シャカシャカシャカ、とボウルを抱えながら泡立て器で生クリームを掻き混ぜるヒビキの表情は、真剣そのもの。
まるでポケモンバトルをしている時のような、その表情。
あまりにも真剣なヒビキのその表情に、つい見とれてしまう私がいる訳だけど。
…というか、何故に私はココにいて、ヒビキが生クリームを掻き混ぜている姿を見つめているのか。それは今から数十分前に遡る訳だけど。
急にヒビキから私のポケギアに着信があって、何の用なんだと思ったら突然「ケーキの作り方教えて」とか言い出して。
ケーキが食べたいのか誰かに作ってあげたいのか知らないけど、何だかヒビキは急いでる様子で私をココに呼び付けた。
それで、さっきから私がケーキの作り方の手順を指示しながらヒビキが手を動かしている訳だけど、なんかこう、不思議とモヤモヤするじゃないか。
ケーキが食べたいだけならコガネシティにあるスイーツ専門店を教えてあげるから、そこで買えばいいじゃない。
わざわざ教えてもらってまでケーキを作るって、それって誰かに食べさせてあげたいとかなんじゃないの?ましてや、ポケモンバトルが大好きな男の子が手作りのケーキだよ。
これって相当、その誰かを想ってるって事なんじゃないの?
ヒビキにそんな事をさせて、そんな真剣な表情をさせる人って一体誰なんだろう。
モヤモヤ、モヤモヤ。
何だろう。この、煮え切らない何とも言えない気持ちは。
頬杖をつきながらトントン、とテーブルを指で叩く私に、ヒビキが「次の指示は?」と言いながら苦笑していた。
*
スポンジケーキの甘い香が私とヒビキが居るこの空間に広がる頃、ヒビキが作っているケーキは盛り付けへと突入していた。
ホイップクリームで真っ白なケーキに真っ赤な苺を盛り付けていくヒビキが、何だか楽しそうにしていて少しだけムカつく。
ヒビキが想っている私が知らない相手の為にケーキの作り方を教えていたと思うと、モヤモヤとした気持ちが増す。
…早く帰ろう。そうしよう。
このモヤモヤとした気持ちが爆発してしまう前に。
ガタン、と椅子から立ち上がりそれではさようならとこの場所から立ち去ろうとすれば、ヒビキがちょっと待ったと私を呼び止めた。
「なに?」
「え、これ食べないの?」
「…なんで?」
「なんでって、なまえに作ったからだけど?」
「………なんで?」
私は眉間にシワを寄せ首を傾げながら、ヒビキを見る。
ヒビキは少し目を丸くしながら、自分の指についていたホイップクリームを舐め取った。
「今日って、誕生日だよね?」
「誰の?」
「なまえの。」
「へえ、そうなんだ、」
あれ、ヒビキ今なんて言った?
「…私の、誕生日。」
「うん、誕生日」
「…そう、だったっけ?」
「そうだよ。俺がなまえの誕生日を間違える訳がない」
何故そう言い切れるんだ。
でもカレンダーを見たら間違いなく今日は私の誕生日だから、そんな事は言えないけど。
え、じゃあこのケーキってつまり、ヒビキが私のために作ってくれたってこと?
私に指示されながら、作ってたのに?
「俺の愛情いっぱい入ってんの、見せれたらなーって」
「…え、あー、うん…はい。えっと…え?」
…どうしよう。頭がついていかないんだけど。
なにこの流れ?
頭に疑問符を抱える私に、ヒビキがにっこりとした人懐っこい笑顔を向ける。
「とりあえず、食べよう」
「う、うん。いただきます、」
椅子に座り直せば、苺を盛り付けたばかりのケーキをヒビキが切り分ける。
…なに、これ。一体何が起こってるんだろう。
驚きすぎて、と、嬉しすぎて、言葉が出てこない。
ざっくりと切り分けられた苺のケーキを目の前に差し出され、ヒビキはそのケーキをフォークで一掬い。掬ったそれを私の口元へと持ってきた。
「あーん、」
「いっ…いいよ!自分で食べ」
「あーん、してくれないの?」
「……、」
…それ、される側は非常に恥ずかしいんだけど、ヒビキは恥ずかしくないのかな。
渋々それをパクリと口に運べば、甘い甘いホイップクリームが私の口の中に広がって。
「…どう?」
「…あ、甘いです…」
「俺の愛情は甘いんだ?」
私の口元についたホイップクリームを、ヒビキが指で取る。
ああ、ヒビキに触れられた部分に熱がともる。
口元に笑みを浮かべているヒビキを見るかぎり、私の顔が赤いのはきっとヒビキにバレているんだろうと思う。
…もう、どうにでもなれ!
「…ヒビキが、いっぱい愛情注いでくれたから甘いんだよ!」
思い切ってそう言ってから、恥ずかしさからかまた更に顔が熱くなった気がする。
それも、きっとヒビキにはバレバレなんだろう。
甘い甘いホイップクリームとは対照的に、私とヒビキが居るこの部屋の空気はとてつもなく甘酸っぱかった。
恋に落ちる味がした
…生クリームと砂糖の配分がおかしいなんて、気にしちゃいられないわ
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いおさんへHAPPY BIRTHDAY!