「ここら辺とかどーっすか?××さん!」
「うん、いいね!お日様気持ちいいし!」
「そうですね!」

人懐っこい笑顔を浮かべながらくりんっと首を傾げるヒビキくんは、何だか可愛い犬みたいだ。なんかポチエナみたい。
今にも引きちぎれんばかりにぶんぶんと振っている尻尾が見えそうだ。
私とヒビキくんは中庭でお昼を食べる事にして、そこに設置してあるベンチに座る。
この中庭は校内デートで人気があるのか、私たちが座っているベンチの他にも至る場所にベンチが設置されていて、カップルだと思われる男女で賑わっている。私とヒビキくんはまだそういう関係じゃないけれど、周りから見たらやっぱり「カップル」という目線で見られたりとかしてるんだろうか。
そう考えると、何だか少し恥ずかしい気がしてきた。
その恥ずかしさを振り払うかのようにぶんぶんと首を振りながら、手に持っていたお弁当を膝の上に広げた。

「可愛いっすね。××さんのお弁当。でもちょっと小さくないっすか?」
「えー?女の子のお弁当ってのはこんなもんだよー」

そんなもんなんすか?とパンに食らい付くヒビキくん。
私のお弁当は確かに小さめだけど、一応栄養面はバランス良く作られてると自分では思う。ヒビキくんが座っている横にはパンが入っている袋が置いてあるけど、パンだけで栄養とかって足りてるのかな。
なんかちょっと心配。
手に持った箸で卵焼きをつまむとパンに食らい付いてたヒビキくんの視線が卵焼きに向けられ、ヒビキくんは「…あ、美味そう」なんて呟いた。
それが嬉しいような恥ずかしいような、何故かとても歯痒くてくすぐったく感じる。
私は何を思ったか、卵焼きをつまんだ箸を何気なくヒビキくんへと向けて、

「はい、あーん、…」

言いかけて、箸の動きがヒビキくんの口元辺りで止まり、彼と視線がぶつかる。

なにこれ、すごい恥ずかしい。

というか「あーん」ってなんだ。「あーん」って。
絶対ヒビキくんも、何言ってんだコイツって思っているに違いない。絶対に引かれたよ。
でも、つい動いてしまったこの手は、今さら引っ込めるなんてことは出来ない。

「ご、ごめんっ、リーフとかによくやってるから癖で、」

言い終える前に、箸を持っていた手に少し衝動を感じたと思ったら、つまんでいたはずの卵焼きはもうそこには無くて。
卵焼きの代わりにそこにあった口をモゴモゴと動かしているヒビキくんの顔が、やけに近い。
フワッとした良い香りが私の鼻を掠める。ヒビキくんのシャンプーの香りだろうか。それはそれだけ、私とヒビキくんとの距離が近付いたという事。
今までに異性とここまで距離を近付けた事がなかった私は動けなくて、やけに近いヒビキくんの顔を見つめる事で精一杯。

…ああ、何だか、顔が熱いな。

モグモグと卵焼きを噛み締めるヒビキくんはごくん、とそれを飲み込むと、人懐っこい笑顔を浮かべながら口を開いた。

「…うん、美味いよ」

さっきから、私の鼓動は言うことを聞いてくれない。
自分の行動に焦って早くなったり、ヒビキくんとの距離に、人懐っこい笑顔に、言葉に、私の心音が悲鳴を上げている。
うるさくて仕方がない。だけど、それは嫌なものではなくて。
うるさくて仕方がないのに、ヒビキくんの人懐っこい笑顔を見ていると、不思議と落ち着く。

「あ、ありがとう…」
「やっぱりお弁当っていいっすね。僕もお弁当にしようかな」
「あ、それならさ、」

私が作ってこようか?喉にまで出かかっていたそれを、ごくりと飲み込んだ。
何を言おうとしているんだろう、私ってば。
彼女でもないくせに図々しい。というか、そんな言葉が出そうになった事に驚いている。
何故なのか分からないけど、そう思ってしまったんだ本当に。
慌てて口を閉じれば、不思議そうな顔をしながら首を傾げるヒビキくんと視線がぶつかる。

「あ…ゴメン、何でも、ない」
「…それなら、なに?」
「な、何でもない、から」
「言ってくんないと、ちゅうとかしちゃいますよ?」
「は、えっ?今なんて」

私の聞き間違いだろうか。
ヒビキくんに聞き返そうとしたその時、元々少し近い距離にあった彼の顔が更に近付いた。
それに思わず心音が激しくなって、私は勢いよくふいっとヒビキくんから顔を逸らす。

どうなってるの、私の鼓動。

こういうのって全く慣れてないから、ちょっとした事でも鼓動がうるさくなる。
しかもチラリとヒビキくんの顔を見る限り、彼は絶対にわざとやっているかのように見える。
そんなようなコには、全く見えないのに。

「つ、作ってこようか、なんて思っただけで!うん、」

少し焦ったように早口でそう言えば、ヒビキくんは冗談です、なんてまた人懐っこい笑顔を浮かべながら離れた。

「××さんがすごく可愛いからちょっと意地悪したくなっちゃいました。…それに、その言葉言ってほしくて」

…もう、さっきから数えられないくらい私の心音がどくんどくんと悲鳴を上げている。

どうにかしてよ、ねえ。

こんなんじゃあ私ゆっくりとご飯も食べられないよ。




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