偶然とは何か、


食器を洗う音とテマリとなまえの笑い声が響き渡る部屋の中で、いまだにこの状況が理解出来ていない俺は頭を抱える。関わりたくないはずなのに何故こうもなまえと関わってしまうのか。
とても偶然とは思えない…いやそれは考え過ぎだろう。散歩がてらに行き着けの店に寄ったのも偶然、そこでなまえと出会ってしまったのも偶然、スーパーでタン塩を取り合ったのも、なまえの家が俺の家の近所なのも偶然。
そして今なまえが俺の家でくつろいでいるのも、全て、全てが偶然…そう、これは偶然なんだ。いや、こんなにも偶然が重なってたまるか。どうなっているんだ砂隠れの里は。世間は意外に狭い。

「影風さま?どうしたんですかボーッとしちゃって!」

茶菓子の食べかすを口の周りにこれでもかというくらい付けたなまえが俺の顔を覗き込む。その距離には思わず勢いよく身を引いた。というか、この女は一体誰の茶菓子を食べているんだ。

「何故まだココに居る」
「ご飯食べたあとって甘いもの食べたくなるってテマリさまと話してたんですよ!」
「…だから?」
「影風さまもどうですか?うまうまですよこの茶菓子!」

どうですかもうまうまですよも何も、その茶菓子は先方から俺の元へ届けられた高級茶菓子だ。おいしいのは解りきっている。高級だからな。
なまえに勧められなくてもいずれは俺の口に入る茶菓子だ。解らないのは何故なまえがその高級茶菓子を自分の物だと言わんばかりに当たり前のように食べているのか。
その上図々しくお茶まで飲んでいやがる。

ここはお前の自宅か。

「もう昼食は食べただろう。仕事に戻ったらどうだ?」
「甘いもの食べてると塩っからいの食べたくなっちゃうから困ったもんですよねえ」
「さっさと仕事に戻れ」
「影風さま、お茶のパック無くなっちゃったんで買いに行った方がいいですよ!」

…もうコイツいやだ。



もう里の住民は寝静まっているだろう真夜中に、玄関のドアがけたたましく叩かれる音がした。犯人は恐らくなまえだろう。テマリとカンクロウは任務に向かったはずだから、こんな時間に訪問してくるなんてなまえ以外に考えられない。この女と知り合って数日、その図々しさと厚かましさに驚かされる日々。今日という今日は無視してやろうかと思ったが、玄関のドアを叩く音が段々と大きくなり壊されそうな気がしたから、玄関に出向く事にした。
鍵を開け少しだけ玄関のドアを開いてみれば予想通りなまえの姿があって、なまえは開けたドアの隙間にすかさず足を入れてきた。

「何の用だ、帰れ」
「影風さま、お願いがあるんですが聞いてくれますか」
「断る。帰れ」
「私と一緒に爽やかな青春の汗を流しませんか」
「人の話を少しくらいは聞け。さっさと帰れ」
「影風さまお風呂入りましょう!私と一緒に!」
「…………」
「ちょっ、影風さまドア閉めないで足が痛いです足が取れちゃいますっていやこれマジで痛い痛い痛い痛い!」

もうそんな足取れてしまえばいい。そしてもう二度とここには来るな。そう思いながらなまえの足を挟んでいる玄関のドアを閉める力をギリギリと強くするが、なまえが本格的に涙目涙声になったので止めておいた。

「痛いじゃないですか!」
「当たり前だろう。痛くしたんだから」
「なにその鬼畜発言!風影のセリフだとは思えない!お風呂入らせてください!」
「都合よく風影と呼ぶな。さっさと帰れ」
「身体かゆいぃぃいっ!もう三日もお風呂に入ってないんですようぅ!」
「汚っ!」

先日は「ガスが止められた」と言って夕食を食べに来て、その前は「電気が止められた」と言ってテレビを見に来たなまえ。今日くらいに「水道が止められた」と言ってくる頃だろうとは思っていた。なぜ公共料金を払ってないほどお金がないのか理由を聞いたら、「影風さまを愛してるから」という答えが返ってきた。どうせ影風絡みだろうと予想は出来ていたが予想通り過ぎて逆にムカついた。
そしてその影風のせいで俺がこんな目に合っているのだと思ったら、更に苛々が上乗せされた。

「風影さま!砂の民がこんなに頼んでるんですよ!風影さまは弱い一般市民を守ってくれるんじゃないんですか!風影さまは弱い一般市民を放っておくような酷い風影さまだったんですか!」
「黙れ!早く入れ!」

真夜中にとんでもないセリフを叫びやがって、噂にでもなったらどうしてくれる。

…なんだか今日は、とてつもなく長い夜になりそうだ。




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