春。それは出会いの季節であり別れの季節でもある。ちょうど一年前の桜が舞い散るこの季節、付き合っていた××と別れた。別れた理由はちょっとしたすれ違いだったか、いつの間にか連絡を取ることが無くなってそのまま時間だけが流れて。
一度ちゃんと話をしなければと思いながらも仕事の忙しさに追われて連絡は出来ずに、××とはそのまま自然消滅と何とも後味の悪い別れの形となった。日が経つにつれてどんどん連絡がしにくくなってしまって。
俺の家に置いてある××の私物が捨てきれないのも、××のポケギアの番号がどうしても消せないのも、俺に未練がある証拠。今さら彼女に連絡をしたところで電話に出ないか、もし出たとても「誰?」とか言われるオチなんだろうなあと苦笑を漏らしながらふと通話ボタンを押してみた。あ、でももしかしたら、ポケギアの番号変わってるかもしれねえな。

ポケギアの画面に表示された「発信中」の文字を確認してから、恐る恐るそれを耳に近付ければ聞こえてきた無機質な機会音。トゥルルルってあれ、変わってねえのかよ番号。しかもブチッて、電話出ちゃったよコイツ。

「もしもし?」
「………、あ、もしもし」

まるで友達からかかってきたかのようにごく自然に××が出たもんだから、変な間をあけてしまった。その上ちょっと声が裏返っちまったじゃねえかよ。番号変わってないとか普通に出ちゃったとか、もう色んな事に驚いて思わずポケギアを握る手に力が入った。

「久しぶり、だね」
「ああ…そうだな」
「番号消してなかったんだ?」
「…まあ、な」

電話の相手が俺だとすぐに分かったことから、××も俺の番号を消してなかったんだろうかと少し嬉しく思った瞬間、「私は何ヶ月か前に消したけど」と言われかなり凹んだ。俺と別れたことに未練も何もねえのかこの女は。

じゃあなんで、相手が俺だってすぐに分かったんだよ。

「お前容赦ねえな」
「消しちゃったんだけどね、消しても意味なかったよ」
「どういう意味だよ」
「嫌でも覚えちゃってるから。グリーンの番号」

含み笑いを交えて聞こえてきた××の言葉に、また更にポケギアを握る力を強くする。もう片方の手は気付かない内に握りこぶしを作っていた。力が入り過ぎたせいか手が汗ばんできて、少し気持ちが悪い。そして何故だか俺の鼓動は少し早くなっていて。

「今日ジムじゃないの?」
「ん?ああ、さっき終わらせた」
「相変わらず忙しそうだね、ジムリーダー。この間はシンオウに飛んだんでしょ?」
「よく知ってんな」
「テレビ見たから。元カレのことだもん。多少なりとも気になるじゃない」
「そう、か」

××の口から漏れた「元カレ」という言葉が、何だかやけに切なく感じた。まあ事実なんだけどな。
久しぶりに耳に届いた××の声に、胸が焦がれる。××の声を聞いてから俺の脳裏には彼女の姿が受かんでしまって、思い描いた彼女のその姿に会いたくなってしまって。

…もう、無理なんだろうか。

俺と彼女は終わってしまったのだろうか。終わってしまったのだとしても、また最初から始めることは出来ないのだろうか。

「…なあ。あれからもう一年経ってんだよな」
「そうだね」
「終わったんだよな、俺たちは」
「…終わったよ、私たちは」

××のその言葉ははっきりと俺の耳に届いて、その声は迷いもない凛とした声だった。そうはっきりと言われてしまったらやり直したいなんて言える訳がない。全身の力が一気に抜けたような気がして、思わずポケギアを落としかけた。危ねえ。
少しの間お互いに沈黙が続いて、××の呼吸音と周りの雑音が電話越しに聞こえてきて。それからすぐにアナウンスのような声が聞こえてきた。
家に帰る途中で、リニアにでも乗るところなのだろうか。××は鳥ポケモンを持っていないから。

「…ねえ、私の荷物ってまだそっちに残ってるの?」
「、ああ。残ってるよ」
「捨ててもよかったのに。何が残ってるの?」
「小物とか服とか…趣味の悪いコダックの下着とかも残ってるぜ」
「かわいいじゃないコダック。っていうかそれこそ捨てなさいよ」

苦笑を交えながら話す××はリニアの中に乗り込んだのか少し小声になり、プシュッと扉が閉まる音がポケギア越しに聞こえてきた。

「…荷物、今から取りに行くね」

という××の言葉と同時に聞こえた「間もなくヤマブキ行き発車します」というアナウンス。一体なにが起こったのか理解する暇なんてなく、××との電話はプツリと切れた。


(取りに行く、なんて、ただ貴方に会いたくなった口実なの)


はる。
(それは、別れの季節でもあり出会いの季節でもある。)




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