「グリーンさん!」
「またおまえか」
「今日はクッキー作ってきたんですけど、どーっすか?」
「おまえはココを何処だと思ってそう言ってんだ?」
「グリーンさんがリーダーやってるトキワのジムですね」
「大正解だ。よし、帰れ」
「やっぱクッキーには紅茶がいいですよね、グリーンさん!」

どうしてこう、コイツは人の話を全く聞かないのか。
コイツのこんな行動には呆れ果てているはずなのに、それでも俺が2人分の紅茶を用意するのはどうしてなのだろうか。



テーブルの上には、たった今俺が用意した熱々の紅茶2人分と、××が持ってきたクッキーを乗せたお皿が置いてある。
そのクッキーの完成度は、限りなく低い。

「これはピカチュウです!」
「どう見てもカビゴンだよな」

××が持ってきたクッキーはポケモンの形をしたもので、その殆どが全くと言っていいほど原型をとどめていない。
××がピカチュウだと言い張るそれは、ずいぶんとメタボなピカチュウだ。
こんなもんレッドとピカチュウに見せてみろ、迷わずピカチュウの瞬殺ボルテッカーを繰り出されるだろう。

「××、おまえピカチュウ見たことあんのか?」
「手持ちにいます!」
「そりゃひでぇな」

ひどいのは、ピカチュウ型のクッキーだけではない。
他にも様々な形をしたクッキーがあるけど、俺にはさっぱり分からない。唯一分かるのは、メタモンの形をしたそれくらいだろうか。

「これ、メタモンだろ?」
「……ベトベトン、です」
「………」

この際、もう原型をとどめていないとか、どうのこうのとは言わない。でも、頼むから1つだけ言わせてくれ。
ポケモンの形をしたクッキーを作る女ってのは、なにもコイツだけじゃない。俺は過去にそんなクッキーを、何回か受け取ったことがあるわけで。
だがその際、型に使われることが多かったポケモンは、ピカチュウやイーブイといった、可愛い系のポケモン中心だ。
普通の女子がそういう可愛い系の型を使う中、何故にコイツはベトベトンをチョイスした?
それこそ毒が入っていてもおかしくはないそのおびただしい形をしたクッキーを、俺に向かい××があーんと言って俺の口まで持ってくるものだから、思わず顔がひきつる。

「毒とか、入ってねーよな」
「なっ!入ってませんよ!」

一応、念のため。
大丈夫です、味には自信ありますから!なんて、こんなにも信じられない大丈夫という言葉を、俺は初めて聞いた。
仕切り直しといわんばかりに、××はもう一度はい、あーん、と俺の口までベトベトンクッキーを持ってくる。

「―!」
「…ど、どうですか…?」
「…悪くは、ねーな」
「うわっ!うわー!やった!」

俺に味を聞いた時の少し不安そうな顔から、急に元気になって笑顔を浮かべたり。
そうやってコロコロと表情が変わる××に、見惚れてしまっている自分がいることを、認めないことはない。
思えば、××とのこの微妙な関係はいつ頃からだったか。
××と出会ったきっかけはそれこそ、ジムバッジを取りにきた挑戦者と、それを迎え撃つジムリーダー。
それだけだったはずなのだが。
俺とのバトルに負けた××の顔が、非常に悔しそうにしていたのを覚えている。
それから××はバトルをしに来る訳でもなく、こうして特に用事も無いのにこのジムに足を運ぶようになった。
コイツみたいな女は、今まで俺の周りには居なかったタイプだ。だから最初の頃はコイツの扱い方がよく分からなくて、少し鬱陶しいだけのはずだったのに、ここ最近は××とこうしている時間が、地味に楽しみだったりする自分がいる。
それは暇な時間が、コイツといる事で潰れるからだと、俺は思っていたんだけど。

「あ、グリーンさんの紅茶ないですね。私淹れてきます!」
「ん、砂糖少なめ」

了解です!と、子供みたいに無邪気に笑いながら空になったティーカップを持ち、紅茶を淹れに行こうとする××の姿は、心なしか女らしく見えた。
それには思わず、心拍数を早くする俺。なんだよ、今の。
××とこんな時間を過ごすのは、今に始まったことでもないというのに。

「やだグリーンさん、そうしてると彼氏みたいですね!」
「はっ?ばっ…バカ言うなっつーの!」
「そんなに照れなくても」
「照れるわけねーだろ!バーカ!バーカ!」

今日のグリーンさん何か変、と困ったように笑う××。
うるせーバカ。おまえが「彼氏」とかいう単語を簡単に使うからだろ。今日の俺が変とか、自分で1番分かってんだよ。
××が女らしく見えたりとか、きっとどうかしてるんだよ、今日の俺は。

「明日はマフィンにしよう!」
「明日も来るつもりかよ」
「来いって言われなくても私は来ますよ!」

当たり前じゃないですか、と無邪気な笑顔を浮かべる××。
それは本当にガキくさい笑顔なのに、妙に可愛らしく見えて。
ちくしょう、何なんだよコイツ。可愛いじゃねーか。
そして、明日もまたコイツに会えるのか、とひどく胸を高鳴らせている自分がいる。

…これって、もしかして?

まさか、そんなことは…なんて、思いっきり首を横に振ってみる、が。そう考えたら、俺が素直に××に紅茶を出すのも、妙に××が女らしく見えたのも、心拍数が早くなったのも、××が可愛らしく見えたのも、自分がどうかしてるんじゃないかと思ったのも、全てに納得がいくんじゃないか。そう思ったら、なんだか異様に恥ずかしくなってきて、顔は熱くなるわ更に心拍数が上がるわ。

なあ、これってやっぱり、


人はそれを何と呼ぶ?
(グリーンさん?顔が赤いですよ?)
(おまえの毒入りクッキーのせいだ、責任とれよ)
(ど、どうやって!?)