走りながら、電話をしながら、ピジョットに乗り上空から。××の行方を探してみたが××の姿を見掛ける事はなく、見掛けたという情報も一切入って来なかった。時間が経てば経つほど胸の内に広がる不安は大きくなっていくばかりで、ぎゅっと握りしめた掌には嫌な汗がじわりと滲む。
トキワ周辺とマサラ周辺をくまなく探してみたけど、見掛ける事はなかった××の姿。もしかしたらすれ違いになったのかもしれないと足早にトキワに戻りジムに向かえば、ジムの扉の前にジムトレーナーのテンと見慣れた後ろ姿が目に映り込んだ。その見慣れた後ろ姿に心の底からほっとしたのも束の間、少し前までは曖昧だったその答は確かなものになった。

××が居た世界からこっちの世界へ帰って来てから今までそれはとても曖昧で、不確かな感情を抱きながら始めは恩返しのつもりで××を傍に置いて。
だけど、また彼女と過ごし始めてから気付き始めていた。自分が彼女に寄せる想いがどんなものなのか。それに気付いて認めてしまうのが恐かった。認めたらきっと俺は××を手放したくなくなる、もう戻れなくなる。もう××を笑顔で見送る事なんて出来やしないだろう。それを解っていながら、だけどやっぱりそれは止められないから。

―元の世界に帰るなよ、なんて言ったら××はどんな顔をするのだろうか?



「ピカチュウでんきショック!」
「ぴーかっ!」

レッドがシロガネ山から降りてきてる数日の間、××がポケモンバトルに慣れる為に俺とレッドが××のバトルを見守る日々が続いていた。××のバトルの腕は決して悪くはない、むしろ覚えがいい方だと思う。
野生のポケモンとのバトルを繰り返し重ねていく内に、××はポケモントレーナーとして様になってきていた。後は本当のトレーナーとバトルを重ねていけば、××のバトルの腕はどんどん上がるだろう。レッドも同じように感じているのか、××のバトルに口は挟まずにただひたすら見守っていた。相変わらず何を考えているのか解らない表情はそのままで。

「…グリーン、」
「なんだよ?」
「××は、元の世界に帰りたがってると思う?」
「…っ!なんだよ、それ」

レッドからの急な問い掛けに思わず言葉を詰まらせた。レッドは帽子の鍔を少し上げながら一度こっちに視線を向けて、バトルを繰り広げている××へと視線を戻す。

「…そのままの意味。××は帰りたがってると思う?」
「…さあな。そんなもん××本人に聞いたらいいだろ」
「…じゃあ、質問を変える。グリーンは××を帰らせてあげたい?」
「……っ!は、?」
「××はこの世界の人間じゃないから元の世界に帰らなくちゃいけない、」

そう思ってた、××と初めて会った頃は。××にとってこの世界で生きていく事は不安でしかない。そんな彼女がこの世界で生きていくなんて非常に困難だ。そもそも彼女はこの世界に在るべき存在じゃない…それなのに、この世界は××の存在を受け入れた。存在しないはずの存在、だけど彼女は確かに今ココに存在している。それこそ、××の居場所はこの世界の何処かにあるんじゃないか、そう思えた。

「…でも××は、この世界と向き合おうとしてる」

××が「バトルを見るのも経験だ」と言った時、彼女の瞳にはなんの迷いもなかった。それは××が元の世界へ帰ることを諦めたとかじゃなく、覚悟したんじゃないかと思えた。この世界で生きていく事を彼女が自ら望んでいるような気がした。この世界の人間じゃないから帰るべきという概念が今まであったけれど、今の××を見てるとそうは思わない。この世界と真剣に向き合おうとしてる××を見ていたら。1番大切なのは××がどうしたいのか、という事。

「…××がそれを望むなら、この世界で生きていくのもいいと思う。…俺はね」
「……、」

××と初めて会ったばかりの頃に思った、"異世界から来た彼女を一人ぼっちにしてはいけない"という使命感みたいなものがあった。
自分たちが彼女を守ってあげなければ、誰が彼女を守るのだろう。家族も友人も居ないこの世界で。

元の世界を、待っている人を、日常を捨ててまで××がそれを選んだ時は、

俺が××を守るから。

「…グリーンはどう思ってるの」
「……、」

帰したくないというそれはただの感情でしかない。彼女の幸せを想うのなら、帰る場所があって待っている人が居る住み慣れた元の世界に帰した方がいいんだろう。まだ帰れるのかどうかも全く解らない、だが帰してあげなくてはならない。だけどもし、××がこの世界を選んだとしたら?それでも帰さなければならないというのは変わらない。××はこの世界の人間ではないのだから。それが××の為なんだ。

そう、自分に言い聞かせて。

だがそれは本当に××の為なんだろうか?××の為を想うのなら、彼女がやりたいように、したいようにさせるべきなんじゃないのか。

…××は、どうしたいのだろうか。

「…俺、は、」

吹き抜けた風の音と透き通る××の声に、俺の言葉は遮られた。
視線を向けた土埃が舞うその中にすっかり自信に満ちた表情を見せるピカチュウと、こっちに向かい笑顔で手を振る××の姿。その××の笑顔が、何故だか妙に目に焼き付いて。

「ねえレッド、グリーン!今の見てた?ピカチュウが、ピカチュウがね!」
「ちゃんと見てたよ××。この辺りの野生のポケモンとのバトルだったらもう大丈夫だね」
「今日はこの辺で終わりにしとくか。次からはトレーナーとのバトルだな、××」
「うん!でもあと一回だけバトルさせて?今日はそれで終わりにするから。ピカチュウいける?」
「ぴーかちゅっ!」
「よーし、あとちょっと頑張ろ!」

ピカチュウの頭を一撫でした××は俺たちに背を向けて、また野生のポケモンとのバトルを再開させる。俺たちと××の間には決して埋まらない溝があるのに、この時ばかりは彼女の存在がとても近くにあるような気がした。

確かに××はこの世界での生きる道を探してる。今の××を見ているとそんな風に感じる。

俺はどうしたいのだろうか。
…いや、違う。俺は××に何をしてあげられるのだろうか。

彼女の為に、一体何を。

浮かぶのはさっきから目に焼き付いて離れない××の笑み。ただそれだけだった。あいつが笑ってる。

ただそれだけが、

「…レッド、さっきの質問の答なんだけどよ」

きっともう、この感情は止められない。止められないのならそれに従うまでだ。

―俺は、××が、



「…××が笑ってたら、それでいい」

××の笑顔を、愛しい人の笑顔を、見ることが出来たらそれでいい。××が幸せならそれでいいんだ。

(もしこの世界に、彼女の幸せがあるのならその時は、)




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