自分がご飯を食べ終えた食器を鼻歌混じりで洗っていると食事を終えた我愛羅くんが私の元まで自分の食器を持ってきてくれた。鼻歌を歌ってしまうほど私が上機嫌なのは、我愛羅くんに初めて名前を呼ばれたことがホントに嬉しかったから。我愛羅くんと出逢ってまだ少ししか時間は経ってないけれど、ちょっとは私に心を開いてくれたのかな、なんて思う。そしてしつこいのは解ってるんだけど、いちいち可愛すぎる彼の行動。
我愛羅くんの行動に私の胸が毎回きゅんっという音を立ててくれる。どうしてこんなにも私の母性本能を擽ってくれるんだこの子は、ふふふかわいいやつめ。
食器を洗い終えてから部屋に戻ると我愛羅くんはソファーに行儀よく座ってテレビに視線を向けていた。我愛羅くんの世界にはテレビとかあるのかな、漠然とそんな事を思いながら私は我愛羅くんから少し離れた隣に腰を降ろした。

「我愛羅くん、そろそろお風呂入って寝ようか?」
「……う、ん、」

テレビに向けていた視線を私に移した我愛羅くんは、目をぎゅっと閉じたり開けたりを繰り返していた。本当は眠たいけど寝ないように踏ん張っているかのよう。それが彼が里のみんなから「化け物」と呼ばれる理由のひとつであり、彼の目の周りが黒く縁取られた理由であるなんてこの時の私はもちろん知らない。

「さ、早くお風呂に入って青春の汗を流してこい少年」
「……、うん…?」

なんか一言くらい突っ込もうぜ少年。そんなに冷静に頷かれてスルーされてしまうなんて恥ずかしいにもほどがある。スルースキルに磨きがかかってるな我愛羅くん。あの公園で私が初めて我愛羅くんに声をかけたあのギャグも見事にスルーしてくれたし。それともアレか、私の笑いはツッコミを入れるまでもなく寒いってことか。もう少し笑いの腕を磨かなきゃ。大阪にでも行って本場の笑いを勉強してこようか。いや何を真剣に考えてるんだ私は、笑いを勉強したところでどうするよ。お笑い芸人にでもなるつもりか。とりあえず心中で自分に「なんでやねん」とツッコミを入れておいた。

「着替えはここに置いておくね。それと、シャンプーとかは……、あ、んん…?」
「…、どうしたの?」
「我愛羅くんとこのお風呂って、どんな感じなの?」
「…どんなって、普通の」
「ですよねー」

まあ想定内の答えだわ。というかそもそも我愛羅くんの世界ってどんな世界なんだろうホントに。砂を扱うとか聞いた時点でとてつもなくファンタジーな世界を想像しちゃってるんだけど。文化もココと少しは違うだろうし。
まあ知っておいた方がいいんだろうけどそれは後でいつでも聞けるし、とりあえず今はお風呂が先かな。だって我愛羅くんすっごく眠たそうなんだもん。そりゃあもう良い子は寝る時間だしね。

「シャワーって、我愛羅くんとこのお風呂にある?」
「、うん、あるよ」
「じゃあ使い方とかは大丈夫だね!シャンプーとかは置いてあるのを使ってね」
「うん、」
「ん、じゃあこのタオル持ってはい行ってらっしゃい!」

頭にびしっと手を当てて敬礼するかのようなポーズを私がすると、我愛羅くんは一瞬目を丸くさせてからはにかんだように小さく笑って、おずおずとしながらも「行ってきます、」と返してくれた。
わ、なに今の超かわいいんですけど。心臓ばちこん撃ち抜かれたぜおい。こんなかわいい子とこれから生活していくんだよね。私の心臓持つのかな。我愛羅くんのあまりの可愛さに頬を緩ませながら、私はお風呂に向かう我愛羅くんの背中を見送った。



私が自分の服と我愛羅くんが今さっきまで着ていた服の洗濯を済ませてる間に我愛羅くんはお風呂から出てきた。…のはいいんだけど、一人暮らしで彼氏も旦那様も居ない非リアな私はもちろん子供服なんてものは持ってない。まあ自然な流れのように私の服を我愛羅くんに着せることになる訳だけど、どう見ても足りないよね。手と足の長さが。いや我愛羅くんの手と足が短いって訳じゃないよ。上も下も裾が余っちゃって服に着られてる感がハンパない…ところがまたかわいいから困る。

「やっぱり大きいなー。今度買いに行くからしばらくはコレで我慢してね我愛羅くん」
「…うん、大丈夫だよ」
「いい子だね、」

まだ少し濡れている我愛羅くんの髪をくしゃりと撫でれば、我愛羅くんは擽ったそうに目を細めた。なんだこのけしからん生き物は。抱きしめたい抱き着きたいぎゅってしたい。ああもう私ダメだ。
我愛羅くんが可愛すぎて本物の変態へと化している気がする。もうこの際変態でもいいや、うん。我愛羅くんが可愛すぎるのが悪い。変態でなにが悪い。

「…、××、」
「うん?」
「××はまだ、お風呂に入らないの?」
「もうちょっとしたらね。その前に我愛羅くん、髪の毛乾かさなくっちゃね。早く乾かさないと髪が痛んじゃう」
「うん、」

ドライヤーを手に持って我愛羅くんの元へ戻ると不思議そうな顔をされた。まあ、そりゃあそんな顔にもなるよね。でもお姉さん我愛羅くんの髪を乾かしたいな。こういうのやってみたかったんだよね。

「ここ、座って?」
「…?」
「我愛羅くんの髪を乾かしたいなーとか、思ってます」
「…××が、僕の髪かわかしてくれるの?」
「是非やらせてください。あ、でも嫌だったら嫌って言ってくださいまし」
「……、いい、よ」

我愛羅くんからの許可が出ました。やったね。なんだか我愛羅くんの顔が少し俯き気味なのは照れてるのを隠しているんだろうか。今の私の顔ってきっとどうしようもなく緩んじゃってるんだろうな。自分の顔を想像したら想像通り気色が悪かった。
ドライヤーのスイッチを入れながら我愛羅くんの赤い髪にするりと指を絡ませる。
わお、さすが子供の髪なだけあって柔らかいなあ。ヘアカラーを繰り返して傷みっぱなしの私の髪とは大違い。羨ましいなあと思いつつ触り心地の良い我愛羅くんの髪に指を滑らせていく。ふと我愛羅くんの顔を見てみれば、両目をピタリと綴じてウトウトしかけていた。こういう猫ちゃんとかよくいるよね。撫でてたらいつの間にか寝ちゃいましたみたいな。少しくらい心を許してくれてないと、赤の他人の前で眠ったりなんかできないよね。なんて、もう眠ってしまいそうな我愛羅くんの髪を乾かしながら都合の良い解釈をした。…ああ、今日の私は頬の筋肉が緩みっぱなしで本当に気色が悪いな。




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