初めて出会ったひと、初めて夜叉丸以外で僕に笑いかけてくれたひと、たくさんの"初めて"を僕にくれたひと。僕が化け物なんだと言っても表情ひとつ変えないで僕から逃げようともしなかったひと。それが××。ちょっと変なひとだけど僕にすごく優しく笑いかけてくれる、あたたかいひと。だけど僕はまだ××とどうやって話したらいいか、どうやって接したらいいかがよくわからない。
アレをしたらコレをしたら××に嫌われてしまうかもしれない、××が僕から離れてしまうかもしれない。
僕はそんなことばかりを考えて、それでも××は僕のことを見てくれる、こんな僕を受け入れてくれる。それがホントにどうしようもなく嬉しくて、嬉しくて。××にかけられた言葉も僕に向けてくれる優しい笑みも、頭を撫でてくる手も繋いだ手も、そのすべてがあたたかい。

あの公園で××に出会ったあの時、僕が逃げてなかったら××はどうしただろう。
それでも僕を見てくれたかな。なんて、よくわからないことを考えた。

××が夜ご飯を作ってくれてるときはそれを手伝いたいと思った。××がお風呂に行ったときは××がお風呂から上がるまで待ちたいと思った。初めて会ったひとなのに、どうしてそんな風に想ったんだろう。なぜだかわからないけど、そうしたくて。自分以外の誰かのためを想って「こうしたい、ああしたい」と思ったことは何度もあるけれど、それが思い通りになったことなんてなかった。僕の中に居る化け物が、いつもそれを邪魔するから。傷付けたくないのに傷付けて、みんながみんな僕から離れていくから。
でもココでは化け物の力がなんの反応も示さないから、××を傷付けるなんてことはない。傷付けたくない、この人は。こんな僕を受け入れてくれたから。

信じて、みたいんだ。

そう思えた、のに。

「っ…、居ない、」

目を覚ましたら××の姿が部屋の中のどこにもなくて、僕の胸がギリッと痛んだ。
やっぱり僕が化け物だから、恐いから。みんながみんな離れてく。××も里のみんなと同じだったんだ。口ではああ言っていたけどやっぱり××も僕が恐かったんだ。

「、…っウソつき、」

彼女の姿がない。たったそれだけのこと、それでも僕の心を掻き乱すには十分だった。
少し何処かに行ってるだけなのかもしれない、このときの僕にはそんな風に考える余裕がなくて。

この人なら信じられると、

信じてみたいと、

そう、思ったのに。

ひとりになった悲しみの方が僕の心を埋めつくした。
それでも××を探そうとベッドから降りて部屋から飛び出したのは、心の何処かではやっぱり××を信じたかったからで。部屋から飛び出したらなにやら物音が聞こえてきたキッチン。恐る恐るキッチンへと向かえば見覚えのある背中が目に入った。見覚えのあるその背中に、僕は心の底からホッと胸を撫で下ろした。そして××が居なくなったと少しでも疑ってしまったことを後悔した。

信じたい、だけど信じることが恐い。××に嫌われてしまったら、××が居なくなってしまったら、ひとりになってしまったら。そんな考えは××の背中を見ている内に消えていて、気付いたら僕は××の背中にしがみついていた。上から降ってきた咳込んだ××の声と僕の頭を撫でる××のあたたかい手の温もりに、これ以上ないくらいの安心感を覚えた。

この人なら信じられる。

信じてみたい、

…××を、信じる。

明日は××が僕の好きな砂肝を夜ご飯に出してくれるんだって。夕方まで××が居ないのはちょっと寂しいけど、ココで××の帰りを待っていよう。××のあたたかい手の温もりを感じながら、僕はようやく初めての深い眠りにつくことができた。

(ようやく、"おやすみなさい"と言うことができた。)




- ナノ -