正直、俺自身ひどく参ってるんだと思う。訳も分からないまま1人でポケモンも居ない、知り合いも誰1人居ない世界に迷い込んで。それでも俺は、運がいいんだと思う。この世界で初めて出会った人間が××で、コイツは何も言わずに俺をココに置いた。××には悪いと思ってるし、すげぇ感謝もしてるけど、本当にこのまま彼女に甘えてもいいのだろうか?
それに冷静になって考えてみると、いくら成り行きでこうなったとは言え、この状況ってかなりヤバくないか?
そう色々と考えてはみるんだけど、実際俺には行く宛てが無い訳で、じたばたしたってしょうがないということ。
ふと聞こえてきたシャワーの音に、何故か早くなる心拍数。相当参ってんだな、俺は。
そっと指で自分の頬に触れ、ぎゅっとつねってみればジンッと痛みを訴えた俺の頬は、少し赤くなった。

「…ってぇーよクソ…」

小さく呟いた行き場のないこの言葉は、紛れもないこの現実を確かめるように、辺りに響き渡った。



「……誰、でしたっけ?」
「…早く顔洗ってこい」
「…ストーカー?」
「だからちげぇーよ!」

この世界に来て××のお世話になり始めてから早3日と経つのに、コイツはいまだにそれに慣れていないのか毎朝「誰?」と俺に問う。
事が急すぎてそうなるのは分からなくもないけど、そろそろ慣れろよ、とも思う。

「仕事は?」
「今日はお休みです。グリーンさんは?」
「んー…外さみーしめんどいから今日はやめとく」
「そうですか」

××が仕事に行っている間に俺は何をしているのかというと、とりあえず元の世界に戻る手掛かりが無いか外を歩き回ってみたり、図書館に足を運んだりしている。
初めてこの世界の図書館に行った時の失望感は、忘れもしない。この世界は俺がいた世界とは違う、と頭の中ではちゃんと理解をしていたつもりなのに、俺がいた世界とは異なるこの世界の地図を実際にこの目で見て、なんだかやるせなくなった。
俺が住んでいた世界とは似て異なる、見覚えのない形をした世界、全く聞き覚えのない地名(関東には少し驚いたけど)、今さらながらに現実を叩きつけられたような気がした。
図書館に行ったはいいものの結局手掛かりなんてもんは見つからなくて、それはこの世界の街を歩いてみても同じだった。
街の中を行き交う人たちも、見上げれば鮮やかな青色が広がるこの空も、俺がいた世界とは似ているようで、だけど全く何かが違う。
そうしたこの3日間手掛かりらしきものは全く何も得られなくて、さすがにこの俺でも少し諦め気味になる。
まあ諦めたってより、なるようにしかならないってのが現状。

「グリーンさん、」
「あ?」
「甘いもの食べませんか?」
「別に、食ってもいいけど」

よかったーと××はニコッと笑って冷蔵庫からそれを取り出した。そういえば昨日、仕事から帰ってきて早々××は冷蔵庫にいそいそと何かをしまっていた。その何かが、今俺の目の前にあるものだ。
食ってもいいなんて、言うんじゃなかった。

「…見ただけで限界を感じるこれを2人で食べるのか?」
「見ただけで糖尿病になりそうなこれを2人で食べるんです」

冷蔵庫から××が取り出したそれは、甘ったるそうな生クリームをふんだんに使ったケーキだった。それはかまわないけど、1番謎なのは何故それがホールなのか、ということ。

「…これをホールで買ってきた理由を述べろ」
「すごく美味しそうだっから食べたいと思ったんだけど、ホールでしか売ってなかったんです。てへへっ」
「おーまーえーなー…」

はぁ、と呆れたようにため息をつけば、××はまあいいじゃないですか、といそいそとそのケーキを切り分け始めた。

「は?おまえ、ちょっと待て」
「え?」
「これはなんだ?」
「なんだって、ケーキですが」
「いや知ってるよ」
「じゃあ何なんですか?」
「いや何なんですかじゃなくてな?手元をよーく見てみ?」

××はケーキを切り分けている自分の手元をよーく見てから、顔を上げて俺を見た。
その時の××の不思議そうな顔といったら。

「なんか、おかしいなーと思うところはないか?」
「…ない、ですけど?」
「いや、あるだろ。ありまくりだろこれ」
「えー?」
「なんで半分こにしてんだ?」
「…なんでって、1つのものを2人で食べるのに半分こするのは普通ですよ?」

なに言ってんだ、とでも言いたげな××の顔。それもそうだろう。1つしかないものを2人で食べるには、半分にするのが普通だ。だがそれは物にもよるだろう。
どこの世界にホールケーキを半分ずつにして2人で食べる、なんてヤツがいるんだよ。いねーだろ?それともなにか?この世界ではそれが普通なのか?

「…もちろん、全部を今食べ切るわけじゃねーよな?」
「え、今食べないでいつ食べるんですか?」
「いや、適当に切り分けて残りは冷蔵庫とかな?」
「冷蔵庫が狭くなっちゃうじゃないですかー」

はいどうぞ、と半分に切り分けたケーキの片割れをズイッと俺の前に差し出す××。こんな半月みたいな形をしたケーキ、食ったことねーよ俺。
それでも××が、わー美味しそうだなんてキラキラと目を輝かせるもんだから、俺はもう何も言えなかった。




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