今私の手の中にあるものは、ケータイくらいの大きさの小型な機械。そう、これはこのポケモンの世界でいうポケギアというもので、電話が出来たりラジオが聴けたりと大変便利な代物。
何故その持ってないはずのポケギアを私が持っているのかというと、言わずもがなグリーンくんの仕業である。いつも通りピカチュウの目覚まし時計で目を覚まし軽く身支度をしてリビングに降りたら、朝食と一緒にテーブルに並んでいた小さな箱の中身がこれだったという訳だ。

「俺の番号はもう登録してあるから、なんかあったら絶対に直ぐにかけてこいよ」
「う、うん、ありがとうグリーン…!」

前までの私だったらきっと、こんな高価なもの貰えないとかグリーンに迷惑かけると悪いからとか色んな理由をつけて貰うのを拒んでいただろうけど、ガーディの一件以来少し変わりつつある。

もちろんグリーンに頼って迷惑をかけていることは変わりないけど、もうあんな事が起きないようにする為にも連絡手段は必要だ。まだまだ私は無力だから、グリーンやレッドにナナミさん、色んな人に頼らなければならない事がたくさんある。それにもしここで拒んだら、あーだこーだとグリーンの長い長いオカン節を食らうこと間違いない。
説教でこってりしぼられるのは勘弁していただきたいけど、それだけ心配されているのは嬉しいような…なんと言うか、とても複雑な心境だけど。

とにもかくにも、このポケギアはありがたく頂戴して、肌身離さず持っていなくては。

「まあ使い方はその内慣れてくるだろ。ケータイだったか?あれと似たようなもんだからな」
「うん。ほんとにありがとう!大事に使うね!」
「おう。あーそれと、お前の番号だけど……」

グリーンが何かを言いかけたその時、ピピピピピ!という機械音が響き振動が手に伝わる。

「えっ、なに?なんで??」

今グリーンに貰ったばかりのポケギアなのに、一体誰からの着信?困惑しながらグリーンとポケギアを交互に見ると、グリーンが「出てみろよ」というので、恐る恐る通話ボタンを押してみる。

困惑気味にもしもし、と電話に出ると、どこかで聞いたような声が受話器から聞こえてきた。

「あ、××さんですか?」
「はい、××…です。えっと…あれ?」
「あら、グリーンくんからまだ聞いてないのね、ごめんなさい。トキワシティにあるポケモンセンターのジョーイです」

どうしてジョーイさんがこのポケギアの番号を知っているのか、それは今の会話の流れからグリーンの仕業である事が分かった。
そしてジョーイさんが「わたし」に電話をかけてきたその理由、思い当たる事があるとすればそれは恐らく…

「ガーディ、のことですか?」
「ええ、そうよ。そのことなんだけど…」
「な、なにかあったんですか!?」

思わずポケギアを握る手に力が入る。
傷が悪化してしまったとか、私と一緒に来るのが嫌になって逃げ出したとか、次から次へと不安な要素しか浮かんでこない私に、慌てたようなジョーイさんの声が耳に届く。

「ううん、なにかあった訳じゃないの。落ち着いて××さん。悪い事じゃないのよ」
「え、あっ、ごめんなさい…」
「うふふ、いいのよ。それでガーディなんだけど…もう傷は完治したからいつでも引き渡せるわ」
「ほ、ほんとですか…!」

安堵したからか手の力がふっと抜けてしまいポケギアが滑り落ちそうになったところを、ギリギリで持ち直した。数分前に大事に使うとか言っておいて、本人の前で落とすなんてさすがにダメだよね。
連絡ありがとうございました、とジョーイさんとの通話を終わらせグリーンを見ると、どうやら彼には電話の内容が筒抜けだったようで。

「で、いつ迎えに行くんだ?」

私としては、もう今すぐにでもガーディを迎えに行きたいところなんだけども。でも今はまだジムのお手伝いの真っ最中。ジム内の掃除もしなくちゃだし、グリーンがまとめた報告書やら書類の整理もしなくちゃだし…なんて考えもグリーンにはまるっと全部お見通しだったようで、

「行ってこいよ××。別に急いでやる仕事じゃないし、後でやりゃいい」
「で、でも…」
「今すぐにも行きてーって顔してるヤツにダメだっていうほど鬼じゃねえよ」
「うん、ありがとう…じゃあ行ってくるね。すぐ戻って仕事するから!」

おう行ってこい、という言葉に背中を押されるように、私はトキワシティのポケモンセンターへと向かい走り出した。




毎日のように通うマサラからトキワへの道程にも慣れたもので、次から次へと遭遇する野生のポケモンたちとのバトルもさほど苦労する事はなくなり、順調に進めるようになった。
最初と比べると、バトルを上手く運べるようになったんじゃないかと自分でも実感できて、たまらなく嬉しく思う。もともと、私には勿体ないくらいピカチュウのバトルスキルも高いんだろう。

良いパートナーに巡り逢えたんだな、とつくづく思う。野生のポケモンとのバトルを幾らか繰り返してたどり着いたトキワのポケモンセンター。

自動ドアをくぐると、天使の笑顔を振り撒くジョーイさんが私を迎えてくれた。
ジョーイさんと他愛のない話をしている間にも私はずっとソワソワしていて、それを見兼ねたジョーイさんが笑顔でガーディのいる部屋まで案内してくれる。深々と頭を下げてジョーイさんにお礼をして部屋のドアを開ければ、もう包帯は巻かれてないガーディがそこに横たわっていて、私の姿を捉えるとわふっ、と元気に鳴いた。

「っ、ガーディ…元気になって、良かったね…!」

ガーディは身体を起こしお座りの状態になり、私は今すぐにでも抱きしめたい衝動をなんとかおさえながら駆け寄り、ガーディと目線を合わせるようその場に座り込んだ。

「…っほんとに、良かった…」

元気そうなガーディの姿に、涙腺がじわじわと熱くなっていくのを感じた。それをなんとか必死で押さえ込もうとする私の頬を、ガーディが舌先で心配そうに触れる。私が心配されてどうする。
しっかりしなくちゃ。私はもう、この子のトレーナーなんだから。

「…っよし、それじゃあガーディ、」
「わおん?」
「改めまして、私は××。これから末永くよろしくね!」
「わふっ!」

肩にかけていた鞄からモンスターボールをひとつ取りだし、ガーディに向けてボタンを押す。ボールの中から伸びる赤い光に包まれるガーディの身体はボールの中へと吸い込まれ、カタカタと揺れるボールは直ぐに大人しくなった。



「…で、そっちでの動きは?…そうか、分かった。……ああ、そうしてくれ」

通話を終わらせポケギアを仕舞うと同時に、軽いため息が漏れた。

「…こっちよりはジョウトの方が危なそうだな、」

ワタルからの情報によると、ロケット団の残党の拠点は今のところはジョウトだ。もちろん違う地方だからといって放っておく訳にもいかないが…

××がジョウトに行かない限り危ない目に合わせる事はないだろうと思っていた矢先、じいさんからの電話により俺は頭を悩ませる事になる。

「××に頼み事って…××じゃないとダメなのかよ?なんだったら俺が…」
「お前はジムがあるじゃろう。最近サボり気味だとナナミから聞いておるぞ」
「や、実際暇だしよ」
「ばかもの!ジムリーダーたるものジムを守らんか!…ともかくじゃ、××くんにも直接話してみるとするかの」
「っ待ってくれじいさっ…切りやがった!」

俺がこんなにも頭を悩ませなければならない××への頼み事とは、ジョウト地方にあるワカバタウンのウツギ博士からじいさんに届け物があるらしい。いつもなら助手の誰かに行かせるが、今に限って手が空いている助手がいないらしい。

あの××の事だ。じいさんの話を聞いたら興味津々に目を輝かせて、行きたいと言うに違いない。

……さて、どうしたものか。




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