「はい、終わったよ!」
「、ありがとう、」

ドライヤーをかけ終えてからの我愛羅くんは眠たそうにトロンとさせた目を必死に綴じないようにしていた。それは端から見たら可愛らしい仕種にしか見えないんだけど、何て言うかこう、何かを恐れているかのような、何かに怯えているかのような…そんな風にも見える。それは我愛羅くんの、砂を扱えるだとかそんな不思議な力と何か関係があるのだろうか。

「、我愛羅くん、」
「…、うん?」
「そろそろ、寝ようか?」
「…××は、」
「ん?」
「、お風呂、まだ…?」
「今から入るよー?もう遅いし、我愛羅くんは先に寝て」
「、待つ…、よ」

眠たそうにごしごしと目を擦る我愛羅くんに、私の言葉は遮られた。待つって、え?私がお風呂から上がるのを待つって事かな。この子なんでこんなに健気なの。

「ムリ、しなくていいよ?もう子供は寝る時間だし、」
「…むり、してないよ、」
「でも我愛羅くん、乙女のバスタイムはとっても長いんだよ?」
「それでもいい、……××を待ちたい、から」
「…我愛羅くん、」

そんな風に言われちゃったら、お姉さん何も言えないわ。嬉しすぎて。なんでこんなにいい子なのこの子は。ホントにすごく健気でとっても優しい子だなあ、我愛羅くん。
きっと今までこの子は色んな事を我慢してきたんだろうな。誰かにこうして甘える事も、頼る事も、我が儘を言う事も。したくても出来なくて、解らなくて。彼が「こうしたい」と思った事が思い通りになった事って、今までにあるんだろうか。

「じゃあ、今から入ってくるから待っててくれる?でも限界だったらあっちの部屋のベッドで寝てていいからね?」
「うん、」

ソファーの上で体操座りな我愛羅くんに見送られながら、私はその場を後にしてお風呂に向かった。いつもなら1時間近くはかける入浴タイムもこの日に限っては20分くらいで済ました。だってあんな可愛い子に待つなんて言われちゃったら意地でも早く上がらなきゃだし、早く寝かせてあげたいし。急いでお風呂から上がって我愛羅くんが待ってる部屋に戻ったら、体操座りな我愛羅くんがもっと背中を丸めてこっくりこっくりと身体を揺らしていた。我愛羅くん超必死に睡魔と戦ってるんですけど。またその必死な姿が犯罪的な可愛さなんだけどね。我愛羅くんは見事に私のハートを奪っていきました。このハート泥棒め。寝ててもいいって言ったのになあ。
なんて思いながらも、眠たいはずなのに我愛羅くんが私を待っていてくれた事がどうしようもなく嬉しくて。きゅっと引き締めたくても勝手に緩んでしまう私の頬。

「お待たせしましたっ!」
「…う、ん」
「待っててくれてありがとう。さ、そろそろ寝ないとね!あっちのお部屋行こっか?」

そう言って我愛羅くんの前に手を差し出せば我愛羅くんの小さな手が私の手をきゅっと握り返してソファーから降りる。そのまま寝室へ向かいベッドに案内すると、我愛羅くんの足がピタリと止まった。

「…、ここで、寝るの?」
「うん、そうだよ?ちょっと狭いかもしれないけど、」
「××も、一緒に?」

首を傾げながら不思議そうに見上げてくる我愛羅くん。あらあら?これは拒否られちゃう感じかな。もちろん私は一緒のベッドで寝るつもりだったんだけど、この年頃の男の子からしたらそれはどうなんだろう。やっぱり恥ずかしいとか、そういうのがあるのかな。

「うんそのつもりだけど…あ、でも我愛羅くんが嫌だったら私はソファーで寝るよ?」
「、いやじゃ、ない」
「!…じゃあ一緒に寝る?」
「…うん、」

どうしましょう。我愛羅くんが私と一緒に寝てくれる選択をしてくれた事が非常に嬉しい訳ですが。これは我愛羅くんが私に徐々に心を開いてくれているんだろうと勝手に都合の良い解釈をしてもいいだろう。っていうかしたい。
こんな可愛らしい子と一緒に寝られるなんて頬が緩むどころか緩みすぎて垂れ下がってしまう。お婆さんになるにはまだまだ早いわ。
繋いだ手はそのままに、一緒のベッドに二人で潜り込む。
我愛羅くんと向かい合うように寝転がると、眠たそうにゆらゆらと目蓋を揺らめかせる我愛羅くんの姿が目に入ってまた頬が緩んだ。

「おやすみ、我愛羅くん、」
「…うん、」

きゅっと目が綴じられた我愛羅くんを見つめながらサラサラと彼の頭を撫で続ける。そのまま撫で続けているとしばらくしたら聞こえてきた、我愛羅くんの規則正しい寝息。ちゃんと眠れてるみたいで安心した。人によっては他人の家じゃ寝れないとかそういうのがあったりするけど、我愛羅くんはそういう訳ではないみたい。まあ私はどこでも寝れちゃう派ですけど。
今日は疲れちゃったんじゃないかなあ我愛羅くん。知らない世界に、人に、見慣れない街に、慣れないこの状況に。

「…ゆっくり休んでね、」

今はただ、ゆっくりと。おやすみなさい我愛羅くん。



我愛羅くんが眠ったのを確認してから、彼を起こさないようにゆっくりとベッドから降りて静かに部屋を出た。
髪の毛乾かさないとな、ああでもドライヤーなんかかけたら我愛羅くんが起きちゃうかもしれない。それは非常に申し訳ないから、髪の毛痛んじゃうけど今日は自然乾燥にしておこう。まあこれ以上痛んでも今さら気にするような事じゃないし。
濡れた髪の水分をタオルで取りながら、パソコンの電源を入れた。企画まとめというやらなきゃいけない仕事があった事をすっかり忘れていた。これ今日やらなかったら明日絶対に残業確定。もし残業なんて事になったら帰るのが夜の9時とか回っちゃうし、そんな時間まで我愛羅くんを一人になんて絶対にさせたくない。いや、ただ私が我愛羅くんと一緒に居たいだけなんだけど。キーボードを叩きながら思うのは、本当に我愛羅くんはどんな世界から来たんだろうという事。だってあんな小さな子が簡単に「人を殺したり」とか言っちゃうんだよ。それはもうとてつもない世界を想像してしまっている。まあその件に関しては明日の夕食時にでも我愛羅くん本人に聞いてみよう。

やり残した仕事を片付けながらも思考回路のほとんどは我愛羅くんの事しか考えてなかった。こんな時に仕事なんてやってられるか、というのが正直なところ。
ふと時計に目をやると日付が変わってしまっていた。そろそろ私も寝ないと寝坊をしてしまう恐れがあるな。…と、その前に、お風呂で流してしまった水分を補給しておこうじゃないか。寝室へ向かう前にキッチンへ向かってお茶を飲むことにした。

…この時の私はまだ、我愛羅くんの心の闇の深さを知らなさ過ぎた。




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