「ねえ、グリーン!」
「…あ?」
「えっ、なんで不機嫌なの?」
「…別に、」

原因はアレだ。お前に告白してきた「ヒビキくん」とやらだ。
あの人を馬鹿にしたような、フッという笑いは間違いなく俺に向けられたものだ。
何故に俺があの「ヒビキくん」とやらに笑われなければならないのか。畜生、腹立つ。
なんか知らねえけど腹が立つ。
唇を突き出すようにしていたら、リーフの身も心も凍ってしまうような視線が、ぐさぐさと心に突き刺さる。

「グリーン、気持ち悪いわ」

視線だけじゃなく言葉まで!

それは言葉の暴力です!

「おっまえ、傷口にさらに塩をかけるような事を」
「ねえ××、お昼はどこで食べる?やっぱり屋上?」
「そしてスルーか。塩をかけた上にえぐるのか」
「うるさいわねグリーン。それで、どうする××?」
「あっ、えっと…実はヒビキくんにお昼誘われてて…」

頬をポツリとかきながら照れ臭そうにする××を見て、リーフが「あらま!」とわざとらしい言い回しをする。
…ほう。俺を馬鹿にしたようにフッと笑った「ヒビキくん」とやらと飯を食らうのか。
まあ別にいいけど。
つーか何なんだ、俺は。あの「ヒビキくん」とやらに笑われただけなのに、何でこんなにも腹が立っているんだ。
いや、でも、理由なく笑われたら、普通は誰だって腹が立つもんだよな?何で笑われた?
…まあいい。落ち着け。少し落ち着こうぜ、俺。

「そうね。相手をよく知る為にもいい機会だわ。行ってらっしゃい××!」
「う、うん。ごめんリーフ!」
「いいのいいの!楽しんできなさいね」

「また後でねー!」と小さなお弁当箱を抱えながら、××は元気よく教室から飛び出していく。××が教室から飛び出して行ったのは、本日何回目だろうか。
あんなに元気よく飛び出していくなんて、よっぽど「ヒビキくん」とやらが気に入ったんだな××のヤツ。
××があんな笑顔を向けるのは俺とリーフくらいだと思っていたが、「ヒビキくん」とやらにもそれを向ける時がくるのだろうか。

何だか、なあ…今までは「恋愛話」に無縁だったからこそ××が心配だったのに、突如そんな傾向が現れたから何とも言えないたっぷりな違和感。
さっきまですぐ傍に居たのに、今では××との距離がすごく遠いような。

―――――――チクリ。

なんだよ、この胸の痛みは。

…この胸の痛みは、前にも一度だけ味わった事があるような。

「……なんだこれ、いてえ」
「どうしたのよグリーン?私に塩をかけられた傷口が痛む?」
「……ああ、それかもな」

…そうだったらいい。

でも違う。そんなんじゃない。

だけど、どうして俺の胸がチクリと痛んだのか、分からない。



「―くん、美味しい?」
「…は、?」
「…どうしたのグリーンくん。ボーッとして」
「いや、別に…」
「…そう?ならいいんだけど…美味しい?」
「…ああ、美味しいよ」

ニナには悪いけど、今の俺は正直弁当の味をゆっくりと味わえるような俺じゃなかった。
どうしてなのか、チクリとした胸の痛みはなかなか消えない。
そして、「ヒビキくん」とやらに向かうその苛立ちも。
ニナが作った弁当から視線を外し、ふと目にしたその先に、「ヒビキくん」とやらの姿が目に入ってきた。
…何というタイミング。
それがバッドなのかグッドなのか、俺には分からないが。
そしてごく自然な流れのように、またしても「ヒビキくん」とやらと視線がぶつかる。

…アイツ、また笑いやがった。

年下に大人気ない、と思う気持ちも確かにあるけれど、どうしても我慢が出来ない。
気付いたら俺は、ニナをその場に残してアイツの所まで駆け出していて。

「なあ、お前ヒビキだっけ?」

俺の声に振り向いたヒビキは、にこりとした笑みを浮かべていた。

「…グリーン先輩じゃないですか。何ですか?」
「…お前さ、俺を見る度に笑ってんじゃねーよ」

そう言えば、ヒビキは手をぽんっと叩きながら「ああ、」と言って言葉を続ける。

「いや、可愛い彼女さんと幸せそうで羨ましいなーと思って見てたんですよ」

そう言いながらにっこりとした笑みを浮かべるヒビキからは、悪意なんてものは全くと言っていいほど感じられない。
あれは、俺の思い過ごしか?
確かに俺を馬鹿にしたように笑った気がしたんだけど。
だが次の瞬間、ヒビキの口から信じられない言葉を聞く。

「…だから、××さんは僕にくださいね。」
「…は、何言って、」

何を言ってるんだコイツは。

××は俺の彼女でも何でもない、ただの幼なじみだ。
そんな事を俺に宣言してどうするつもりだ。

ほしけりゃくれてやる。

「というかもらいますけど。それじゃ先輩、僕急いでるんで」
「なっ、待てよお前っ…」

ヒビキはまたにこりと笑って、ひらひらと手を振りながらその場を去っていく。

何なんだアイツは。一体何がしたいんだ。

意味が分からない。俺と××はただの幼なじみで、××が誰の女になろうが誰と付き合おうが、俺には関係ない。

そう、関係ないんだ。

…それなのに。それなのにどうして俺の胸の痛みは、チクリと悲鳴を上げている?




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