それはそれは、些細な事で、


毎日の様に雪がふぶくシロガネ山はこの日、珍しく雪が全くふぶいていなかった。
いつも寒そうにリザードンの尻尾の辺りをうろうろしているピカチュウは、今日はそれほど寒くないのか、俺の肩に乗って空を見上げている。

「ぴーかぁ」

空を見上げたまま俺の頬をペチペチと軽く叩いたピカチュウはどうやら、空を見てみろ、と言いたいらしい。
ふっ、と白い息を吐きだしながら、その空を見上げた。

「……うん。これは、××と一緒に見たいね」

その景色を見た瞬間、浮かんだのは××の姿で。
俺の言葉に、ピカチュウは「ぴかちゅ!」と元気に鳴いた。
きっとピカチュウも、俺と同じ気持ちなんだろう。
そう思ったら、いつもグリーンにうるさく言われても全く動かない俺の身体は、素直にリザードンの背中に跨がっていた。



「れ、レッド…!?どうしたのこんな時間に?」
「…迎えに来た」
「ぴーか!」
「え、あ…えっ?」

頭に「?」を浮かべているだろう××は、もう寝る時間だと言わんばかりの格好をしていた。俺に会う時は、いつも少なからずお洒落をしている××からはあまり想像がつかない珍しいそのパジャマ姿。
まあ××なら、どんな姿であっても可愛い事に変わりはないからいいんだけど。

「…行く?行かない?」
「い、行く、けど…どこに?」
「…シロガネ山」

その山の方へ視線を向けながらそう言えば、××は首を傾げながらも「ちょっと待ってて」と家の中に入っていく。
暫くして再び玄関のドアが開く、と、少し分厚めのコートを羽織った××の姿。

「防寒着は大事!」
「…そうだね」
「レッドも、そろそろ半袖はやめとかない?」

このセリフは、何回聞いたか分からないくらい聞いてる。
グリーンにも煩いくらい言われているし。
グリーンはともかく、××に言われると心配してくれている事が嬉しいし、心配をかけてしまって悪いとも思う。
だからいつもは心配かけないように「大丈夫」と答えるけど、それじゃあ××の心配は晴れないようだから、今日は「考えてみる」と答えておいた。いつも返ってくる答えとは違う言葉に、××は少し驚きながらも「本当に?本当に?」と何度も口うるさく繰り返しながら、リザードンの背中に跨がった。



いくら今日は雪があまりふぶいてないといっても、風が冷たい事には変わりなかった。リザードンの背中に乗って顔と身体に冷たい風を受けた××の顔は、少し赤く染まっていて。

「ねえレッド、今日はどうして突然迎えにきたの?」
「…うん、」
「いや、うんじゃなくて」
「ちゃーあ!」
「え?なになに?」

ピカチュウは俺の肩から飛び降りると、××のコートを掴んで「こっちへ来い」と言わんばかり。××は首を傾げ不思議そうな顔をしながらも、何やら楽しそうにピカチュウの後を着いていく。
××のその楽しそうな顔を嬉しく感じながら、俺もピカチュウと××の後を追う。
少し弱めの雪がちらつく頂上まで行けば、××はまだ不思議そうな顔をしていて。

「ぴか!ぴーか!」
「ん?なにかあるの?」
「…××、」
「え?」

こっちを振り返る××を前に、上を見てみろとそれを指で示せば、××はきょとん、とした顔をしながら視線を空へと持っていく。

「うっ、わぁ、すごっ…!」

空を見上げた××は俺の予想通りの反応で、元々大きい目をさらに大きくさせていて。
暗い暗い闇の中、そこにはきらきらと煌めく沢山の小さな星たちが浮かんでいた。

「こ、これ…見せようと思って来てくれたの…?」
「…それもあるけど、××と見たいと思ったから、ね」
「ちゃあ!」

この景色を最初に見た時に浮かんだのが、××だから。

××に見せてあげたい。

××と一緒に見たい。

そう、思ったから。

そう言えば、××は少し赤くなった頬をさらに赤くさせて。
それが見られたくないのか、恥ずかしそうに顔を俯かせた。

「れ、れれ…レッドはさぁ…」
「…ん?」
「ストレート、だよね…」

そう言いながら照れ臭そうに、だけどどこか嬉しそうに髪を弄る××のその様が、異様に可愛らしくて、愛しくて。
君が嬉しそうにしていると、俺も嬉しくなる。

「な、なんか、すごい恥ずかしっ…くしっ!」
「…寒い?」
「ちょっと。でも大丈夫!」

赤くなった鼻をすすり、××はにこりと笑う。
…そう、その顔。俺は××のその顔が見たくて。

君のその、笑った顔が。

もし君にこの景色を見せたら、君は笑ってくれるかな。

そうだったら、俺は嬉しい。
それはきっと、ピカチュウも感じていたこと。
暗い暗いこの闇の中で、沢山の煌めく小さな星たちを眺めていたら、××の笑顔が真っ先に浮かんだんだよ。
君が笑ってくたら、どれだけ嬉しいか。君とこの星空を見れたら、どれだけ楽しいか。
こんな些細な事だけど、そんな想いを、膨らまして。

君に無性に、会いたくなって。

「…ありがとう、レッド」
「…ん」
「また、一緒に見ようね」
「…うん」

鼻をすすりながら自分の手を息で暖めている××に、おいで、と両手を広げれば、××はまたにこりと笑った。


君が笑うから
君のその笑顔を見る為なら、何度でも




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