部屋中に鳴り響く目覚まし音。
毎日私に朝を知らせてくれるそれは、タマムシシティでグリーンが買ってくれたピカチュウ型の目覚まし時計。その目覚まし音が、これだ。

『ぴっぴかちゅう!ぴっぴかちゅう!ぴっぴかちゅう!ぴっぴかちゅう…』

なんということでしょう。
姿形がかわいいだけでなく、目覚まし音までかわいいピカチュウ目覚まし時計。これが一般的な目覚まし音だったら強めに叩いて止めること間違いない。しかしこんなにもかわいい姿でこんなにもかわいい音を出されたら、そんな酷いことができるはずもなく。最初の頃は目覚まし音なのかピカチュウ本人の仕業なのか、よく分からなくなってた。今はもう慣れたけど。
そして今日も可愛い目覚まし音で私を起こしてくれたそれを解除して、私はいつものように軽い身支度をしてピカチュウと一緒にリビングへ向かう。

あくびをかみ殺しながら階段を下りるその途中から、ふわりと鼻を掠めるのは焼きあがったパンのいい匂い。きっとベーコンも、ちょうどよくカリカリに焼きあがってるんだろうな。もうその匂いだけでよだれが出ちゃうの域を越えて、想像するだけで味が口の中に広がる…

って想像力豊か過ぎるだろ私。

「グリーン、おはよう」
「おう。朝メシ出来てっからな」
「わ、おいしそー!階段おりてる時からすごくいい匂いしててさ、お腹ペコちゃんなんだよね!」
「よーく噛んでゆっくり食えよ」
「分かったよお母さん!」
「誰がだよ!…ほら、コレも」

言いながらグリーンから差し出されたそれに、私は目を輝かせる。その甘い甘い、だけども少しだけビターな香りを放つそれは、その匂いだけで私を幸せな気分に連れて行ってくれる。

「待ってました!グリーンのココア!私の1日はこれを飲んだ瞬間からはじまるの…!」
「なに言ってんだ。コレ熱いから気をつけろよ?ぜってーだぞ!」

そんな念押しして言わなくても…あのねえ、そんなこと言われなくても子供じゃないんだから大丈夫ですって。私はあれか?朝から部活の朝練で急いで朝食を食べる中学生男子か?

「わかってますよー…っぅあっちぃな!」
「…人の話聞いてたか?」
「……おみずくだひゃい…」

それを待ってましたと言わんばかりに、グリーンから差し出された氷水。なんなの?グリーンには私の未来でも見えてるの?たまーにグリーンがこわい。それにしても…なかなかの温度だった。口の中火傷したっぽいけど、チーゴの実とか食べても治らないかな…。

「お水ありがと。あー口の中ひりひりする…」
「だから気をつけろっつっただろ?ったく…」

私のお約束に呆れ顔なグリーンも向かい側に座り、食事を食べ始める。

……あれ、なんか人が足らないよね。

「グリーン、ナナミさんは?」
「ああ、ナナミならじーさんの手伝いとかで朝早くに出てったぜ。…っていうかお前、ナナミと一緒の部屋なくせによく起きねーよな」
「ぐ、ぐっすり眠れてるってことじゃない!?」
「それにしては寝起きわりーけどな」

こ、これは言い返せない。
なにかないか考えながら言葉を詰まらせていると、意地が悪い笑みが降ってきた。なんか腹立つな…!
でも最近はピカチュウ目覚まし時計のおかげか、寝起きはそんなに悪くないはず…なんだけど。

「そういや今日だったか?ポケセン、」
「あ、うん。今日の診察で異常がなかったら退院できるみたい!」

言うまでもなく、それはロケット団に痛めつけられていたガーディのこと。

「退院できたら、××はどうするつもりなんだ?」
「えっとね…できれば私が引き取りたいんだけど…」

トーストをかじりながらチラリとグリーンの様子をうかがえば、難しい顔をしてうーんと小さく唸り、テーブルに置いた指でトントンとリズムを刻んでいる。

ああ、これはやっぱり…

「…ムリ、なのかな、」
「あー…いや、ムリじゃねえけどな。…ま、そういうのは本人に聞くのが一番だろ?」
「…うん、そうだね」

そう。こればっかりは、本人の意志を確認してみないことには分からない。でもきっと、そう簡単にはいかない問題なんだろう。

食事を終わらせて、私はグリーンと一緒なやポケモンセンターへと向かう。ジムに行かなくていいのかと聞けば、彼曰わくガーディの様子が気になるし、他にも色々と心配事があるようで。ジムトレの皆には悪いなあと思う半面、1人だと不安で少し心細かったから安心した。

「あらグリーンくん、××さん、こんにちは」

眩しい笑顔で迎えてくれたジョーイさん。ガーディの様子を聞けば、体の状態はすっかり良くなって、いつでも退院していいとのこと。
それに安堵したのも束の間、ジョーイさんの眩しい笑顔が少しだけ曇る。なんとなくだけど、その表情がこれから何を言わんとしているのが分かる。

「あの子はとても傷付いてる。体もだけど、…心がね。あれだけのことをされてるから、人間に対しての不信感はそう簡単には消えないと思うわ」

ジョーイさんの言葉はきっと、今朝グリーンが私に伝えたかった言葉だろう。もちろんそれは承知の上だ。あのガーディが負った傷はとても深いだろう。そう簡単に癒えるような傷じゃない。もしかしたら、一生消えないかもしれない。

「…ポケモンとトレーナー。それはお互いが信じ合ってないと成立しないわ。あのガーディがこれから先、わたしたち人間を信じてくれるかどうか…って、ごめんなさいね××さん。勝手なことばかり言ってしまって」
「いえ、ジョーイさんの言うとおりだと私も思います。ガーディが私たちを信じてくれるかは分からない…だけど、でも、私はあの子を…ガーディを信じたいんです。このままは、嫌です」

あんな出会い方をしてしまったけれど、せっかく会えたんだもの。嫌われたまま、憎まれたまま離れてしまうなんて、悲しいじゃないか。

「××さん…そうね、私もあの子には私たちを信じてほしいわ。…だから××さん、ガーディをよろしくお願いね」

そろそろ診察が終わる頃だからと言われ、グリーンと一緒にガーディが居るだろう部屋へと向かう。すると丁度良いタイミングでラッキーが部屋から出てきて、わたしたちにペコッと頭を下げた。

「診察…終わったみたい」
「…みてえだな。どうすんだ××?」
「グリーンは、外で待っててくれる?」
「1人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ。1人じゃないから」

そう言って腰についたモンスターボールに手を当てれば、それは小さく揺れる。グリーンは察したように頷いて、気をつけろよ、とだけ言った。
グリーンの言葉に頷いてガーディが居るだろう部屋のドアノブに手をかける。

ゆっくりと開けたその扉の先には、小さな獣が横たわっていた。





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