お疲れ様でしたという声におう、と短い返事をして、ジムトレーナーたちの背中を見送った。ジムを閉めてからの今日の書類仕事は、いつもよりもかなり少なめだ。これなら1時間くらいで終わらせれるだろう、と意気込んで書類に手をつける。

家で俺の帰りを待ち侘びているはずの彼女を、今日はゆっくりと構ってやれそうだ。なんて、思いながら。

だがしかし俺の仕事は書類仕事を終わらせジムを閉めて、それで終わりな訳じゃない。家に帰ったらまだまだ仕事が残っている。
これからなのだ。俺の仕事が始まるのは。その全ての仕事を終わらせなければ、××との時間はゆっくり過ごせない。

それだけを糧にいつもなら1時間をかける書類仕事を、今日は30分程度で終わらせた。



玄関を開けただいま、と家の中へと上がろうと靴を脱げば「おかえり」という声が聞こえて。どうせソファーに寝転がって雑誌でも読んでいるか、イーブイを構いながら言ってるんだろうなんて思いながら苦笑していると、ぱたぱたとこっちに向かって歩いてくるような足音が聞こえた。
いやそれは歩いてというより小走りといった方が近い。待ってました!と言わんばかりの笑顔を浮かべた××が、俺の前にひょこっと姿を現した。
俺はそんな××の姿に、ただただ目を丸くさせるしかない訳だが。目の錯覚かと思った。疲れすぎて幻覚でも見てんのか俺は。
そんな思考を巡らせる中、××は首を傾げながら俺を見上げる。そして更に近付いてきたと思ったら、入らないの?と言いながら俺の服の裾をきゅっと掴んだ。え、なんだこれ怖い。
普段のそれとは掛け離れた××の姿に、俺は小さな恐怖を覚えた。いや可愛いけど、非常に可愛いんだけども。
どういう風の吹き回しなんだ。一体なにを企んで…そう考えていた時、ひとつ思い当たることがふと頭の中を過ぎった。…そうか、これは滅多に見ることの出来ない××のデレ期というものだ。前にもこんな事があった。いつそれがやってくるのか分からないが、何かの拍子でやってくるそれ。
滅多に見ることが出来ない姿だから、格別可愛く見える(普段の彼女が決して可愛くない訳ではない)。
××に促されやる事をやる前に一息つこうとソファーに座ると、ピタリと俺にくっついて離れようとしない××。普段の彼女からは全く想像がつかない行動に、少しばかり(いやかなり)嬉しくなる訳だが。

「…なあ××、」
「んー?」
「…掃除機、かけていいか」
「後でいいじゃん」
「や、でもかけねえと」
「私と掃除、どっちが大事?」

そんなもん比べるまでもねえだろ。
こんな××は本当にレアだから、俺だってやる事さえなければ構ってやりたい。だが俺には、掃除に洗濯に晩飯作りとやらなければならない事が山ほどある訳で。
別にそれはやらされている訳ではなく、俺が勝手にやっているだけの事だけども。その全ての仕事を終わらせてから、俺は××との時間をゆっくりと過ごしたい訳で。

「すぐに終わらせるから大人しく待ってろって、な?」
「えー…うん…」

ぽんぽんと軽く頭を撫でてやれば、××は釈然としない表情を浮かべながらも渋々引き下がる。
そんな××に苦笑しながら、俺はまず洗濯に取り掛かる事にした。



掃除機の音がうるさく響く部屋の中で、××はイーブイを自分の膝の上に乗せながらその頭を撫でている。洗濯をしている間に構い尽くしてしまったのか、どうやらイーブイは××の膝の上で寝てしまったらしい。

「…グリーン、まだー?」
「あー?よく聞こえねーよ!」
「だーかーら!まだなの!」

掃除機をかけ終わるまで待ちきれないのか、××は掃除機に負けないくらいの大声を上げる。

「掃除機かけはじめてまだ5分も経ってねえぞ!?」
「その前に洗濯してたじゃん!もう30分くらいは待ってる!」

30分って短いだろおい。
構ってほしいアピールをこんなにもさらけ出す××の姿は本当に貴重で、俺だって出来る事なら今すぐにでも構ってやりたい。だけど全ての仕事を終わらせてから、というのが俺の性分なんだ。それくらい××も分かっているはず。とうとう待ちきれなくなったのか、××はイーブイを起こさないようにそっと抱き抱え、そのままこっちに近付いてくる。

「グリーン、」
「あ?どうしたんだよ」
「…あとで私も手伝うから、お掃除はあとにしよう?今はグリーンと一緒がいい」
「……、」

デレ期に入った××は普段は絶対言わないような言葉を、恥ずかしげもなくさらりと言いのける。それには思わずこっちが恥ずかしくなってくる。
一体どこのボタンを押したら××のデレスイッチは入るんだ。
上目遣いでそんな事を言われてしまっては、さすがの俺でも動いている手を止めざるをえない。

「それともグリーンは私と一緒に居たくないの?」
「そういうんじゃなくてな…分かった分かった。思う存分構ってやるから」

言いながら××の頭をくしゃりと撫でると、××の表情がぱあっと明るくなった。何なんだよこいつ可愛いなちくしょう。
こんなに可愛いヤツ放って掃除機なんかかけれる訳がないだろ。今日はでっれでれな××に免じて、思いっきり構ってやろうじゃないか。

もういいってくらいに。


デレスイッチを探せ!


結局××を構うことに時間をかけすぎて、この日は掃除機をかける時間がなくなってしまった。
翌日目を覚ましたら、××のデレスイッチは見事に切れていて普段通りの彼女の姿があった。

「ねえグリーン起きてよ」
「んー…」
「…そんなに眠いなら一生寝てろ」
「昨日との温度差!」

昨日の××は夢だったのかもしれない、と思いながら、俺は日々××のデレスイッチを探し続けている。



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オチがねえ\(^O^)/

ただ何となく嫁を書いてみたくて。いつも書いてるグリーンとは違います。これはただの嫁です←

グリーンさんを尻に敷きたい、という願望から生み出された俺得以外の何者でもないグリーンさん。




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