「ぴ、ぴぴ、ピカチュウ!いつも通りね!いつも通りで頑張るよ!」
「ぴーかちゅっ!」
「いつも通りじゃねえのはお前だろ××。緊張しまくってんなー」
「だだだって!トレーナーとのバトルは初めてだから…!」
「分かるけど落ち着けって××。緊張し過ぎてもバトルで冷静な判断が出来なくなるからな」
「う、うん。こういう時は…」

深い呼吸を何度か繰り返して自分の手の平をじっと見つめれば、足元にいるピカチュウが私を不思議そうな顔をして見上げる。今まで緊張する度にやってきた効果があるのかどうか微妙な感じのおまじないだけど、やれるだけの事はやっておこう。
手の平を指でなぞっていると、隣にいるグリーンから何故か呆れたような大きな溜め息がひとつ漏れ、レッドは何故か帽子を深めに被り直していた。最近気付いた事があるんだけど、レッドは笑う時に帽子を被り直す癖があるみたい。

「…××ってホント、お約束な奴だよな。今「人」じゃなくて「入」って書いただろ」
「ええっ、ホントに!?私ちゃんと人って書いて、」
「なかったからな。なあレッド?」
「……うん。まあ、そんな時もあると思うよ××」
「レッド、それフォローしてくれてる?…なんか二人とも、私の恥ずかしいところばっか見てるよね」
「別に見たくて見てるんじゃなくて××が勝手に見せてんだからな?」
「うっ……、」

確かに二人の前では何回も辱めを受けたし見せてきたけど、お約束とかそんな言い方をされると毎回私が恥ずかしい事をしてるみたい。いや実際そうなんだけど。
気を取り直して手の平に3回「人」と書いて、それを飲み込んだ。完全に緊張がほぐれたとは言えないけれど、おまじないをやる前と比べたら少し落ち着いたような気がする。
足元にいるピカチュウは緊張感たっぷりな私とは対照的で、充分なやる気と凛々しい面構えを見せてどっしりとした姿が頼もしい。
そんなピカチュウを見ていると、不思議と緊張感が少しずつ薄らいでいく。初めてのパートナーがこの子で本当に良かった。

「さーて、そろそろ行かねえとアキエがうるさそうだな」
「バトル頑張ってね、ピカチュウも××も。」
「うん、ありがとう。行こっかピカチュウ。頑張ろーね!」
「ちゃあ!」

ピカチュウの頭を一撫でしてからバトルフィールドへ向かう。待ちくたびれたような様子を見せるアキエさんと目が合えば少しだけ早くなる鼓動、次の瞬間にはアキエさんのヤドキングがその場に繰り出される。
少しピリッとしたその光景に、少しほぐれかけていた緊張感がまた高まって一気に襲い掛かってくる。だけどロケット団と初めてバトルをした時ほどの不安は感じない。
ここ何日間はグリーンとレッドに見守られながら野生のポケモンとのバトルを繰り返してたおかげかバトルに慣れたのもあるけど、きっとそれだけじゃない。
それはピカチュウから、絶対負けない、勝つ、という思いがひしひしと伝わってくるから。ピカチュウの思いが私の背中を押してくれて、不安を拭って自信を引き出してくれてるから。そんな、気がする。

「××ちゃん、手加減無しでいくから覚悟してよね!」
「は、はい!よろしくお願いしますアキエさん!」
「攻めるわよ、ヤドキング!」

アキエさんからヤドキングへの指示がバトル開始の合図になり、指示に従って素早く動いて攻撃体制に入るヤドキング。ちらりと後ろを振り返り私を見て指示を待つピカチュウに、私は力強く頷いた。

…うん、大丈夫。私たちなら、きっと勝てるよ。

そんな思いを込めて。

「っ、ピカチュウ避けて!隙ができたら攻撃を仕掛けて!」

ヤドキングから次々と繰り出される攻撃を持ち前の素早さで避けていくピカチュウは、隙をついて攻撃を仕掛ける。だけど、ヤドキングが回避体制に入っていた為にピカチュウの攻撃は決定打にはならなかった。

ヤドキングのタイプは水、エスパーだったはず。それならこのバトルは、電気タイプのピカチュウの方が相性は有利だよね。ヤドキングの弱点をついていけば、このバトルはきっと勝てるはず…!

「ピカチュウ、でんじは!」
「、避けるのよヤドキング!」

アキエさんの指示に従ってヤドキングは素早く後退するも、それを上回るスピードでピカチュウがヤドキングに向かいでんじはを放つ。
どうやらこの子は、素早さが極めて高いらしい。ピカチュウが放ったでんじはが直撃したヤドキングは、麻痺状態に陥って少し動きが鈍くなる。その隙をついてピカチュウが続けて電気ショックをヤドキングを目掛けて放出した。
ビリビリと音を立てながら宙を舞いヤドキングに向かう黄色い閃光に、一瞬怯んだヤドキング。

このバトル、勝てるかもしれない。

じわじわと沸き上がるのは緊張感と興奮が混ざったような、何とも言えない感覚。何だろう、この感じ。
ピリピリとした緊張感に鳥肌、どくりと大きく脈打つ鼓動にじわりと汗が滲む手の平。
不安とは、違う。興奮しながらも緊張感が刺激になって、なんかもうよく解らない感覚なのに決して嫌な感じじゃない。初めて感じる感覚に身体が奮える。目に映る光景は焼き付いて離れない。もう少し、もう少しだ。このバトル、きっと私とピカチュウは勝てる。

…きっとこれが、ポケモンバトルというものなんだ。

「、これで終わらせる!ピカチュウ10万ボルト…!」

ピカチュウの電気ショックを受けてふらつくヤドキングが体制を立て直す前に、10万ボルトを素早く放つ。轟音と共に放たれたまばゆい閃光は、ヤドキングを目掛けて真っ直ぐに飛んだ。

「っ!ヤドキング…っ!」

土埃が舞う中、アキエさんの声に応えようと身体をピクリと動かしたヤドキングは、立ち上がる事が出来ずに力無くその場に倒れ込む。静寂に包まれたバトルフィールドに審判をしていたグリーンの声が響き渡ったその瞬間、私とピカチュウは抱き合って歓声を上げた。


きっと、これがこの世界での本当の最初の一歩。




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