ピピピピッ、と部屋に響き渡る機械音で目が覚めた。鳴り続けるその機械音に若干腹を立てながらまだはっきりとしない意識の中で手探りで目覚まし時計を探し当てて音を止める、と同時に何とも言えない違和感。なんでこのベッドの中、こんなにあったかいんだろう。覚束ない思考のまま被っていた布団をめくってみれば、目に飛び込んできたその光景にただただ目を丸くさせる私。え、ちょ、ええっ?一体何がどうなってるの。どういうことなの。
ベッドの中がやけにあったかく感じた原因は理解した。自分の隣ですやすやと寝息を立てる赤い髪をした小さな男の子、それが原因。子供の体温って高いもんね。そりゃ暖かいはずだよ。とぼんやりと思いながらも別の疑問符が私の頭を過ぎる。
…っていうか、この子どちらさま?こんな小さな男の子いつの間に誘拐してきたの。犯罪ですよ、ちょっと。
隣で眠る男の子を見つめながら混乱してパニック状態になりつつある頭を必死で落ち着かせて、思考をフル回転させ記憶の糸を辿る。仕事帰り、満員電車、家の近くの公園…ひとつひとつの記憶を辿って頭に浮かんだその記憶。

「…がーら、くん」

そうだ、我愛羅くんだ。いや、忘れてたとかじゃなくて一人暮らしをし始めてから一人の生活に慣れすぎて、今までに無かったこんな状況にパニックになったというか我愛羅くんの存在に非常に驚いたというか。つまりは忘れてたんだけどごめんなさい。
そうだった、今日から(細かく言えば昨日から)我愛羅くんとの新しい共同生活が始まったんだった。自分から「私ん家においで」とか言っておいてこんな大事なことを忘れるなんてどんだけなの。
思いっきり伸びをしてから眠っている我愛羅くんの顔を覗き込む。我愛羅くんを起こさないように声は出さないでおはよう、と口だけを動かしながら彼の赤い髪にサラサラと触れたら、我愛羅くんの睫毛が小さく揺れた。子供の寝顔は天使だとよく言うけど、本当にその通りだと思う。
私のベッドに天使が降臨なされた。もちろん起きてる時も可愛いんだけど。神様、今から私がする事をどうかお許しください。

………カシャッ。

はい、光の速さで画像を保存。口元をニヤニヤと歪ませながら携帯の画面を覗き込む私の顔は、酷い顔をしていることだろう。今日はこの画像のおかげでいつもより仕事がはかどりそうだ。違う角度からあと2、3枚撮りたかったけど残念ながら時間がない。静かに寝室を出てから顔を洗って朝食作りに取り掛かる。寂しすぎる給料日前の冷蔵庫から最後の卵を取り出して、目玉焼きを作ってラップをしてから食パンと一緒にテーブルの上に置いておく。簡単なご飯だけど朝食らしくはなってるかな。お給料入ったらもっと豪華なちゃんとした朝食にするから今はこれで我慢してね、ごめんね我愛羅くん。と心の中で謝っておく。
テーブルに並んだ朝食と一緒に我愛羅くんへの置き手紙も忘れずに置いておく。さあ、準備が調ったところでいざ職場へ出陣です。



「…、いってらっしゃい、」

と、××がお仕事に行く前に直接言えたらどれだけ良かっただろう。目覚まし時計が鳴って××が起きたとき、ホントは僕も起きていたけど寝たフリをした。伸びてきた××の手が僕の頭を優しく撫でる。ホントは起きて「おはよう」と言いたいけれど僕の頭を優しく撫でる××のその手がとても心地よくて、まだ××に頭を撫でてもらいたくて。
××が出ていってから身体を起こしてぐるりと部屋を見回した。今は僕しか居ない部屋、すぐ隣にはぐしゃっとシワになったシーツの跡と、まだ少しあたたかい温もりはついさっきまで××が僕の傍に居た証拠。
ココでは化け物の力を全然感じないからなのか、××の温もりが心地よかったからなのか、初めてぐっすりと眠ることができた。部屋から出てすぐに僕の目に入ってきたのは、お仕事に行く前に××が僕に作っておいてくれたんだろうテーブルの上に並んだ食事。今まで触れたことのない他人の優しさ、××の優しさに僕の心は大きく揺れる。なんだかくすぐったい。
食事の傍には小さな紙切れが置かれていて、それに気付いた僕は紙切れに手を伸ばし目を通す。

"があらくんへ

おはよう!ごはんつくったからちゃんとたべるんだよ!よくかんでたべてね!

すききらいをするのはあんまりよくないけど、どうしてもたべられないものがあったらのこしちゃっていいからね!

ゆうがたにはかえるから、それまでイイコにしてまっててね。

それじゃあいってきます!

××より"

「……っ、」

くすぐったい、くすぐったい。

よくわからない、この気持ち。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがまざったような、なんて言ったらいいのかわからないくすぐったいこの気持ち。どうして××はこんなにもあったかいの。どうして僕の心臓はこんなにも熱いの。
やっぱりあのとき、起きて「おはよう」と言えばよかった。「いってらっしゃい」と言えばよかった。今さらそんな後悔をしても遅いけど。また視界が少し歪みそうになったから、それを服の裾でゴシゴシと拭った。

「っ…、ありがとう、」

××が帰ってきたら伝えたいその言葉。だけどその前に、××に「おかえりなさい」って言わなくちゃ。




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