もう、いやなんだ。ひとりぼっちになるのは。砂隠れの里ではみんながみんな僕を見たら逃げてしまうから、僕の傍に居てくれるのは夜叉丸だけだった。逆に言えば夜叉丸しか僕の傍には居なかった。いつも僕に優しくしてくれたのは夜叉丸だけ。いつも僕に笑いかけてくれたのは夜叉丸だけ。僕にとって夜叉丸の存在はすごく大きなもの。夜叉丸だけが僕の傍に居てくれる唯一の存在、…だけど、寂しくなかったといえばウソになる。他のみんなはどんな風に話してどんな風に遊んで、どんな風に笑うんだろう。僕には誰も見せてくれない。だから、××が僕に優しく笑いかけてくれたことがどうしようもなく嬉しくて。なんだか心臓が熱くなった。
僕の中にいる化け物の力が暴れてしまったらどうしよう、そんな不安が胸いっぱいに広がったけどそんなことにはならなくて。よくわからないけどココではなんの力も動かないみたいだった。ココでは僕の中にいる化け物の力が××を傷付けないですむから、それにはホントに安心した。傷付くことがあんなにもイタイって××が教えてくれたから、××を傷付けることだけはしたくなかった。



前を歩く××の背中を追いかけていると、××の足がピタッと止まってこっちを振り返った。ぱちっと視線がぶつかってどうしていいかわからなくて、思わず僕は××から目を逸らした。それを後悔したのはこのあとすぐで。どうしたらいいのか、わからない。嫌われてしまったかもしれない。不安ばかりがぐるぐると廻る中、それでも××はなに事も無かったかのように僕の前を歩くだけ。
少し歩いたら大きな建物の前でまた××の足が止まって、くるりとこっちを振り返った××は「到着!」と僕に向かって笑いかけた。

どうして、だろう。

どうして××は、こんな僕に優しく笑いかけてくれるんだろう。それが不思議でたまらなくて、だけどどうしようもなく嬉しくて。こっちだよ、××は笑顔を向けたまま僕に手を伸ばしてくる。苦しいわけじゃないのに悲しいわけでもないのにどうしてなのか涙が出そうになって、顔を俯かせながら僕は恐る恐る××の手を握った。
繋いだ手はそのままにしばらく歩いているとひとつの扉の前で××の足が止まって、僕もそれに合わせて足を止める。ちょっと待ってね、と僕の手を離してガサガサとなにかを探す××の手。離した手になんだか名残惜しさを感じながら××を見上げていると、どこからかカギを取り出した××は目の前の扉を開けた。カギを仕舞った××の手はまた僕の方に伸ばされて、それをきゅっと掴んで部屋の中に入る僕と××。

…なんだろう、この感じ。

初めて触れた、夜叉丸以外の人の手の温かさ。心臓が熱くなって早く鳴ってちょっとくすぐったい。初めてのことばかりで不思議なことばかりで、なんだか落ち着かない。変な感じがする。部屋に入った途端どこかへ向かう××を追いかけると、「あっちの部屋で座って待ってて」と言われたからその部屋で××を待った。しばらくすると××が飲み物を持って戻ってきてそれを僕の前に差し出す。
恐る恐る手に取って、ありがとうとコップに口づけた。ただの、お茶。ふつうのお茶。それを今僕は夜叉丸以外の人と飲んでる。

なんか、変なの。

嬉しいような恥ずかしいような、よくわからない変な感じがする。でも決していやじゃないこの感じ。ちらり、と××を見れば××はただ笑みを浮かべて僕を見ていた。

わからない、わからない。

なんで、なんでなの?どうして××は僕に優しく笑いかけてくれるの。どうして××は僕に優しくしてくれるの。僕にくれるその笑みと優しさはたしかに嬉しいものなのに、求めていたはずのものなのに、どうしていいのかわからない。受け入れたくても受け入れられない。

…まだ、少し恐い。

「我愛羅くんお腹空いてない?私ペコペコなんだよねー」
「…ちょっと、空いてる」
「…我愛羅くん。そうやって遠慮なんかしてると今日の晩ご飯は梅干しとライスだけになっちゃうよ」
「…それでもいい、」
「えっ、それは私が嫌だな!惨めすぎる!冷蔵庫に何があるか見てくるね!」
「っ……あ、」

どうしよう、わからない。どんな風に話せばいいんだろう。夜叉丸と話す時みたいに話せばいいの?でもこの人は夜叉丸じゃない。夜叉丸みたいに僕を受け入れてくれるのかどうかもわからない。嫌われてしまったかもしれない。どうしよう、どうしよう。
不安ばかりが渦巻く中で、僕は××の背中を追いかけた。冷蔵庫の前に座り込んだ××は僕に気付いて振り返る。首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる××と目が合った。どうしていいか、わからないんだ。だけど僕に笑いかけてくれる、優しくしてくれる××に嫌われたくない。

僕を、嫌いにならないで、

「、嫌い、に…なった…?」
「……っ、」

××の服をぎゅうっと力の限り掴んだ。恐る恐る見上げれば目を丸くさせた××と目が合う。それからしばらくしてすぐに××の口元が緩んでふふっと笑いながら僕の頭に手が伸ばされる。

「…嫌いになんてなってないから、大丈夫だよ」
「…ホントに…?」
「うん、ホントだよ。だってそんな理由ないもん」

"だから、大丈夫。"

そう言いながら僕の頭をくしゃりと撫でる××の手はあったかくて、その瞬間僕の視界はぐにゃりと歪んだ。

(嬉しいときにも涙は出るんだということを、このとき僕は初めて知った)




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