自分の身体に少し違和感を覚えたのは、その日の夜のことだった。
その日の夜は何故かいつもより寒く感じて、リザードンに炎を強くしてもらうほどだった。
長い間この山に半袖でいたレッドだったが、こんなにもこの山が寒いと感じた事は無かった。それに加えて、言いようのない気分の悪さと身体を襲う倦怠感。
初めて味わうこの感覚を不思議に思いながら、明日には治っているかもしれない、とその日の夜はそのまま眠りにつく事にした。
身体を襲う倦怠感のせいなのか、この日のレッドはあまり深い眠りにつく事が出来なかったが。

翌日、レッドが目を覚ました時には、気分の悪さも倦怠感も何故か昨日より増していた。
……気持ちが悪い。怠い。熱い。動きたくない。何なんだこれは。
目は覚めたが身体が鉛のように重たく感じ、思うように動かない、というか動きたくない。
レッドの様子がいつもと違い、何処かがおかしい事にピカチュウも気が付いたのか、耳を垂らし心配そうにレッドを見上げる。

「ぴーかぁ…」
「………ん、大丈、夫」

ピカチュウに心配をかけないつもりでそう呟いたレッドだったが、弱々しい声で呟いた言葉は、さらにピカチュウの不安を掻き立ててしまうものとなってしまう。

「ぴーかっ…!」

倦怠感からかその場から動こうとせず、ぼんやりとピカチュウを眺めながら頭を撫でるレッド。
耳を垂らし目を丸くさせたピカチュウはレッドの頬を、ぺちんぺちん、と繰り返し叩く。

「ちゃあーっ…!」
「………うん、ピカチュウそれ普通に痛い」
「ぴかちゅ…、」
「………少し、寒いかな」

ちゃんと受け答えをする主人にピカチュウは安堵の溜め息を漏らし、そわそわと周りを見渡してみるがそこにはこの場をずっと暖めてくれていたリザードンしかいない。
ピカチュウはリザードンに火を強めるように促し、レッドを暖めるように懐に飛び込むが、ピカチュウにはそれくらいしか出来る事がなかった。

「………あったかい…」

ピカチュウのその温もりに少し安心して、ピカチュウを抱き抱えたまま目を閉じた…その時、少し離れた場所から誰かが走ってくるような足音が聞こえた。それが耳に届いたレッドは重たい瞼を開き、ピカチュウもそっちに振り返る。
さっきまでは不安で仕方がなかったピカチュウの瞳に、一筋の光が見えた瞬間だった。

「レッドさーん!」

何やら荷物を抱えながら走ってきた少女に向かい、ピカチュウは一目散にダッシュする。
その速さは、レッドに指示をされ繰り出すボルテッカーをも上回る速さだったように思う。
目にも止まらぬ速さで自分に突っ込んできたピカチュウを、少女、なまえは驚きながらもそれを見事に受け止めた。

「どどっ…どしたのピカチュウ!」
「ぴーか!ぴかぴ!」

自分の腕の中で必死にジェスチャーを繰り返すピカチュウを見て疑問符が頭に浮かんだが、珍しく慌てているピカチュウの様子を見てただ事ではないことに気付く。
何があったんだろうかと考える前に、なまえはピカチュウを抱き抱えたままレッドの元へと駆け出した。息を切らしながらレッドを見れば、普段と変わらない眠たそうな表情(なまえにはそう見えた)でリザードンに身体を預けているレッドの姿があった。

「レッド、さん…?」
「……………なまえ、」

普段と変わらない眠たそうな表情をしたレッド、だが何処かがいつもと違う。普段も反応が少し遅いけれど、今日はいつもよりも増して反応が遅いような。
レッドの元へ駆け寄り恐る恐る顔を覗き込もうとしたその時、レッドの身体がぐらりと傾いた。

「ひええっ…!」

傾いたレッドの身体はなまえの方へと倒れ込み、レッドの頭はなまえの膝の上に置かれた形となった。それによってなまえが全く可愛いげのない悲鳴を上げてしまった訳だが。
突然の事に心拍数を上げ身体が熱くなったように感じたなまえだったが、熱いのはそのせいだけではない事に気付く。…自分が熱いんじゃない。熱いのは、レッドの体温だった。

「れれ、レッドさん…」
「………うん、」
「ままま…まさか熱があるんじゃ…」
「………ねつ?」
「なんか怠いとか!動きたくないとか!そんな感じだったり…」
「……する。ような気がする」

レッドさんそれ、風邪なんじゃ…なまえはぽつりと呟いて、眉を八の字にさせる。
今までに一度も風邪を引いたことなんてなかったレッドにとって、それは初めての大きな病気となった。
そのせいか一般的なただの風邪でさえ身体がずしりと重く、倦怠感がひどい。初めての大きな病気と闘いながら、そうか、これが風邪というものなのか。とレッドは冷静に思う。

曖昧な返事をするレッドの額になまえが恐る恐る手を当てると、じんっと伝わるのは今までに感じたことのない熱さのレッドの体温。
たらりと冷や汗を垂らしながらも、なまえは「レッドさんも人の子だったんだ」と少し失礼な事を冷静に思った。

(…レッドさん。もう少し、もう少しでいいから!もっと表情に出していただけないか…!)

手の平に感じたレッドの体温はきっと高熱だというのに、レッドの表情はただ眠たそうに見えるだけだった。

「ぴかちゅっ…」
「うん。まずはあっためないと…」

レッドに膝枕をしながら(かなり動きにくい)、ポケモン達に手伝ってもらいレッドの荷物と自分の荷物をその場に広げるなまえ。
自分の荷物にはレッドに持ってきた差し入れの食料ばかりで、レッドの荷物には必要最低限の物(殆どはポケモンに関する物)しか入っていなかった。
身体を暖めるような物は何処にもなく、現時点での身体を暖める唯一の方法はリザードンのみ。
だけどそれだけじゃきっと足りやしない。毛布でも何でもいいから、とりあえず身体を暖める物を用意しなくては。
でも自分は動けない。(レッドに膝枕をしているし、むしろしててあげたい)
なまえは徐にポケットへと手を突っ込みポケギアを取り出した。こんな時に1番頼りになる相手を、なまえは知っている。

「グリーン!」
「…おー、なまえか」
「レッドさんが…!」
「なんだよ、随分焦ってるみたいだけど。レッドついに死んだのか?」
「まだ死んでない!でも死んじゃうかもしれない…!」
「…はあ?」

グリーンは内心めんどくさそうだな、と思いながらもなまえの話に耳を傾ける。その予感は見事に的中して、めんどくさい事に巻き込まれるはめになった訳だが。

「レッドさん、グリーンが色々と持ってきてくれるから…もう少し我慢しててね」
「………ん、ありがとう」

目を細めふわりと笑ったレッドは、そのまま眠るように瞳をゆっくりと閉じた。グリーンを待つ間なまえはこんな時に不謹慎だと思いながらも、珍しいレッドの姿に愛しさを感じていた。


赤が病む、

それは一体、どんな病なのか。


(ほらなまえ、毛布とその他もろもろ持ってきてやったぜ)
(ありがとうグリーン!もう帰ってもいいよ!)
(て、てめえ…)
(………帰っていいよ)
(お前は少しくらい感謝の気持ちを表せよなレッド!)





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