第一印象は最悪だった。


「いつものを頼む、」
「風影さま!これはこんな所までわざわざ…!今日はテマリ様ではないんですね!」
「テマリは今日外せない任務があるからな」
「わざわざ風影さまがこちらに足を運ばなくても、こちらから伺いましたのに」
「里の見回りのついでだ」

嘘。もう毎日のように風影室の机に向かいっぱなしで報告書をまとめる作業に飽きたから。大量な報告書に判を押すだけというその仕事は、退屈にもほどがある。その為の息抜きだ。たまにはこうして外の空気を吸っておかないと、煮詰まり過ぎてバキに八つ当たりをしてしまいそうだ。砂瀑送葬で。

それはそれですっきりと晴れやかな気分になりそうなものだが。後でやってみよう。

「風影さま、こちらが頼まれていた高級砂肝です!」
「いつもすまない」
「いいえー風影さまの頼みですから!あ、そうそう。今日から新しいバイトが入ったんですよー!」
「ほう、そうなのか。繁盛している証拠だな」
「風影さまのおかげで!ちょっとバイト呼んできます!」

新入りのバイトか。またこんな風に俺が足を運ぶ時があるかもしれないから、一応挨拶だけはしておこう。本当は早く帰って砂肝の味見をしたいところだが。

「おーい、新入り!風影さまにちゃんと挨拶しなさい!」
「はいはー……ぃ、」

店主に呼ばれてこっちまで歩いてきた女。返事の語尾が小さくなっていくと思ったら、俺と視線がぶつかると目を丸くさせ豆鉄砲を食らったような顔をした。
里の長が姿を見せるのは珍しい事ではあるが、そんなに驚くような事だろうか。
店主が「この子が新しいバイトの」と口を開いたその時、目を丸くさせたまま女が身体をプルプルと震わせた。

「いいやあぁぁああっ!!」
「っ!?」

辺りに響き渡った耳が痛くなるほどの女の絶叫に驚いた俺の手からはスルリと砂肝が抜け、そのままベチャッと地面に落ちる。この時俺はこの女に心から殺意を覚えた。
くそ、この女。俺の砂肝になんてことを。直接この女が手を下した訳ではないが俺の砂肝がこんな姿になってしまったのは、この女のせいも同前。どうしてくれる。

「店長!店長マジもんっすか!この人マジもんっすか!」
「う、うんマジもんだよ。この人マジで砂隠れの里長」
「うひゃああっ!いっつもあなたの歌聞いて癒されてるんです!握手してくださいサインしてください!!」
「「……えっ?」」
「えっ、影風さまですよね?アーティストの!」

……誰だそいつ。

「あっ、サインに名前はいれなくていいです。高く売れなくなっちゃうんで!」

なんなんだこの女は。砂隠れの里の者であろう人間なのに「風影」が解らないだなんて。影風って誰だ、風影より有名なのか。あれ、俺って影風だったか?いやそんな事より俺の砂肝をどうにかしろ。

「かかかか風影さま本当に申し訳ございません!」
「いや、別に」
「握手してください!」
「しない」
「影風さまったら照れ屋!」
「風影だ」
「だから影風さまでしょ?」

この女本気なのか?いや本気なのだろう。そんな目をしている。こいつ何処かがおかしい、何処かというかもう全てがおかしい。砂瀑大葬してやりたい。全力で。

「サインはこれに!」
「しない、」

女が差し出してきた雑誌の表紙に載っていたのは、俺。

……俺?

いや、よく見てみると俺ではない。確かに俺に似ているが俺ではない。そうか、この女は俺とコイツを間違えているのか。この雑誌の表紙に載っているコイツは影風というアーティストで、俺は砂隠れの里長である五代目風影。風影と影風とかややこしいな。

「この雑誌は、」
「いやん影風さまったらご本人なのに!今月の「ミュージック・タワー」のインタビュー記事ステキでした!!」
「人の話を聞け」
「「歌い続けることは僕の生きる意味だと思ってる」この言葉に胸が奮えました!」
「おい、」

誰か助けてくれ。



「へー。かへかへはまはっはんれふか。ほーりれオーラがはいほおほっは」

唐揚げを口いっぱいに頬張りながら喋っているから何を言っているのか全く解らないが、大変失礼な事を言っているという事だけは解る。後半の「オーラ」だけ解るようにはっきりと言いやがった。
そうなってくると「オーラ」があるかないかの話にしかならない。きっとこの女が言ったのは後者だ。唐揚げがいっぱい詰まったその顔をぶん殴ってしまいたい。

「もぐもぐっ…ごくん。影風さま、新しい砂肝が用意できましたよ!」
「わざとか、貴様。俺にはオーラがないのだろう」
「私の前では私だけの影風さまで居てください!」
「断る」

女から新しい砂肝を受け取る。砂肝が手に入ったからにはもう此処に用はない。
さっさとおさらばさせてもらう。この女とはあまり関わりたくない、と俺の本能がそう告げている。

「風影さま、今度からはこちらからお伺いいたします」
「ああ、そうしてくれ」
「またね、影風さま!」
「さよなら」

なんかムカつくからもう二度とこの女とは会いたくない。



「…はあ、」
「我愛羅もう5回目じゃん、ため息。もしかして疲れたんじゃん?」
「いや、少し退屈なだけだ。…カンクロウ、なにか面白い事をやれ」
「無茶ぶり過ぎるじゃん!」
「ちっ」
「舌打ちは傷付くじゃん!」
「うるさいじゃ……ぞ」
「うるさいじゃぞ?」
「黙れ」
「我愛羅が言ったんじゃん!っていうか我愛羅、戻ってきた時は楽しそうな顔してたじゃん?」
「…楽しそう、だと?」

そんな訳があるか。もしそうだったのだとしても、それは砂肝が楽しみだったんだろう。だが今思えば、あの変な女との時間は不思議と退屈しなかったような。

…いや、気のせいだ。多分、




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