ゆっくりとドアを開け部屋の中に入ってみれば、身体のあちこちに包帯が巻かれ痛々しい姿をした小さな獣が横たわっているのが目にうつる。
私の存在に気付いたその子は、横たわったままこちらに視線を向けるとそのままじっと私の姿を捉えているようだった。

怯えている様子でも怒っている様子でもなく、ただじっとこちらを見据えている。
威嚇されたり吠えられたりするんじゃないかと色々と覚悟をして部屋に入ったのだけど、予想外な様子に私は拍子抜けしてしまって身体の力が抜けた。
この子が今なにを思っているか全く分からないけど、この子にちゃんと、私の気持ちは届くのだろうか。

いや、届けるんだ。それを伝えてこのガーディがなにを思うかは私には分からないけど、知ってほしい。私のことを。

「、あ…私××っていうの。この子はパートナーのピカチュウなんだけど、」

言いながら腰についたモンスターボールに手を伸ばしボタンを押せば、ボールの中から赤い光が伸びてピカチュウの姿が現れる。キョロキョロと周りを見渡してからガーディの姿を見つけたピカチュウは、ガーディに向かって「ちゃあ!」と挨拶をするように手を上げた。
ガーディは一体どんな反応を見せるだろうか。可愛い2体の様子をじっと伺っていると、ガーディは小さな声で「クゥン…」と鳴いた。
ああ、良かった。どうやらピカチュウの挨拶には応えてくれたみたいだ。

「…うん、ありがとうガーディ。ピカチュウと仲良くしてあげてね。よろしくね、」

ガーディににこりと笑いかけゆっくりと手を伸ばしながらまた噛まれたりするかもなんて不安が過ったけど、そんな不安の心配もなくガーディは大人しく頭を撫でさせてくれた。
目を細め大人しく撫でさせてくれているその様子はまるで、気持ちいいと言っているように見えて…何とも言えない気持ちになった。

「…あのねガーディ、私…あなたに伝えたいことがあって…」

頭を撫でながら話を続ける私の声に、ガーディは耳を傾けてくれるようにこちらを見る。

なんて伝えればガーディに届くだろうか。なんて考えても意味ないか。思っていること、伝えたいことを、素直にぶつけるだけだ。

私たちのところに来て、と。

「…私と…私たちと、一緒に来ない…?」

私の言葉を後押しするかのように、ピカチュウも「ぴかぴ!」とガーディに向かってジェスチャー付きで鳴く。ガーディは私とピカチュウを交互に見て、黙ったままじっとこちらの様子を伺う。

しばらくの間、部屋が静寂に包まれる中で私の思考は不安と期待がぐるぐるとループする。

やっぱり、あんな目に合わせた人間と同じ人間に一緒に来てほしいなんて、無理な願いなのだろうか。そんな簡単に人間を信じるなんて…
応答がないガーディに半分諦めかけたその時、指先に伝わったのは生暖かい独特な感触。ちろちろ、と小さな舌先で触れられたその指先は、以前この子に噛まれた部位だった。
あの傷は軽かったから今はもう痕なんて少しも残ってないけれど、クゥン、と小さく鳴き舐め続けるその姿に、心がぎゅうっと締め付けられた。

恐怖と不安と傷付けられた傷みと哀しみと…そんな感情でぐちゃぐちゃだったこの子が、あの時唯一出来たそれを、謝ってくれてるのだろうかと私は都合よく解釈をした。

「わ、私…がんばるから…!もう、絶対にあなたを傷付けたりしない…!だからっ…」

真っ直ぐにガーディを見つめ溢れてしまいそうになる涙を必死でこらえながら訴えれば、わふっ、と鳴いたガーディはまた舌先で私の指先に触れる。

それはまるで、ガーディが私のことを信じると言ってくれたかのようで。

「ーっ、ありがとうガーディ…私たちを信じてくれて…これからよろしくね…!」
「ぴーかぴっ!」

もう絶対に、傷付けたりしないから。

傷付けさせたりしないから。

私がこの子たちを…守ってみせる。



××がガーディの部屋に入ってからしばらく経つが、やけに静かだ。だが多少の不安や心配は確かにあるものの、それほど深刻なものじゃない。

××がポケモンに好かれやすくなつかれやすいことは、じゅうぶん分かっているからだ。

それとは別のところに、深刻な不安や心配の要素が山ほどある訳で。

「……ロケット団、な…」

昔はそれこそよく聞いた名前だが、今となっては聞くことはなくなっていたその名前。だが何故か最近になってまたジョウト地方でその名前をちらほら聞くようになった。そして、××とガーディの出逢いにもその名前が関わっている。

ロケット団が何の目的で動いているのかは定かじゃないが、ひとつだけはっきりと分かっていること。

「……××を守れるのは、俺だけだ」

××を危険に晒す訳にはいかない。××を守れるのは俺しかいない。…もしかしたら、雪山に籠ってるあいつも同じ事を思ってたりしてな。

とにかくこれから先は、今まで以上に××の行動に注意しなければ。あんまりうるさく言うと××のヤツに鬱陶しがられそうだが。

「…、?終わったか…?」

さっきまで静かだったガーディと××がいる部屋から、何者かが啜り泣いているような声が聞こえてくる。まあ、この状況だったら考えなくてもその声の主は××しかいないだろう。

「…っんとに、どれだけ泣いたら気が済むんだよ××のヤツは」

苦笑を漏らしていると徐々にドアに近付いてくる人の気配と、啜り泣いているような声。ゆっくりと開けられたドアから現れた××の表情を見るからに、ガーディの前では泣くまいと必死で涙を堪えていたようで、かなり目が赤くなっている。

××の泣き顔を見たのは、もう何度目だろうか。そしてこれから先、どれだけ見ることになるのだろうか。できればもう、辛そうな彼女は見たくはないものだが。

「ぐっ…ぐりーん…っ、」
「…どうだったんだ?」
「、わた、わたしっ…この子たちを守りたいの…!だから、…だからー…っ」

涙を必死でこらえ下唇をきゅっと結ぶ××からひしひしと伝わってくるのは、強くなりたいという彼女の決意。それほどまでに、彼女にとってこのガーディの一件は悔しかったのだろう。
××を危険に晒したくないと強く思う一方で、大切なものを守りたい、強くありたいと願う××の気持ちが痛いほどよく分かるのが正直なところ複雑だ。

…だから俺も、それを改めて強く決意する。

××の笑顔を、この手で守るために。

「…ああ。分かってるよ。××には俺がついてんだから、心配しなくていい」
「う、うん…っ」

おつかれさん、と××の頭をくしゃりと撫でると、××は今までの不安や緊張が一気に押し寄せてきたのか堰を切ったように泣き出した。




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