「お疲れさまでしたあ。お先に失礼しまーす」

お疲れー、と同僚や先輩方に次々と声をかけられる中、にっこり笑顔の上司とばちっと目が合った。うわ、あの目。あの目は「残業していかないの?」という目だ。いや、ムリだよムリムリ。私昨日の夜中にちゃんと企画まとめたし、今日の分の仕事は片付けたし頑張ったもん。まあ頑張れたのは朝に隠し撮りした我愛羅くんの寝顔のおかげでもあるんだけど。
それに私は我愛羅くんと約束したんだよ、夕方には帰るって。だから残業なんて絶対してやらないんだからね。なんて思いながら上司には引き攣った笑顔を返して「お疲れさまでした!」と元気に言ってやった。なんだかグサッと痛い上司の視線を背中に受けながら私はスーパーへと足を急がせた。明日は絶対あの上司に嫌味を言われること間違い無しだなあ。



スーパーの肉売り場の前で腕を組みながら10分もの間仁王立ちをしてる女子ってどうなんだろう。とりあえずお買い物を済ませて我愛羅くんがお腹を空かせて待っているであろう我が家に早く帰りたいんだけど、そんな訳にもいかない。砂肝ナメてたよね。
っていうか、あんな小さい子供の口から「砂肝」とか出てくるなんて思ってもみなかった。カレーとかハンバーグとか、子供の好物の王道を予想してたのに。まさかの砂肝、そしてその次に好きな食べ物がタン塩とか。飲み屋で焼酎とか飲んでるようなおっさんみたいな、なかなか渋いチョイスをしてくれる。
またそんな渋いところもかわいい…か、な?うん。ギャップ萌えってやつだよこれは。まあそんな訳で、ただ今財布と相談中。牛乳にも相談した方がいいかしら。

「今日って何日だっけ、」

携帯を取り出して日付を見てみれば今日は23日。給料日は25日だから今日と明日さえ乗り切ることが出来ればなんの心配もない。よし、今日と明日くらいどうにかして乗り切ってやろうじゃないか。財布と睨み合い砂肝と闘い続けること20分、ついに決心がついた私は砂肝を買い物カゴの中に放り込んだ。
財布と相談しながら今日と明日は乗り切れるだろうと思われる分の食料を買って、私は足早にスーパーを出る。砂肝との闘いに少し時間を使い過ぎてしまった。お腹空かせてるかなあ我愛羅くん。いやパンと目玉焼きだけの朝食だったんだから空かせてるに決まってるよね。本当に申し訳ないな。夕飯にはうんと美味しい砂肝を出してあげよう。
なんて考えている間に我が家に到着、エコバッグを片手にぶら下げながらもう片方の手でドアの鍵をカチャリと開ける。ゆっくりと玄関のドアを開ければ目に入ったその光景に私は少し目を丸くした。
だってだって、赤い髪を揺らした我愛羅くんが目の前に立っているんだもの。玄関の前まで走ってきたのか、少し息が上がっている我愛羅くんのその姿は「待ってました!」と言わんばかりの姿に見えた。かわいーなもうっ!
でもどうしてココに、と不思議に思い目の前の我愛羅くんを見つめると遠慮がちに私を見上げる我愛羅くんがおずおずと口を開く。

「、おかえり、なさい、」

そう言って私を見上げていた緑色は照れ臭そうに伏せられた。何て言うんだろう、我愛羅くんにそう言われてすっごく嬉しい。嬉しいんだけど、どこか恥ずかしくなってちょっぴり擽ったい。誰かにこうして迎えられて「おかえりなさい」と言われたのは久しぶりだからかな。我愛羅くんに返した言葉は「た…ただいま!」と少し吃ってしまったけど気にしない。

「我愛羅くんお腹空いた?よね。すぐご飯作るからね!」
「、僕も手伝うよ、」
「わーありがとう!それじゃあ、早速我愛羅くんに任務を与えようと思います。我愛羅隊員、準備はよろしいでしょうか!?」
「う、うん…っ」
「それでは我愛羅隊員、これでテーブルを拭いてきてください!」
「わ、わかりました、?」
「よろしくであります!」
「うんっ、」

それでは健闘を祈る、と私が昨日もやった頭にびしっと手を当て敬礼をするかのようなポーズをすると、我愛羅くんは少し照れ臭そうに「はいっ、」と短い返事をして、ぎこちないながらも私の真似をするかのように自分の頭に手を当ててくれた。ちょっとなんですか今の可愛すぎる。私いつか我愛羅くんに悶え殺されるんじゃないかな。昨日まではあんなにスルースキルが高かったはずの我愛羅くんの成長に私は感動を覚えた。

「××っ、」
「あっ、拭き終わった?」
「うん、」
「じゃあ我愛羅隊員の次の任務は…そこの袋から砂肝を出してください我愛羅隊員!」
「、砂肝…っ!」
「うん砂肝!今日のご飯のメインディッシュだね!」
「めいんでぃっしゅ…、!」

「砂肝」と聞いたからなのか我愛羅くんの目が一際輝いているように見えた。本当に、どこからどう見ても普通の子供だよなあ我愛羅くん。
我愛羅くんに手伝ってもらいながら夕食を作るその時間は、当たり前だけど一人で作っていた時より数倍も楽しい訳で。出来上がった夕食をテーブルの上に並べていくと、好物が並んでいるからか我愛羅くんの表情がなんだか嬉しそうだった。
その嬉しそうな表情を見れる事が嬉しいんだけど。

「よし出来たー!じゃ、我愛羅くんいただきますするよ」
「うんっ、」
「ん、いただきまーす」
「、いただきますっ…、」

よっぽど砂肝が好きなのか嬉しそうにしながら箸を動かしていく我愛羅くんを見ていると、ゆるゆると頬が緩む。我愛羅くんのひとつひとつの仕草が可愛いったらありゃしない。昨日から緩みっぱなしの頬。きっとこれからもそれは変わらないんだろうな。

「ねえ我愛羅くん、お姉さん聞きたい事あるんだけど、」
「、なに?」
「我愛羅くんが住んでる砂隠れの里ってどんな所なの?」
「…、風の国にある、里」
「へー、風の国ってところにあるんだあ。砂隠れって言うくらいだからやっぱり砂漠みたいなところなの?」
「うん。…ねえ××、ココには忍っていないの?」
「…………ホワッツ?」

え、えー?忍って…しのび?シノビ?SINOBI?

それって世間では忍者と呼ばれる、伊賀とか甲賀とか服部半蔵とかそんな感じなヤツだろうか。少し前に某アイドルが忍者アニメの実写版をやっていたけど…忍者ハ〇トリくんだったっけ。あれも一応忍者だよね?っていうか何故に我愛羅くんの口から忍という言葉が出てきた?

「昔はいたみたいだけど今はいない、と思うんだけど…うん。我愛羅くんの里には忍がいるの…かな?」
「うん、たくさん。…僕もね、忍になるんだ」

な、なんだってー!




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