ざっざっざっざっ。…パタ、パタパタパタパタ。街頭が照らすだけの暗い夜道に響き渡る二人分の足音。前を歩く私の後ろから一定の距離を保って、逸れないようにとたまーに小走りになる我愛羅くんの足音がなんだか可愛い。
さっきまでは私が我愛羅くんをそれはもう一生懸命に全力疾走で追いかけていたんだけど、今度は私が我愛羅くんに追いかけられるターン。というかさっきの追いかけっこには本当に心底疲れた。仕事に遅刻しそうになった時でさえあんなに全力疾走した事はない。まあその場合は途中で諦めて上司に叱られるの覚悟で歩きだしちゃうんだけど。
歩く足をピタッ、と止めてちらっと後ろを振り返れば、我愛羅くんの足も止まりぱちっと目が合う。だけどそれはすぐに逸らされてしまって、我愛羅くんは顔を俯かせてしまう。どうやらまだ私を信用しきれてないみたい。そりゃあ初めて会った人間だしいきなり信用するだなんて、無理な話だけど。っていうか砂入りのあんな大きな瓢箪を背中に背負いながら、よくあれだけ走り回れたよね我愛羅くん。それなりに重たく見えるんだけどそんなに重たくないのかな。お家に帰ったら持たせてもらおう。



「適当にくつろいでね」

家の中に我愛羅くんを招き入れてからそう言えば、我愛羅くんはおずおずと部屋に入りキョロキョロと部屋の中を見渡していた。
初めての場所だから緊張して落ち着かないのか、なんだかソワソワとしている様子。それを見ているだけでなんだか胸がきゅんってする。子供ってホントに無条件でかわいいからやんなっちゃう。何か飲み物でも出そうと冷蔵庫まで向かおうとすると、後ろからパタパタと聞こえてくるその足音は我愛羅くんが私に着いてきている証拠。
ちょっと可愛すぎるんだけどこの子。しかも部屋の中にいるのに瓢箪背負ったままとかツッコミどころ満載なんだけど、そこがまた可愛らしい。思わず苦笑を漏らして「あっちの部屋で座って待ってて」と言ったら、素直に部屋に戻った我愛羅くん。でも飲み物を持って我愛羅くんが待ってる部屋に行ったら、まだ瓢箪を背負ったままでソファーに座ってるもんだから思わず吹き出してしまった。

「ごめんね、お茶しかなかったからコレで我慢してね」

お茶が入ったコップを我愛羅くんの前に差し出せば、それをじっと見つめる我愛羅くん。やっぱりこれくらいの年頃の子供にはお茶よりジュースの方がよかったかな。コンビニにでも寄って買えばよかった。なんて思っていたら我愛羅くんの口から飛び出したのは、私の予想を遥かに超えた言葉で。

「……ありがとう、」

小さな両手でコップを包み込みながらぽつりと呟いた我愛羅くんの口元は、ほんの少しだけ笑っていたような気がした。私の見間違いじゃないといいんだけど。お茶を流し込みながら明るい部屋の中で彼をよく見てみると、彼の目の周りが黒く縁取られている事に気が付いた。この時の私はどうして彼の目の周りが黒いのかなんて理由を知らずに、なんかパンダみたいでかわいいな、と失礼な事を思った。

「我愛羅くんお腹空いてない?私ペコペコなんだよねー」
「…ちょっと、空いてる」

お茶をずずっとすすりながら我愛羅くんは少し遠慮がちな言葉を吐き出した。…全く、大人に頼ることが仕事な年頃の子供が遠慮なんかしてんじゃないわよ。甘えれる時に甘えなさいっての。

「我愛羅くん。そうやって遠慮なんかしてると今日の晩ご飯は梅干しとライスだけになっちゃうよ」
「…それでもいい、」
「えっ、それは私が嫌だな!惨めすぎる!冷蔵庫に何があるか見てくるね!」

冷蔵庫に向かい中を確認していると背後に何やら気配を感じた。それに振り返れば、少し困ったような表情を見せる我愛羅くんの姿がそこにはあって。どうしたんだろう。そんなに今日の晩ご飯は梅干しとライスがいいのだろうか。
いやでもおかずが梅干しだけっていくらなんでも寂しすぎやしないか。なんて考えながら首を傾げて我愛羅くんを見詰めていると、彼はおずおずと口を開いた。

「、嫌い、に…なった…?」
「へっ?」

思わず間抜けな声を出してしまった。一体どこでそうなってしまったのか。嫌いな子にご飯を作ろうとする馬鹿がどこにいる。びっくりして耳がでっかくなっちゃうところだった。危ない危ない。

"里のみんなは誰も僕に近付いて来なかったよ"

…そうか、そうだった。
この子はきっと今までこんな風に人と接したことがあまりないんだろう。だから人との接し方があまりよく解らないし、それこそ頼り方も甘え方も知らないんだろう。だから人の感情にはとてつもなく敏感なんだ。なんて脆い子なんだろうこの子は。
突然あんな事を聞かれて驚いて上手く言葉が出てこない私をじっと見つめる緑色は、綺麗な色をしているのに酷く深くて何処か寂しそうで。緑色の瞳をゆらゆらと揺らめかせながら、彼は私の服をぎゅっと力強く掴む。…何故だろうね、こんなにも胸が締め付けられるのは。

これはこの子の、痛みかな。

「…嫌いになんてなってないから、大丈夫だよ」
「…ホントに…?」
「うん、ホントだよ。だってそんな理由ないもん」

だから、大丈夫。言い聞かせるように彼の方へと手を伸ばして、くしゃりと頭を撫でた。泣きそうな表情ばかり見せていた我愛羅くんの笑顔が、やっと見れた。




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