腕を組み俺を睨みつける××の前で、何故か正座をしている俺。一体なんなんだこの状況はどんなプレイなんだ。訳が分からないまま××をちらりと見れば、ふう、と大きな溜め息をひとつ。妙に静かな部屋の中で漂うのは、鳥肌が立ってしまいそうなほどの××の怒り。だが俺には、その理由が全く解らない。

「…なに怒ってんだよ××」
「ホントにわかんない?」
「わかる訳ねーだろ。俺がなんかしたってのか?してねーだろ」

そうだよ、俺は××を怒らせるような事はなに一つしていない。××と付き合ってから他の女との付き合いは全くないし、それこそ浮気なんてものもしていない。というかする気もない。××を不安にさせたり怒らせたりするような事は、本当になに一つしていない。だからこんなにも××を怒らせている理由が、俺には全く思い当たらない。もしかしたら自分でも気付かない内にそんな事をしてしまったのだろうか。もしそうなのだとしたら、××のこの様子を見る限り相当のことしてんぞ、俺。

「ほんっとにわかんないの?」
「あのなあ、なんにもしてねーから解ってねえんだろ!」
「じゃあグリーンくん、ほんの数分前の会話を思い出してみませんか」
「……はあ?」

××にそう言われ、俺は頭をフル回転させる。数分前といえば××の部屋に上がってすぐの事だろう。久しぶりに彼女に会ったせいか、俺の気分はいつにも増して浮上していた。今は訳も分からないまま××に怒られているせいで、その気分はがた落ちだけど。まあその浮上した気分のまま、俺と××は久しぶりだな、なんて他愛のない話をしていたはずなんだが。

…他愛のない話、だったよな?

「こうして一緒に居るの、久しぶりだよねー」
「そうだな」
「ね、なんか、言う事ないの?」
「あ?…ああ、なんだよ××もしかしてお前欲求不満なのか?よし俺に任せとけって」
「よしお前そこに直れ」

……ああ、うん。確実にやらかしてんな俺。びっくりするくらいやらかしちゃってんじゃねーか。

「久しぶりに会った彼女に向かって欲求不満とかどうよ?」
「死んでこいって感じですかね」
「ですよねえ。変態かてめえは」
「すみません」
「どう考えても欲求不満はあんたでしょうが」

言いながら××の口元はにっこりと曲線を描く。曲線を描いてるのは口元だけだ。目は全くといっていいほど笑ってない。普通に怖い。
いやしかしだな、俺としてはアレは冗談ではなく割と本気だったんだけどな。というか、ただ俺がしたかっただけというか。まあつまりは、欲求不満だったのは確かに俺の方な訳で。なんて口を滑らせてしまったら××はきっと今以上の怒りを見せるだろう。××は再び大きな溜め息をひとつ呆れたように漏らした。

「わり、さっきのはねえよな」
「……ちーがーうーじゃん!」
「はあ?違うって何が」
「だーかーらー…もういい。バカだバカだとは前から思ってたけど、なんでグリーンってそんなにバカなの?」
「あのなあっ、いくら俺でもそこまで言われたら怒るぞ!?」
「うるさい変態ボンジュールウニ爆弾がっ!なんなの頭にサンドパンくっつけたような髪型して!」

おいおい、いくらなんでも言い過ぎなんじゃねえのかそれは。俺は一応お前の彼氏だぞ彼氏。ボンジュールとか昔の話を持ち出してきやがって。つーかサンドパンって、××のその発想には感心するしかねーよ。

「だーもう!何なんだっつーの!お前は何にそんな怒ってんだ!」
「ちょっとなにそれ、逆ギレですか!?ありえないんだけど!」
「はあ!?お前の今の態度の方がありえねーだろ!」

あそこまで罵倒されてしまっては、さすがにこの俺でも頭に上った血を抑える事が出来ない。我ながらガキだなーなんて思うけど、理由が解らないのだから仕方ない、と思う。
××も俺も一度頭に上ってしまった血はなかなか醒めてくれないようで、困ったものだ。

「もういい!早く帰れバカ!」
「だからいい加減にしろって!」

ああ、もう拉致があかねーな。
つーかこいつ口が悪いにもほどがあるだろホントに。いや、まあ俺も人の事は言えねんだけど。
女なんだからそれなりに気をつけろよ、と××には何回言ったか解らないが、これは俺と一緒に居るせいもあるのかもしれない。なんか自分の癖がうつるとか嬉しい気がしないでもないが、××の口の悪さは酷すぎる。
って今はそんな事を考えている場合じゃねえな。

今度は俺が呆れたように大きな溜め息をひとつ漏らし、がしがしと頭を掻きながら立ち上がる。

「…じゃあ、俺帰るわ」
「……ぐっ、グリーンが、悪いんじゃんかっ…!」

座り込んで顔を俯かせる××からはずずっと鼻を啜る音が聞こえてきて。その肩は小さく震える。ああ、やってしまった。久しぶりに会ったというのに何をしているんだ俺たちは。こんな事をしに来た訳ではないのに。
そんな姿を見せられてしまっては、俺には謝ることしか出来ない。訳が解らないまま。…俺って相当、××には甘いんだなあとつくづく思う。まあ俺も、空気読み間違えてたからな。

「あー…悪かった、よ。言い過ぎた」

がしがしと頭を掻きながらまたその場に座れば、××の顔は上げられ少し潤んだ目と視線がぶつかる。
××のこういうとこ、可愛いよなーとか思ったり。

「…なあ、何であんなに怒ってたのか言えよ。なんか理由があるんだろ?」
「………別にね、別にヤるのが嫌だったとかじゃない、の」
「あー、そうだったのか…っは?」
「…だ、か、ら、ね。久しぶりだったし…グリーンもそういう事したいだろうなーって思ってた、の」

思いもよらない××の言葉に頭を掻いていた手はピタリと止まり、俺は目を丸くさせる。てっきり空気を読み間違えていたかと思ったが、どうやらそうでもなかったようだ。

「…それで?」
「でも、ね。たまには私からこう…何か言おうかな、って思ったの」
「何かって…何をだよ」

聞き返せば、××の顔は見る見る内に赤みを帯びていって、目を泳がせながら俯いていく。
そんな××を見れば何を言いたいのか何となく解るんだけども、解らないフリをする。こういうのは、こいつの口から聞かなきゃ意味がないからな。

「何って………き、とかさ」
「や、聞こえねーんだけど」
「だっ…から、好き、とかっ…!わ、私からあんまり言ったことないなって思って…っ!」

わざとらしく聞き返した俺の言葉に、××は恨めしげに俺を見上げながら答えた。思わずふっ、と漏れてしまうそれは、顔にも出てしまうほどで。今の俺の顔は、きっとどうしようもなく緩んでしまっているんだろうなあ、という事が自分でも分かる。
笑うな、という××の睨みつけるような視線に気付いて、俺は片手で口元を覆った。手で隠したところで、口元の緩みは収まらないんだけども。頬を赤くさせた××は、恥ずかしげにしながらもぽつぽつと言葉を続ける。

「でもっ、いざ言おうとしたら恥ずかしくなって…グリーンが言ってくれたら言おうかなって思ってたのにっ…」

グリーンがああやって言うから、と続いた言葉。とうとう恥ずかしさにたえられなくなったのか、××はまた顔を俯かせていく。
つまりは俺のあの一言で、雰囲気もクソも無くなってしまったと。なんてこった、と多少の後悔をしたものの、今の××を見てしまってからはその後悔は何の意味も成さない。
くっそなんなんだよこの可愛い生き物は。反則にもほどがある。まさか××がここまで俺を想ってくれてるとは思わなかった。なんだこれどうしようもなく嬉しい、けど幸せとかそういう類のそれとは少し違う。例えるならば幼い頃の初恋の時に味わったそれのような、何と言うか。

…ヤバい、な。すげえドキドキしちゃってんじゃねーか。俺。

「な、なんか…嫌じゃん、」
「…そうだな」
「言いたいのにちゃんと言えない自分も嫌になって…っ」
「…ま、俺はそんな××が好きだけどな」
「…グリーンって、変だね」
「それだけ××のことがすっげー好きってことだろ」
「ば、バカじゃないのっ」

仕切り直しだと言わんばかりに××を抱き寄せて甘い言葉を耳元で吐いてやれば、顔を真っ赤にさせた××から降ってきたのはぶっきらぼうな甘い言葉。例えぶっきらぼうな甘い言葉でも、それは俺の体温を熱くさせるには十分の一言だった。
この甘酸っぱさを紛らわす為の苦笑をひとつ、ふっと漏らして。

…まあ、この後はもちろん××をおいしくいただきましたけども。

ロマンチックには程遠い


title by 確かに恋だった




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