職場からの帰り道、その足取りはいつも重たい。座りっぱなしの仕事だから、少し目がしょぼしょぼするだけで身体が疲れる事はあまりない。けど、仕事が終わってからの道のりがこれまた最悪で。
超満員の地下鉄に乗ってそれからまた満員電車に揺られて、いや揺られるほどその電車内にはスペースが空いてないんだけども。それはもう痴漢され放題なレベルの混み具合。ああ恐ろしい帰宅ラッシュ。人混みが大嫌いな自分からしたら、その道のりは本当に地獄そのもので。
もうこの職場に勤めるようになってからかなりの月日が経っているんだけど、いまだにこれだけは慣れてくれない。こんな思いまでして仕事に行くくらいならもう働きたくない。あ、ヤバい今さらこの歳で将来の夢とか出来ちゃったよ私。私の将来の夢は皆から愛されるニート、これに決定ね。なんて親がさめざめと泣いてしまうんじゃないかという思考を廻らせながら歩いていると、自宅から近い公園辺りまで差し掛かった。
ああ、もう少しだ。もう少しで地獄だった道のりからやっと解放される。そう思いながらふと公園の敷地内に視線を向けてみれば、設置してあるブランコが音を立てながら揺れているのが見えた。え、やだあのブランコ勝手に揺れてるんだけど超怖い。とか思ってたらさっきまで灯ってなかった街灯が明々と灯り公園内を照らした。その街灯はある程度外が暗くなると「もうこんな時間ですよ」と示してくれるものでもある。街灯のおかげで照らされた公園内は少しだけ明るくなり、ブランコが勝手に揺れている原因が明らかになった。
遠目からというのと照らされてはいるけど少し暗いからというのではっきりとは解らないけど、その原因が人間だという事は解った。よかった人間だった。幽霊とかだったらマジでちびるところだったよ。人間だと解れば怖いなんてことはない。なんだなんだ、また中高生バカップルかなんかがイチャついてんのかと思いながら見ていると、どうもそんな様子ではない。その公園内にはブランコを揺らしているソレ以外誰ひとりとして姿が見えなかった。よく解らないけど何故だかソレが無性に気になって、公園内に足を踏み入れた私は揺れるブランコの方へと歩み寄る。
近付けば近付くほどソレはだんだんとはっきり見えてきて、ブランコを揺らしているのはまだ小さな男の子だということが解った。ふとバッグから携帯を取り出してみれば、もう7時は廻っている。こんな時間に誰も居ない公園でこの男の子は何をしているんだ。そもそもこの男の子の親は一体何をしているんだ。こんな時間にこんな小さな子を外出させるなんて。全く最近の親は何を考えているんだか、この子の将来が不安だわ。

男の子の様子を伺いながら近付けば、当然その男の子も私の存在に気付く。ふと目が合った瞬間、男の子は目を丸くさせながらブランコから飛び降りた。その一瞬、男の子が怯えたような表情を見せたのを私は見逃さなかった。ブランコから飛び降りて地面に綺麗に着地した男の子は、タタッと逃げるように走り去っていく。っていうか逃げた。
逃げられると追いかけてしまうのが人間というもので、気が付いたら何故か私まで男の子を追いかけ走りだしていた。っていうか走るの速いなおい。こんなに全力疾走したのなんてどれくらい振りだろう、なんて漠然と思いながら。どうして逃げるんだろうあの子は。どうして私はあの子を必死に追いかけてるんだろう。これ端から見たら私が小さな男の子好きなただの変態っていうか、誘拐とかに見られてもおかしくないんじゃないか。それは困ったな。

「っ、はあ、はあっ…」

そろそろ私の息が上がってきた。こんなご老体に鞭を打つような事をさせるなんて、なんて子供なの。体力が底無しだった若かりしあの頃に戻りたい。ぐるぐると公園内を走り廻って、もうすぐこの公園内を一周してしまいそう。
でもその前に、私の体力が持たないな。ゆっくりと走る速度を落とし膝に手を当て、息を切らしながら前を走る男の子をちらりと見た。遠くなっていく男の子の背中をぼんやりと眺めていると、ベシャッという音が耳に届いた。

あーあ、こけちゃったよあの子。痛そう。




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