ただ今の時刻6時過ぎ。息子さんのお古の浴衣を近所のおばさんに届けてもらい、今まさに我愛羅くんの浴衣の着付けが終わろうとしている。
背中の帯にうちわをさしてあげれば、さあ出来上がり。
めっさ夏って感じ。ごっつ夏って感じ。まあ当たり前のように光の速さで待受画面に設定された我愛羅くんの浴衣姿。私も用意すれば良かったなあ浴衣。でも浴衣って可愛いけどマジで動きにくいし!用意しようにもタンスの奥深くに封印してあるだろうから出すのも面倒だし!
慣れない浴衣で動きにくいのか私に寄ってくる我愛羅くんは歩くというよりパタパタと小走りになる。あーもう、子供ってなんでこんなに可愛いんですか。そりゃ世の中に誘拐犯とかがいるはずだよ。こりゃさらいたくもなるってもんよ。って危ないよ思考が犯罪者じみてたよ今。

「さてそろそろ行こうか我愛羅くん。花火が上がるのは7時くらいだから、それまで色んなお店見て回ろうね」
「、うんっ」
「欲しいもの見付けたら遠慮なく言いなさいね。我愛羅くんはすぐ遠慮するんだから」
「、えっ。う、うん、」

我愛羅くんと手を繋いで外に出ると、商店街へ続く道のりはお祭りに向かうのだろう子供や大人たちで溢れ返っていた。中にはカップルと呼ばれ世間ではリア充と噂される輩もたくさんいる。
ま、私もある意味リア充みたいなもんですけど。可愛い我愛羅くんのおかげで毎日が充実してますけどー。
そんな可愛い我愛羅くんは人の多さに怯えながら驚きながら、それでも出店に興味津々になったりとソワソワしたりキョロキョロしたり大忙し。ゆるゆると緩んでいく私の頬、だけども気は抜けない。こんなにも沢山の人が溢れ返っている中で我愛羅くんが迷子になったりでもしたら大変。お祭りに子供連れなんて、ばんばん迷子フラグ立っちゃってるからね。その迷子フラグをへし折る覚悟でお祭りを楽しまないと。離したらダメだよ、という合図のつもりで我愛羅くんの手をきゅっと握ると、我愛羅くんも私の手をきゅっと握り返した。

出店が出回る商店街を歩き回っている間に射的、輪投げ、金魚救いを我愛羅くんにやらせてみたんだけど、我愛羅くんは筋がいいのかいつの間にやら両手に荷物が一杯になっていた。さすが忍者なだけあって、狙った獲物は逃がさないという事か…。この子、忍者としてはかなりの腕前だったりするのかなあ。

「やるなあ坊主!狙った景品全部当てちまうとは…よしこれサービスだ。持ってけ!」
「えっ、い、いいの?おじちゃん…っ!」
「おじさん太っ腹ー!我愛羅くん遠慮しないで頂戴しちゃいなさい!」
「おう、持ってけ持ってけ!それとおじちゃんでもおじさんでもなくてお兄さんな」
「我愛羅くん、オッサンにお礼言っとこうね」
「ありがとうおじちゃん!」
「いや、だからおじちゃんでもオッサンでもなくてお兄さんな」

営業上手な出店のおじさんにサービスで景品をもらった我愛羅くんはとてもご満悦の様子。

「我愛羅くん、楽しい?」
「うん、楽しい!すごく!」

満面の笑みで応えてくれた我愛羅くんに、私の頬もゆるゆると緩む。人混みとか我慢した甲斐があった。っていうかもう人混みとかどうでもいい。我愛羅くんと一緒に居ると苦手な人混みも克服出来るかもってアレ、本当に克服出来てるんじゃないかこれ。まあ、それも我愛羅くんが居る時だけ限定なんだけど。

「そろそろ花火が上がる頃だね。あっちに人が少なくて花火がよく見えるいい場所があるから、あっち行こうか」
「うんっ、」

花火会場から少し離れた場所に人気が少なくて花火がよく見える場所があるのを私は知っている。このお祭りの花火は幼い頃から毎年その場所で見ていた。そこから見える景色は花火だけじゃなくて夜空も絶景だったりする。多分、この辺りに住んでる住民にもあまり知られてない、私だけの秘密の隠れ家的な場所。お祭りと言えばコレ!なタコ焼きやら焼きそばを買い込んでから我愛羅くんとその場所まで歩いていく。
何やら満足げな我愛羅くんの横顔を見つめ、思わず繋いでいた手にきゅっと力を込めたのは、ニヤニヤして緩みまくってるだろう顔に力を入れて引き締める為でもある。満足するのは早いぜ少年、夜はまだまだこれからだ。

「ねえ××、はなびまだかなあ?早く見たいな…!」
「ふふっ、そんなに急かさなくても花火は逃げないよ我愛羅くん」

待ちきれない面持ちで夜空を見上げる我愛羅くんに、本日の晩御飯となる焼きそばを差し出す。はあ、たまんない。お祭りの定番と言えばやっぱりこれだよこれ。味はそんなに美味しくないし、むしろぼったくりにも程があるだろくらいのレベルなのにお祭りの雰囲気だけで不思議と美味しく感じる焼きそばとタコ焼き!今年のお祭りは我愛羅くんと一緒だからか、何の変哲もない出店の焼きそばがその何倍も美味しく感じる。
今か今かと焼きそばを口に運びながら空を見上げていると、花火が上がる事を知らせるアナウンスが耳に届く。
それからしばらくすると聞こえてきた、ドンっという轟音。その音に驚いたらしい我愛羅くんは「わっ!」と小さな悲鳴を漏らし、丸くさせた目はそのままに上を向く。そして次の瞬間、闇の中に広がる様々な色をした光が幻想的な世界を描く。

「たーまやー」
「、たーまやー?」
「なんかね、花火見てる時はみんな言うんだよねー。どんな意味なのかは私も知らないけど。はい我愛羅くんもご一緒に!たーまやー!」
「、たーまやー!」

お互いに「たーまやー」合戦をしている間も、夜空には次々に花火が上がって幻想的な世界を描き、私と我愛羅くんはそれに釘付けになった。

「すごいね××…!はなびって、すっごくキレイだね!」
「ね、キレイでしょ!我愛羅くんは、花火は初めて見たんだっけ?」
「うんっ、初めて見た!…ねえ、××。」
「うん?なーに?」
「……また、見れる?」
「えっ?」
「…はなび。また、見れる?…××と一緒に、」

隣に座っている我愛羅くんの指が、知らぬ間に私の服の裾をきゅうっと掴んでいた。
私たちに"また"なんてあるのだろうか。そんな考えが一瞬頭に浮かんだ。でも、何故だろう。この時の私は我愛羅くんが元の世界へ帰ってしまっても、彼とはまた何処かで会えるような、不思議とそんな気がしたんだ。

「…見たい、ね。また。我愛羅くんと一緒に。」
「、××、」
「っていうか、見ようよ。また一緒に。約束しよう?」
「っ!…うんっ、」

(約束ってのはね、果たす為にあるものなの。だから私はね、キミとの約束は絶対に守るよ。)




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