涙が浮かんでいて。ただの風邪だというのに少し大袈裟ななまえに苦笑を漏らしながら、なぜ彼女はこんなにも自分の事で一生懸命になってくれるのだろうとぼんやりと思った。
だけどもし彼女と自分の立場が逆だったら、きっと俺も彼女のようになるに違いないと思う。
自分で思っているよりも彼女のことを愛しく感じ、また、愛されているんだという事を、知る。

「…なまえ、」
「うん?」
「うつっちゃったらゴメンね」
「え、」

きょとん、とした少し間抜けななまえの表情ですらたまらなく愛しくて、掴んでいたなまえの手をぐっと引き寄せ近付いた距離に、なまえは顔を真っ赤にさせながらそっぽを向いた。
いつもの自分ならここで止めておくけど、今日ばかりは風邪のせいなのか止められなかった。そう。今日は風邪を引いているのだから、仕方ない。
この洞窟に入り込んでくる冷たい風にさらされたなまえの唇はひんやりとしていて、それは熱を帯びた俺には調度いい温度だった。
心地がいいその温度を無意識に求めて、深く深く口付ければ、自分だけじゃなくなまえも熱を帯びていく。
自分が熱いのか、なまえが熱いのか、それすら分からない。

「れっ…れれレッドさんっ…」
「…うん、うつっちゃったかもね」
「ほ、ホントだよ…っ!」
「…そしたら俺が看病するから」
「で、出来る…?」
「…………多分、」

曖昧に吐き出した言葉に、なまえは頬を赤くさせながらも困ったように笑った。それからふわりと俺の頭を撫で、その心地よさに俺は目を閉じる。
きっとこの風邪は、なまえの看病のおかげですぐに治るんだろう。それよりも、もっと大きな病に侵されている事に気付いた。

それもこの風邪とは比べものにならないほどの、重症な。

おそらくそれは、


恋の病。

この病は、一生治りそうにないな。



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年賀状をくれたお返しに、るみちゃんへお年玉です。甘えたな旦那で甘いの書きたいなーとか思いながら、見事に玉砕しましたよ←
甘えたでもなんでもない旦那になってしまってごめん(´・ω・`)こんなお年玉でも受け取っていただけたら嬉しいです。っていうか押し付けます←
るみちゃん年賀状ありがとう!




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