遠くの方で声がする。

「……て、」

ぼそぼそと囁かれているようなその声。いや囁かれているように聞こえるのは私の意識がはっきりとしていないからであって。意識が定まらないまま薄目を開ければぼんやりと視界に映る何か。

「………ねえ、……て」
「…ん、んう…?」

だんだんと意識がはっきりしてくれば耳に届くその声はちゃんと聞き取れるようになって、目にぼんやりと映っていたそれもくっきりと輪郭を得て映る。

「、××、起きてっ、」
「へあっ…!?」

耳に届いていた声の主に身体をゆさゆさと揺さ振られてぱちんっと目が覚めた私は、ウル〇ラマンのような声を発しながら勢いよく上半身を起こした。それでもまだ眠気に誘われて思考が覚束ない私の目に飛び込んできたのは、私が急に身体を起こした事に驚いたのか目をくりっと丸くさせた我愛羅くんの姿。この子は二日ほど前、仕事の帰りに私が公園で見つけて保護した男の子、赤い髪と綺麗な緑色をした瞳が特徴的な普通の子供。だけど彼にはそこら辺で見かける普通の子供とは少し(いやかなり)違うところがあって、それは彼が異世界から来たという事と忍であるという事。その事実には最初こそ驚いたけど、私の目に映る彼は忍だとかそういう事を微塵も感じさせない普通の可愛い男の子なのです。

「、お、おはようございますっ!我愛羅くん、」
「う、うん。おはようっ、」

一人暮らしの生活に慣れてしまい誰かとこうして朝を迎えるのは久しぶりだからか、吃った上に敬語になってしまった。まだお互いの存在に慣れてないせいか少しよそよそしさはあるけど、初めて会った時よりも我愛羅くんは笑ってくれるようになった。その笑顔がまた悶えちゃうくらいかわいいの、ええ。なんて思いながらニヤニヤしていたら我愛羅くんが不思議そうな表情を浮かべて私を見上げてきた。…いかんいかん、こんな気持ち悪い顔をさらけ出してたら我愛羅くんにドン引きされる。っていうか今何時なんだろう、ふと目覚まし時計に目をやれば短針が8の数字を指していた。おかしいな、確か7時にセットしていたはずなのに。その上携帯でもアラームをセットしていたはず。
いつも仕事が休みの時は昼まで寝るのが私のモットーだから、念には念を込めて目覚まし時計と携帯のアラームをセットしたのに。その二重仕掛けでも全く起きないとか眠り深すぎだろ私。あれ、それじゃあ我愛羅くんはいつから起きてるんだろう。もしかして目覚ましがうるさくて起きちゃったのかな。

「…ねえ我愛羅くんって何時から起きてるの?」
「、6時くらい、」
「はやっ!えっ、もしかして私のイビキがうるさかったとか寝相が悪くて起きちゃったとか!?」
「ち、違うよっ…!そうじゃなくて、目がさめちゃった、から、」
「そ、そっか…それならいいんだけどね」

忍の朝は早いんだろうか。でも忍の生活ってすごく規則正しそうな気がしないでもない。そう思うのは私だけなんだろうか。

「、××、今日はお仕事おやすみなんだよね、」
「うん、そうそう。今日は朝ご飯食べたら出かけるよ!」
「ど、どこに?」
「ほら、我愛羅くんが着てる服って私のだから大きくて動きにくいでしょ?だから今日は我愛羅くんの服を買いに行きますよ!」
「う、うんっ」

大きく首を縦に振った我愛羅くんは窓の外に視線を向け、窓から見える外の景色を興味深そうに眺めていた。我愛羅くんにとってはこの世界で初めて"外"にお出かけをしに行く訳だけど、大丈夫かな。逸れたりとか迷子になったりとかしなきゃいいけど…っていうか迷子とかにさせるつもりないけど。我愛羅くんと朝食を取ってから我愛羅くんには男の子が着ても不自然ではない私の服を渡して、私は出かける準備に取り掛かる為にシャワーを浴びてから多少メイクを施す。
私がメイクをしている間、我愛羅くんは少し落ち着かないのか私の周りでソワソワとしていた。その様子がすごく微笑ましくてメイクに集中しようとしても出来なかったんだけど。

「さ、準備出来たしそろそろ行きますか我愛羅くん!」
「うんっ、」
「よしよし。それではいざ行かんガンダーラへ!」
「…、がん…なに?」
「うんごめん何でもない!」

くっ、やっぱりこの年頃の男の子にガンダーラはわかんないか。いやそもそも我愛羅くんの世界に西遊〇というそれ自体がないのかもしれないな。っていうかどうしてガンダーラをチョイスしてしまったんだろう私は。もっと他にも選択肢はあっただろうに。

友達とショッピングにはよく行くけどこんな小さい子と出かけるなんて初めてだから、何だかすごく新鮮で不思議な感じがする。バッグを片手に持って玄関に向かえば、私の後ろからパタパタとついてくる足音。その足音すら可愛いとか我愛羅くんはアレか、どこぞの海の家族のタラちゃ〇的な感じじゃないか。イ〇ラちゃんでもいいけど。

「行ってきまーす、」
「、いってきますっ、」

玄関の鍵を閉めて二人で歩きだせば、どちらからともなく伸ばされた手は自然と繋がれて。おずおずと私を見上げてくる我愛羅くんに気付いて笑いかけながら繋がれた手にきゅっと力を込めれば、我愛羅くんも満足げに笑ってその手にきゅっと力を込めた。

(これからキミと、かけがえのない日々を刻む、)




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