「ヒビキくんって、苦手な食べ物とかない?」

お弁当箱の中にまだひとつだけ残っている卵焼きを箸で突きながら、ヒビキくんに問う。
その問い掛けに、「ないですよ」と人懐っこい笑顔を浮かべるヒビキくん。それならお弁当作る時困らないなーなんて思いながら、突いていた卵焼きを箸で掴んだ…んだけども。

…ちょっと、お待ちになって。

とてつもなく今さら感たっぷりなんだけど、さっきこの箸でヒビキくんに卵焼きあげたんだよね。そうだよね。
という事は、この箸をこのまま使うと、ヒビキくんと…その、間接キス…っていう事になっちゃったりするんじゃないだろうか。いや、そうなるんだろう。
卵焼きを箸で掴んだ私の手は、思うように動かない。
これはどうするべきなのか。
手が動かない私の様子を見ているヒビキくんは、不思議そうな顔を見せるだけで、なんにも気にしている様子はない。
それなら私も気にせずに箸を進めればいいだけなんだけど、気にせずにはいられないというか何というか…

「…××さん?」
「うへっ!?あっ、はい!」
「卵焼き残ってるけど、食べないんすか?」
「ああっ、いや、食べっ…食べるよ、うん!」

すごい動揺しまくってるじゃん。挙動不審すぎるよ私。
ヒビキくんは全く気にしてる様子はないみたいだから、私も気にせずに食べればいいじゃない、そうじゃない。
それにそれに、間接キスなんてグリーンとは何回も経験があるじゃない。そんなに気にするほどの事じゃないよ。
よし、と箸で掴んだ卵焼きを口に運んだ瞬間、ヒビキくんは「あっ、」と何かを思い出したような顔をして一言。

「そういえばそれ、間接ちゅうっすね!」

へらっと人懐っこい笑顔を浮かべたヒビキくんはそう言った。
………もしかしなくてもこの子、わざとやってるよね。



「××、どうだった?」
「どうだったって、なにが?」
「なにがって昼食デート!」
「で、デートって訳じゃ…!」

リーフの口から放たれた聞き慣れない「デート」という言葉に、私の顔に熱がともる。
「間接キス」だとか「デート」だとか、聞き慣れない言葉に何故か敏感になってしまう。
そもそもあれは一緒にご飯を食べていただけであって、デートではないんだけど。
もしこの先ヒビキくんと仲良くなってデートをするという話になった時、私の心臓は果たして持つのだろうか。
ヒビキくんとご飯を食べていただけで、あんなに心臓が危ない事になっていたというのに。
…というか、その状況を思い返した今ですら、少し鼓動が危険な事になっている。

「…あら、あっちも昼食デートが終わったみたいね」

リーフが視線を移した方へと私も視線を向ければ、不機嫌そうな顔をしたグリーンがこっちに向かって歩いてきた。
なんか、朝まではいつものグリーンだったのに、ふとした時からグリーンの機嫌が悪い。
昼食デートという幸せそうな時間を過ごしたはずなのに、グリーンの機嫌が更に悪くなっているような気がした。

「ね、グリーンどうしたの?」

首を傾げながら不機嫌そうなグリーンの顔を覗き込めば、グリーンは一瞬だけ目を丸くさせてからふいっと顔を背けた。

「…別になんでも。つーか××さ、お前…」

言いかけて、「やっぱいいわ」と言葉を濁して自分の席へと戻っていくグリーンに、私はただ首を傾げるしかなかった。
本当にどうしたんだろう。あんなに仲がいいニナ先輩と、喧嘩でもしたんだろうか。

「ねえ、リーフ…グリーンがなんかおかしい」
「…そうね。今までにないくらい気持ち悪いわね」
「えっ!そ、そこまでは言ってないけど…なんか変だね…」
「…グリーンの事だからしょうもない事でも考えてるのよ」

そうなの?と私が首を傾げたと同時に、お昼休みの終わりを告げるチャイムが教室内に鳴り響き、私とリーフも自分の席に着いた。
様子が少しばかりおかしいグリーンが心配ではあったけど、午後からの授業は全く私の耳には入ってこなくて、私の頭の中はヒビキくんと自分の事でいっぱいいっぱいだった。

だからお昼休み終了のチャイムが鳴った時、リーフがグリーンを見ながら「馬鹿な男」と呟いたことを、私は知らない。




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