「まだか××?早くしねえとそろそろ…」
「あとほんの少し待っ…!あ、ピカチュウはボールから出て出て!」

ポンッという軽快な音と一緒にまばゆい光の中から元気な姿を見せたピカチュウは、私の肩に勢いよく飛び乗った。最初の頃ピカチュウを肩に乗せるそれは結構な負担が肩にかかってたけれど、少しずつ慣れてきた。重いものは重いけど。
ピカチュウが勢いよく乗ってもピクリともしないレッドのような強靭な肩になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

「そいつ重くねーのか?」
「ちょっとだけね。レッドを見習わなきゃね!よし、行くよーピカチュウ!」
「ちゃあー!」

元気よく返事をしたその頭を一撫でし、グリーンと一緒にグリーン宅を後にする。

そして向かうは、お隣のレッド宅。

「っんとに…いっつもいっつも急過ぎんだよレッドの奴は」
「あはは、私も昨日はびっくりしたよ。いきなり「明日戻る」の一言だもんレッドってば」

そう。それは昨日、グリーンとレッドにバトルのことを色々と教えてもらった後のこと。私たち3人はお腹が空いたことからグリーンの家に行き、グリーンが振る舞った(私もちょこっとは手伝った!)ご飯を、ナナミさんも含めた皆で他愛のない話をしながら食べていた時にそれは急に来た。

「…俺、明日シロガネ山に戻る」

なんの前触れもなく唐突にレッドの口から放たれた「明日戻る」発言。

私とグリーンは声を揃え「はあ!?」と声を上げ、それを見たナナミさんは爆笑、レッドは苦笑。

「あのなレッド…なんでお前はいっつもそう急なんだよ?」
「数日前から考えてた。明日戻るって、」
「あ、分かった!レッドのことだから言うの忘れちゃってたんだよね?」
「うん、さすが××、正解。よく分かったね」
「よく分かったねじゃねえんだよ。数日前から考えてたんなら言えっての。大体お前は毎回毎回…」

…という具合に、ほのぼのとした食卓がレッドの一言により一瞬にしてグリーンの説教部屋になってしまった訳で。
始まってしまった長い長いグリーンの説教を私は苦笑しながら、レッドは食べることに集中しながら、ナナミさんは呆れながら聞き流していたけれど、だんだん耐えられなくなったのかナナミさんの「はいおしまい」の一言でグリーンの説教部屋は終わり、いつもの食卓に元通り。

そんなこんなで、今日はグリーンと一緒にレッドの見送りをしにきた訳で、今グリーンと私はレッドの家の玄関前に綺麗に肩を並べてレッドが出てくるのを待っている。

なんてことない、話をしながら。

「そういえばお前あれから、一回も勝ってねえんだって?」
「…グリーンくん。なんでそうやって傷口に塩をすり込むようなこと言っちゃうかな〜」
「ふはっ、わりわり。で、何連敗だって?」
「ぜんっぜん悪いと思ってない!」
「冗談だって。悪かった悪かった、」

たしかにアキエさんとのバトル後からジムの皆とバトルを幾度となく繰り返したけど、あれ以来勝った試しがない。自分でもびっくりするくらいの負けっぷり。そりゃ私はバトル初心者でトキワのジムの皆の足元にも及ばないのは分かってたけど、こんなに負けが続くと結構へこむ。
その上さっきみたいに、グリーンに意地悪なことを言われるし。まあ冗談なのは分かってるしホントはそんなに怒ってないけど、そう簡単に許してしまうのもなんだか癪だから、ぷんぷんオーラを目一杯出しておこう。

「おい××?ごめんって、」
「レッドまだかなー」
「無視すんなよ。××さーん?おーい、」
「ピカチュウ、レッド遅いねえ?」
「ぴっか!」

無視を決め込みながらチラリとグリーンを見ると、イケメンの罰が悪そうな表情が見えた。うわ歪んでても表情が整ってるなんて羨まし…じゃなくて、しょうがないなあ。

そろそろ許してあげようかな。

「…私の実力じゃまだまだだけど、いつか絶対グリーンからバッジもらうんだからね」

思いっきりどや顔で言ってやった。

「…へーえ、…そりゃあ、楽しみだな」

いたずらっぽく笑うグリーン。
まあそれは、いつになるのか分からない、遠い遠い未来の話なんだけれど。

「お、やっと出てきたか」

その言葉と同時に聞こえたガチャリとドアが開いた音と、物静かなトーンの「行ってくる」。ピカチュウを肩に乗せて、あの寒い雪山に戻るには軽装備過ぎる格好のレッドが出てきた。

っていうか…

「…半袖とかないよレッド…」
「……そう?」

小首を傾げるレッドに、コクンと頷くしかない。
だってシロガネ山だよ?シロガネ山ってたしかゲーム中だと頂上の方は雪が降ってたよ?しかもゲーム中のレッドは、一番吹雪いてる頂上にひとりで佇んでたよ?あっ、あのレッドも半袖だったかな、どうだったかな…。

「ま、こいつの体の強さは尋常じゃないからな」
「いくら強いったって…今まで病気とかは?風邪とか引かなかったの?」
「…ない、かな。たぶん」
「心配するだけムダだぜ××。こいつのことだから病気になってもわかんねえだろうし」

えええ〜…
レッドくんあなた、一体どんな体してるのよ…。これがあれか、巷で噂のスーパーサ○ヤ人じゃなくてスーパーマサラ人ってやつなのか…

「んー…あ、じゃあじゃあ!レッドが次に帰ってくるまでに、私マフラー編むよ!」
「はあ!?なんで××がレッドのっ…」
「それ、ほんと?…楽しみにしてる」

グリーンの言葉を遮り帽子の鍔を掴み少し深めにかぶるレッド。垣間見えたレッドのその口元は、緩んでいるように見えた。

そして来たる、しばしの別れの時。

「…じゃあ、俺そろそろ行くから、」
「急に帰ってきても驚くから、お前もうポケギア持てよな」
「…気が向いたらね」
「気をつけてねレッド!なるべく早く帰って…あ、でもあんまり早く帰ってくるとマフラーが…ううん、間に合うようにがんばって編むよ!」
「うん、ありがとう××」
「それからそれから…あああほら!ピカチュウもお見送りのあいさつあいさつ!」

時間が惜しくて、伝えたいことがまとまらない。
苦笑するレッドと呆れながら笑うグリーンにとりあえず落ち着けと言われ、一呼吸。

「ええっと…、色々とありがとう。レッドのおかげでポケモンの事とかバトルの事とか…すごーく勉強になりました…!」

ほんとにほんとに、感謝しても感謝し足りない。
初めてこの世界に足を踏み入れたとき、不安でいっぱいだった私は彼の優しい言葉と声に、何とも言えない安堵感を覚えた。レッドと会ってなかったら、グリーンとも会えなかったかもしれない。
それからロケット団とのバトルで助けてもらったこと、あの時は救世主が現れたと思った。あのバトルでピカチュウとガーディを傷付けたことでくじけそうになった情けない私に、まだまだこれからだよ、と言ってくれたこと。

それから、それから…

「…××、泣いてる?」
「んななっ、泣いてなっ…泣いてないよ!」
「またお得意の「鼻水だから」って言うのか?」
「はっ…鼻水だし…!!」

なんで私泣いてるんだろう。涙腺弱いなあ。
だけどこのシチュエーションはなんだか、グリーンが私がいた世界からこの世界へ戻ったあの時と、かぶってしまって。

なんだか寂しい。
当たり前のように一緒にいた人が居なくなるって、すごく寂しい。

「…××。」
「……うん、」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔、見られたくなくて俯いた。すると大きな手が私の頭をくしゃりと撫でて、物静かな優しい声が降ってきて。

「また、ね。」

それから、今度は豪快にぐしゃぐしゃっと撫でた。
とんでもないことになってるだろう髪型を少しだけ手で整えて、ぐしゃぐしゃになった顔はもう気にしていられない。

ちゃんと顔をあげて、レッドに言うの。



「っうん、またね…!」

ぐちゃぐちゃの顔で笑ってみせれば、レッドも小さく笑う。そしてあの大きなリザードンを繰り出し背中に乗り、大きな両翼を羽ばたかせるリザードンは一瞬にして大空へ。

だんだんと小さくなっていくリザードンを一生懸命目で追う。その姿が見えなくなるまで、ピカチュウも小さな手を思いっきりぶんぶんと降っていた。

「…行っちゃった」
「ま、どうせすぐ会えんだろ」
「そうだといいな…あ、そうだレッドのマフラーの色!考えとこ!」
「それマジで言ってたのかよ!」
「当たり前でしょ!っていうか考えるも何もないか。レッドは赤だよね!」
「あーはいはいそうかよ」
「それからグリーンは緑!ねっ!」
「…っ!…いや、ねって俺に言われても…」

この日のグリーンは、私が仕事でミスをしてもなんでか説教が短かった。



また会えるその時まで。




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