今日は何となく思いっきりバトルがしたい気分だったから、ジムを閉めた時間は遅かった。
それから閉めたジム内で書類をまとめたりなんだかんだしている内に、気付けばもう夜中の1時。トキワからマサラまでは近いと言っても、道路を挟む。
ピジョットに頼めばその道のりも一瞬なのだが、俺の脳内はもう「眠たい」「面倒くさい」のそれしか浮かばない。
まとまった書類が置いてあるデスクの上で突っ伏していると、ブルブルという振動とけたたましい機械音が鳴る。
もう夜中の1時だってのにこんな時間にポケギアを鳴らすなんて一体どこの常識はずれだ、なんて思ったけど、俺が知っている中でそんな常識はずれな事をする奴は一人しかいない。
そんな常識はずれな事をしても、俺が許してしまう相手だ。
ポケギアの画面には、案の定「××」という名前が表示されていた。

「…もしもし?」
「あ、グリーン?××だよ!」
「知ってるよ。んな時間にかけてくるとかお前くらいだ」
「べっ、別にグリーンの声が聞きたかったわけじゃないんだからねっ!」
「何の前触れもなくツンデレになるなよお前」
「っていうかグリーン、早く出てきてくれない?」
「あ?なんでだよ」
「迎えに来たから」
「はあ?なんでまた?」
「そんな気分だったから」

意味わかんねーよ、という俺の声は××に届いてなくて、受話器からは「早く早く!」という××の声が聞こえてくる。
さっきまではピジョットに頼むことさえ面倒くさくてしなかったのに、××の声を聞けばすんなりと動いてしまう俺の身体。身体は正直だよな。
「待ってるからね!」と××との通話は終わり、俺はポケギアをしまって歩きだす。
つーか××のヤツ、いつの間に鳥ポケモン捕まえたんだ?
俺が知ってる限り××の手持ちには、鳥ポケモンはいなかったような。
俺のピジョットに乗る時だって恐い恐いと連呼して、空を飛ぶ事を嫌がっていたはずなのに。
まさかこうして俺を迎えに来る為に、それを克服してくれたんだろうか?
そんな妄想を膨らまし口元を緩ませながらジムを出て、キョロキョロと××の姿を探す。
どんな鳥ポケモンを連れているんだろうか。
俺と同じピジョットだろうか、はたまたオニドリルだろうか。
そういえばこの間、親と一緒にシンオウ地方に行ったとか言ってたなアイツ。
だとすればムクバードか。
なんて期待を膨らませていると、ジムから少し離れた場所に××だと思われる女の子の姿が見えた。想像していた光景とは掛け離れたその光景に、俺の目は釘付けになる。

―そこには、ママチャリに跨がった××の姿が。

「お疲れ様」と言いながら笑いかけてくる××の笑顔が、やけに眩しい気がした。

「…なあ、馬鹿なの?」
「えっ!なにそれ心外!」
「それそっくりそのままお前に返すな。リボンとメッセージカード付きで」
「わ!ありがとう!」
「喜ぶところじゃねーよ」
「迎えに来たの嫌だった…?」
「嫌じゃねえ、けど…それで来るとは思わねーだろ…」
「だって、他に迎えに来る方法ないじゃない」
「空飛んでくるんだろうとか、普通は思うだろ?」
「やだグリーンってば。私の手持ちに鳥ポケモンいないって知ってるくせに」

…悪かったよ、うん。俺が悪かった。××に少しでも期待した俺が馬鹿だった。
余りに予想外過ぎるこの展開に、俺の口からはため息しか出てこない。サドルに跨がりながら「グリーン、乗って!」と荷台をポンポンと叩く××に、俺の笑顔が引き攣った。

「つーか××が前?」
「迎えに来たんだもん。当たり前でしょ?」
「事故んなよ。マジで」
「きっと大丈夫!」

満面の笑みを浮かべる××。
その根拠の無い自信はどこから溢れてるんだ。××が急かしてくるから俺は渋々××の後ろに跨がるが、やっぱり少しばかりの不安が募る。
ガキの頃はチャリでよく二人乗りはしたし、××のチャリの運転の腕はよく知ってるけれど。それでもあの頃とは違い成長した俺を、この細っこい××の腕が支える事が出来るのだろうか?後ろだけじゃなく、前のカゴにだって荷物を乗せているというのに。

「ホントに大丈夫か?」
「心配性ー。オカンー」
「心配にならない方がおかしいだろこの状況は」

はいはい出発ー!と××はゆっくりとペダルを漕ぎはじめて、俺は××の腰に腕を回す。

「うひゃあっ!」
「どうしたんだよ」
「…グリーン、腰掴むな」
「ムリ言うな。腰が1番安定するんだよ」
「くすぐったい!運転に集中できない!」

仕方なく××の腰に回していた腕を、××の肩に持っていく。まあ、事故られてもたまんねーしな。
ゆらゆらと揺られる俺と××の身体、前カゴに乗っている荷物にハンドルがほんの少し持っていかれそうになる××を見て、思わず苦笑する。
ふいに見上げた夜空には星が瞬いている景色を想像していたが、そこに広がっていたのは星空とは言い難いもので。
どんよりとした雨雲が、物凄い速さで空を流れていく。
こりゃ一雨くるのも時間の問題だ、と空を眺めていたら、ぽつりぽつりとそれは俺と××を目掛けて落ちてきた。

「結局こうなるのか!」
「あはは、ごめんグリーン」

俺と××は慌てて選手交代をして、今度は××が俺の腰に両腕を絡ませる。出発しようとハンドルを握ろうとしたその手を止めて、羽織っていたジャケットを脱ぎ後ろに乗っている××の頭にかけた。

「ちょっ…グリーン!」
「いいから着てろって」
「グリーンが風邪ひくよ!」
「そん時は××ちゃんが看病してくれるだろ?」
「……バカ!」

俺の腰に絡ませている××の腕の力が、ギュッと少しだけ強くなる。
スピードはあまり出していないのに、空から落ちてくるその水の激しさのせいで視界は最悪だ。その上俺の身体の疲れはピークに達している。
こんな事になるなら素直にピジョットに頼むべきだったかと少しだけ後悔しながらも、何故か口元は緩んでしまう何とも言えない複雑なこの心境。

「ねえ、グリーン?」
「あ?なんだよ」
「また迎えに来てもいー?」

俺の背中にピタッと頬をくっつけて、××が呟く。
普段は俺にあまり甘えてこない××が、甘えた仕草と声でそんな事を言うもんだから、不覚にも「ああ、可愛いな」なんて思ってしまった。

「ダメだっつってもどうせ来るんだろ?」
「あは、ばれた?」
「バレバレだっつーの」

ハンドルを握る力をきゅっと強くしたのは、緩んだ顔に力を入れたその反動。
雨に冷やされた俺の身体を両腕できゅっと抱きしめる××の体温が気持ち良くて、雨音に交ざりながら耳元で聞こえる××の声が心地好くて。
迎えの足がチャリだろうが雨に降られようが身体の疲れがピークに達してようが、××と居ればそれが全く気にならないのは何故だろう?


キミの影響力
チャリで走っているこの道のりがいつまでも続けばいいのに。

…なんてバカみたいな事を思いながら、俺はペダルを漕ぐ力をゆっくりと抜いた。





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