我愛羅くんの口からサラリと放たれた言葉に箸でつまんでいた砂肝を思わず落としそうになった。口に砂肝を運びながら首を傾げ不思議そうな表情を浮かべる我愛羅くんを前に、私はうーんと唸りながら指で頬をぽつりとかく。
とってもファンタジーな世界から来た子なんだと想像していたんだけど、まさかここ日本でも昔は存在したと思われる忍者さんだったとは。あーもうダメだダメだ。我愛羅くんから忍って聞いてから忍者ハッ〇リくんの主題歌が私の頭の中でループしてるよ。
忍者、ねえ…忍者って手裏剣を使ったりするあの忍者のことだよねえ?普通の子供のように見えて普通の子供ではないという事には気付いていた、ココでは見掛けない格好をしているし背中に瓢箪を背負っているし。そう言われてみればこんな小さな子供が自分と同じくらいの大きさの重い瓢箪を軽々と背負って走り回っていた事にも「ひとを殺したり」発言をした事にも納得がいく。…ような気がする。
さほどファンタジーな世界ではなかったにしても今時忍者が居るような世界から来たのか、この子。でも我愛羅くんは砂を扱うって言ってたよね、あの大きな瓢箪にも入ってるんだろう砂を。砂と忍者の接点が見つからない。
砂隠れの里に住んでるから砂を使うのかな?よく解らないことだらけ、だけどますます我愛羅くんに興味が沸く。

「…、××、」
「っ…ん?どうしたの?」
「…ううん。なんでもない」

少し困ったような笑顔を浮かべたまま目を伏せた我愛羅くん、だけどそれは何処か悲しさが残る表情だった。彼はまだ私に完全には心を開いていない。私に何か言いたい事があるとしても、我愛羅くんの中の不安や不信はちょっとやそっとじゃ消えないだろう。我愛羅くんに信じてほしい、安心してほしいけどそうなってくるとこれはもう時間の問題だ。我愛羅くんが何を言いたかったのかすごく気になるけど、彼が私のことを心の底から信じて色んな事を話してくれる時が来るまで、待つしかない。

「…我愛羅くん、」
「なに?」
「今日のご飯、おいしい?」
「うん、おいしい、よ…っ」
「そっか。なら良かったー」

笑顔で応えてくれた我愛羅くんを前に私も釣られて笑顔になる。あれだけ心に深い闇を抱えてる我愛羅くんが知り合って間もない私に向かって笑ってくれている。今はまだ、それだけで十分だ。

「××は、…明日もお仕事が…あるの?」
「うん。そうだよ。でも明後日はお仕事休みだよ!」
「、じゃあ、あさっては…僕と一緒に居てくれる、…?」
「うん、明後日は一日中我愛羅くんと一緒に居るよ」
「そ、そっか……っ」

言いながら砂肝を口に運んでいく我愛羅くんのその表情は、安堵したような表情にも見えた。この子は本当に純粋な子だ。だからこそ普通の子供以上に感情には敏感なのかも。ああ、仕事なんて無ければこの子の傍に居てあげる事が出来るのに。仕事が無いと私も我愛羅くんも生きていけないけど。そうだ、明後日はちょうど給料日だから我愛羅くんとお買い物に出かけよう。衣類だとか日用品だったりだとか色々と揃えなきゃいけない物があるからね。

「、××…、」
「ん?」
「…ありが、とう」

何に対しての「ありがとう」なのか解らなくて首を傾げながら我愛羅くんを見ると、少し遠慮がちな緑色と視線がぶつかった。おずおずとしながらも我愛羅くんは口を開く。

「うまく、言えないけど…僕と一緒に居てくれて、ありがとう。…ココで会えたのが××で、ホントによかった。」

恥ずかしげにしながらも嬉しそうに言ってくれた我愛羅くん。完全には心を開いてなくても、かなり信用度は上がってるんじゃないかコレ。
我愛羅くんの言葉が嬉しくて、なんだか私が泣いてしまいそうだ。元々涙腺が弱い私だけど、歳を取るにつれて更に涙腺が弱くなっちゃってるからやんなっちゃう。

「…どういたしまして。困った時はお互い様だからね。…それに私も、我愛羅くんと会えて良かった」
「ど、どうして?」
「んー…だって一人より二人の方が楽しいでしょ?」
「っ……!」

驚いたように目を丸くさせてからはにかんだように笑った我愛羅くんは、首を大きく縦に振った。うんうん、我愛羅くんが私に見せてくれる表情は昨日よりも笑顔が多くなってる気がする。砂隠れの里では一人だった彼なのかもしれないけど、ココに居る間は一人じゃない。私が彼を一人にさせない。私が仕事に行ってる時はどうしても一人になっちゃうけど。我愛羅くんがいつ自分の居場所に戻るのか全く解らないけど、ココに居る間はココが彼の居場所。
我愛羅くんとどれくらいの日々を過ごせるのか解らないけど、その間は彼と楽しい日々を過ごせたらいい。

我愛羅くんには、笑顔で帰ってほしいから。

「我愛羅くん、食べ終わったらお風呂入っておいでね」
「うんっ」

ごちそうさまをした後、我愛羅くんは昨日と同じように自分が食べ終えた食器を私のところまで持ってきてくれて洗った食器をキレイに棚に戻してくれた。子供がいたらこんな感じなのかな。
いや私から生まれたらこんなに可愛くていい子にはならないだろうな、残念ながら。
我愛羅くんがお風呂に入っている間に私は洗濯を済ませて、お風呂から戻ってきた我愛羅くんの髪を乾かしてから私も続いてお風呂に入る。昨日と同じように先に寝ててもいいって言ったのに、我愛羅くんは私がお風呂から上がるまでソファーの上で体操座りをして待ってくれてた。誰かがこうして自分を待ってくれる事がこんなにも嬉しく感じるのは、それが久しぶりの事だからなのかそれとも相手が我愛羅くんだからなのか。
自分の髪を乾かしてから我愛羅くんと二人でベッドに潜り込む。昨日は我愛羅くんが寝ている間に部屋を抜け出してしまったから我愛羅くんに少し不安げな表情をされてしまったけど、ココに居るから大丈夫だと頭を撫でたら我愛羅くんの表情が和らいだ。
向かい合ってベッドに横になると、我愛羅くんが私を見上げながら口を開く。

「…××、あのね、」
「うん?」
「僕、…もっともっと、××のこと知りたいんだ、」
「……我愛羅くん、」
「××のことたくさん知って、…もっと、××と仲よくなりたい、から」

うわあ、何だろうこの感じ。胸がぎゅーってなった。可愛すぎやしないかこの子。思わず無意識に我愛羅くんを抱きしめていた私。
我愛羅くんの驚いたような声で我に還ったけど。

「っ…××、」
「ああああごめん我愛羅くん!苦しかった…!?」
「、ううん。大丈夫、」
「そ、そっか。…ね、今日はこのまま寝ようか?」
「、うんっ、」

我愛羅くんの小さな身体をきゅっと抱きしめれば、私の服を掴んでる我愛羅くんの手の力もきゅっと強くなった。
…子供の体温ってホントに高いんだなあ。暖かくて気持ちいいや。我愛羅くんの体温を心地好く感じながら、私は襲い掛かる睡魔に負けてゆっくりと目蓋を閉じた。




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