どうして彼の前であんなに泣いてしまったのか、それは自分が知りたいくらいで。
特に深い理由はないけれど、ただ泣いてなきゃやってられなかったんだと思う。本当は1番泣きたいのはグリーンさんのはずなのに、グリーンさんが笑うから。そんなグリーンさんの笑顔を見てたら、さらに泣きたくなった。



「…落ち着いたか?」

涙は止まったみたいだけど鼻水はズルズルだし、泣き顔を見られたことに恥ずかしいやら何やらで、グリーンさんの顔がまともに見れない。
出来れば見られたくないのだけど、グリーンさんはそんなのお構い無しに私の顔を覗き込み、ティッシュを差し出す。

「すっげー顔」
「うっ…るさい!」
「怒る元気はあんのかよ」

先に風呂入るわ、とグリーンさんは自分が食べた食器を流し台に片付けて、そのままお風呂に向かった。空気、読んだのかな。やっと鼻水のズルズルも止まった頃、お風呂の方から聞こえてきたシャワーの音。

「…そうだ…着替え、」

着替えといっても、もちろん私の家には男物の服はない訳で、とりあえず今はパジャマ用に買った私には大きいスウェットと、コンビニで買った下着で我慢してもらってる。
近いうちに男物の服買ってこないと、いくら洗濯はしているとはいえグリーンさんはずっと同じ服を着るはめになる。グリーンさんなら別に俺はいいけど、とか言いそうなもんだけど。
というか、今さらだけど、よく知りもしない男性を家に上げるっていうこの状況って、実はあまりよろしくない状況なんじゃないのか。いや私はグリーンさんを知らない訳じゃないけど、グリーンさんからしたら私は得体の知れない女な訳だし。
いやホント、今さらな話なんだけど。だってよく考えたらこの状況って、付き合ってる訳でもない男女が一つ屋根の下で一緒に暮らしてるって事だよね。しかも私の逆ナンからっていう、これなんてドラマ?
いや、こういった事を考えるのはやめよう。考えだしたらキリがないし、結果どうなるのか目に見えてる。
私はただ、彼があっちの世界に戻れるまで、彼のお世話をすればいい。元はと言えば私から彼を引き留めたのだから。

「××、牛乳くれ」
「うひゃぁっ!!」

いつの間にお風呂から出たんだよこの人。湿った髪をタオルで拭きながら人の後ろに立つな!しかも何故に半裸なのか?
私の頭では、全く理解ができませんよホント。そりゃあ素っ頓狂な声も出るはずだわ。

「…可愛くねー悲鳴だな」
「そうさせたのは誰ですか」
「そんな睨むなって」

悪い悪い、とスウェットに腕を通すグリーンさん。こんなに心臓に悪いと思ったのは、小学生の時に初めてお化け屋敷に入った時以来だわ。
間近で見たグリーンさんの半裸に少しだけ早くなった鼓動を落ち着かせるように、私は平然とした態度を装った。

「…そういうのは、彼女の前でだけにしてくださいね」
「そんなもん、いねぇけど」
「なんか意外。グリーンさんなら彼女の1人や2人いると思ってたんですけど」
「2人はおかしーだろ2人は。どういう目で俺を見てんだ」
「……必殺遊び人?」

おまえなぁ…とか何とかぶつくさ言いながら、グリーンさんは不貞腐れたように差し出した牛乳を飲んでいた。

「そんなもん、いねぇけど」

その言葉がしつこいくらい頭の中をループして、何故かホッとしてしまったのはどうしてなのだろうか。
ああ、きっとあれだ。もしグリーンさんに彼女がいるのなら、今こういった状況になっている事が申し訳ないな、という罪悪感から逃れる事ができたからだ。きっとそうに違いない。
ふとグリーンさんを見れば私の言葉がよほど納得がいかないのか、いまだに不貞腐れたような顔をしている。

「××はさ、」
「…何ですか?」
「…や、何でもない」
「…?」

何なんだろう。途中で止められたら、気になって仕方がないじゃないか。不思議そうに首を傾げてグリーンさんを見ても、彼は「何でもねー」の一点張りで、口を開こうとしない。
だからって無理やり聞こうなんてそんな間柄じゃないし、グリーンさんはグリーンさんで頬杖つきながら視線はどっか彼方だし、何よりもどうにかしたいのは何とも言えないこの気まずい雰囲気。それを先に破ったのは、どっか彼方を見ていたグリーンさんだった。

「なぁ、風呂」
「え?」
「早く入んねーと、お湯冷めるけど?」
「あ、ああ、そうだった!」

グリーンさんに言われるがまま、私は慌てたように自分の着替えを準備してから、パタパタとお風呂場に走った。
正直、グリーンさんが何を言いかけたのか気になって仕方がなかったにも関わらず、お風呂を出る頃には忘れてしまった。
私がお風呂に向かう寸前、グリーンさんが少し短いため息をつきながら私を見ていた事を、私は知らない。




- ナノ -