あ、今日もあの人が来た。遠くから見てもあのツンツンした髪型で誰なのかすぐに把握出来る。右手にはひとつだけ「かいふくのくすり」を持ってこっちへ向かってくるその人は、私と目が合うなり片手を上げてにっと笑った。

「よ、××」
「いらっしゃーせー」
「なあ毎回毎回その棒読みなんとかならねーのか」
「こちら3000円になりまーす」
「無視か、おい」

もう何回やったか解らないこのやり取りに、うんざりする。そりゃあ無視したくもなる。少し前までは一応「お客様」として対応してたけど、この店の売り上げに少ししか貢献してくれないし、来たと思ったら無駄に話し掛けてくるもんだから営業スマイルにも疲れてきた。限界。
いつものようにやって来て「かいふくのくすり」を持って私に話し掛けてくるこの人は、飽きないんだろうか。毎日毎日すっごく冷たくあしらってるというのに。

「グリーンさんジムは?」
「今休憩時間なんだよ」
「…という名のサボりですね」
「まあそうとも言う」
「早く3000円を出せ」
「出したら帰らなきゃなんねーだろ」
「帰れって言ってんだよ」

めげない人だなこの人も。どんだけ精神タフなんだよ。今ではこんなだけど、最初の頃はまだよかった。だってこんなイケメンに話し掛けられたら嬉しくないはずがない。嬉しかったけど、でもどうして私なんかに、という素朴な疑問が残った。
罰ゲームか何かかな、とも思ったけどそうでもないみたい。グリーンさんはわざわざ私がレジに居る時間帯にやって来るのだ。どうやらグリーンさんは私みたいなただのフレンドリィショップの店員に、好意を寄せてくれているらしい。イケメンなのに相当変わった人だと思う。

「××、これやるよ」

コト、とレジのカウンターに置かれたのは、赤とピンクで彩った可愛らしいラッピングをされた手の平サイズの箱。首を傾げていると、今日何の日か知ってるか?と問い掛けられた。

「今日って、何かありました?」
「ばーか。今日はホワイトデーだろ」
「それは知ってますけど、私グリーンさんからお返しもらうような事してませんよ」
「バレンタインデーが女からならホワイトデーは男からって事でいいじゃねーか」
「…………はあ、」

だからさ、これやるよ。にっと微笑んだ彼はそう言って、カウンターに置いた可愛らしい箱を指で私の方へと押した。グリーンさんはモテるだろうから、バレンタインデーにはたくさんチョコを貰ったんだろう。だからきっとそのお返しの量はハンパない量だったに違いない。だからこの可愛らしい箱は、そのお返しが余ったものなんじゃないだろうか。なんて考えていると、××にしか用意してねえからな。とさらっと言いながらグリーンさんは苦笑を漏らす。私の何がいいのか全く解らないけれど、この人は本当に私に好意を寄せてくれてるらしい。

…疲れただとかうんざりだなんて言ったけど、本当はね、

「なあ、××。あのさ、」
「グリーンさん、」
「…、なんだよ?」
「レジ混んで来たんで帰ってもらっていいですか」
「え、ちょ、」
「私忙しいんですっ」

しっしっと手でそれを表すと、グリーンさんは少しふて腐れたような顔で頭を掻きながら渋々私に背中を向け、じゃあまたな、と片手を上げながら自動ドアへ向かう。
ほら、グリーンさんと話をしている間に長蛇の列が出来てしまってるじゃないか。グリーンさんが置いていった可愛らしい箱をカウンターの隅に寄せてから、私はお客さんに対応する。姉ちゃん顔赤いけど大丈夫か、ええいうるさい。人の真っ赤になった顔見てニヤニヤ笑ってんじゃないわよ。そろそろ営業スマイルも引き攣ってきた。

…グリーンさんが言いたかったことなんて、解りきってる。解ってるけど、もう少しだけ先延ばし。だってグリーンさんみたいな人に追い掛けられてるなんて気分がいいでしょう?

…なんて、ただ私が、

恥ずかしさに耐えられないだけ。

今はまだ、ね。


ホワイトデーの話。
(お返しは来年のバレンタイン?それじゃあ遅すぎるかな)




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