授業中、カチカチとシャーペンを弄っていたら、前の席の女子から小さく折り畳んだ紙切れが俺の席に回ってきた。
きっと××から回ってきたんだろうその紙切れを広げれば、ピンク色のペンで書かれた少し小さめの可愛らしい文字が、綺麗に並んでいる。

『恋愛って楽しい?』

ピンク色が余程効果的だったのか、俺はそれを見た瞬間「はあ?」と間抜けな声を出した。

授業中だという事を忘れて。

笑顔を浮かべながらも怒っているのだろうマントマン(ワタル先生)に案の定当てられたけど、成績優秀な俺には全くもって意味がない。
残念だったな。俺に恥をかかせようとしても無駄だ。
お前が俺に勝つには100年早い。ちょっと出直してこい。



「おい××」
「ん?どうしたの?」
「なんだあのアホな手紙は」
「どうしたの××?」
「リーフ、××から俺に回ってきた手紙を見てみろよ」

俺は授業中に××から回ってきた紙切れを、ひらひらとリーフの前に差し出す。
その紙切れを目にしたリーフは、「馬鹿ねえ××は」と呆れたように呟いた。

「グリーンが楽しい恋愛をしてる訳がないでしょ?」
「おいおい年中恋愛しかしてない俺になんて事を」
「大体相手がコロコロと変わるような恋愛なんか、恋愛なんて呼べないわよ」

だからね、グリーンにそんな事を聞いても無駄なの。というリーフの言葉に、××はウンウンと素直に頷く。
素直にリーフの話を聞いている××に少し腹が立ったが、リーフの言葉に言い返せる言葉がある訳でもなく。
まあ自慢じゃないが、確かに俺は付き合う相手をコロコロと変えている。この学校に入ってからは、何人の女と付き合ったか分からない。
いちいち覚えてない。けど、向こうから寄ってきて、勝手に離れていくんだ。
「私は釣り合わない」とか「私よりいい女の子が見つかる」とか言いながら、離れていく。
それを引き止めなかった事も事実だけど。「まあいいか」でいつも終わる。
終わっても、それは後を断たずに寄ってくるから。
思えば今までの彼女達も今の彼女であるニナも、可愛いと思うところはあるが、好きだと感じた事はない。
果たしてそれは、「恋愛」と呼べるのだろうか?というより、俺は「恋愛」なるものをした事があるのだろうか?

「そういえば、そろそろ時間じゃないの××?」
「あっ、ホントだー!」
「時間?何かあんのか?」
「ほら、今朝のラブレター」

ああ、とため息を混ぜながら××を見れば、××は少し緊張した面持ちをしていた。
頬を淡いピンク色に染めて、唇をきゅっと結んで、目は少しだけ潤ませていて。

…××のこういう顔は、どこかで見た事があるような。

一体どこで見たんだかと考えている内に、××は「行ってくるね!」と俺とリーフに背中を向けて、教室から走って飛び出して行く。

「…××は、今までに好きになったヤツとかいるのか?」

幼なじみでありながらも、××が俺に「恋愛話」をしてこなかったのは、俺が男だからなのかもしれない。
いくら幼なじみでも、××にだって男の俺には言えない事とかはあるだろうし。
××の背中を見送ったまま教室のドアに視線を向ける俺の呟いた言葉に、リーフは呆れたように「見てればわかるわ」と答えた。



授業が始まるほんの少し前に、××は息を切らしながら教室に戻ってきた。
淡いピンク色に染まった頬はそのまま、いや走って戻ってきたからかその頬は赤に近い。

「××、どうだった?」
「断る上に殴ってきたか?」
「そ、そんな事してないよ!グリーンみたいなチャラい感じじゃなかったし…」

あえて突っ込まないでおくか。

「で、付き合うのか?」
「えっ!えーっと…とりあえずお友達からって事で…」

頬を赤に染めながら照れ臭そうに他の男の話をする××に、何だか少しだけ違和感を覚えた。それは無理もないだろう。
なぜなら今までに一度も、××の口から俺以外の男の話が出てくるなんて事は無かったんだから。初めて見たそんな××は、やっぱり何処か俺が知っている××とは違う××に見えて。…うん。何て言うか、いくらガキっぽい××でも成長はするもんなんだなと。

「どこのクラスのヤツ?」
「えーっと、一年の」
「は、一年!?年下かよ!」
「う、うん。ヒビキくんていう…あ、リーフもグリーンも見たことあると思うよ」
「見たことあっても男なんざいちいち覚えるかよ」
「…あ、思い出したかも。入学早々喧嘩してた子じゃない?」
「そうそう、その子だよ!」
「ああ、上級生に囲まれて喧嘩してたアイツかー…」

うん。確かに、そんなようなヤツが一年に居たような。
あれは入学早々、ヒビキという一年が上級生に喧嘩を売ったとかで、上級生に囲まれてフルボッコにされていた所に、偶然にも俺達が通り掛かったんだ。
その時××が「イジメカッコ悪い!」と言いながら上級生を蹴散らして、ヒビキの怪我の手当てをしたという感動のお話。
ほうほうなるほど。そういう流れで××に告白ときたか。

「××ー!なんか男の子が呼んでるけどー?」
「はいはい!今行くー!」

クラスメイトの女子に呼ばれ、パタパタと教室のドアの方へと走って行く××。
その背中を見送ると、ドア付近に一人の男子が居心地悪そうな顔をしながら立っていた。
…あれが噂の「ヒビキくん」とやらか。
下級生と上級生は校舎が違うからな。そりゃ居心地悪かろう。
ヒビキと××の会話は、俺とリーフには聞こえない。
ただじっとその二人を見つめていると、××がポケギアを取り出してその番号をヒビキに教えているようだった。
まあ初々しい光景ですこと。
笑い合う二人を見ていると、教室内にチャイムが鳴り響く。
慌てたように××に手を振り踵を返そうとしたヒビキと、一瞬だけ視線がぶつかった。
その時のヒビキは、何故かフッと口元が笑っていた。

…××には悪いけど、俺アイツ嫌いかもしれない。




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