耳元で聞こえた声はあまりにも情けなくて彼らしくないものだった。抱きしめられている恥ずかしさなんてものは微塵も感じなくて、この状況に冷静でいられる自分に1番驚いていた。これは忘れた頃に思い出して恥ずかしくなるパターンなんじゃないかと思う。そんな事を考えながらグリーンに身体を預けていると、グリーンが溜め息混じりでゆっくりと口を開く。

「…なあ××、」
「は、はい、」
「俺は怒られんのがこんなに好きな奴を見たのはレッド以来だ」
「え、や、それは…その」

それは私もレッドも怒られるのが好きな訳じゃなくて勝手に身体が動いちゃうだけであって、そんなつもりは全くないんだけども。まあその自分勝手な行動のせいで毎回グリーンを怒らせてしまうのは事実。というかレッドもグリーンに怒られてるんだ。それは知らなかった。
返す言葉を必死に探してぐるぐると思考を廻らせているとグリーンから降ってくる長い長い溜め息。溜め息をつかれる度に申し訳なさが込み上げてくる。トキワの森で私が迷子になった時も彼は必死で探してくれていたから、きっと今回もそうなんだろう。そうじゃなきゃ彼の口から彼らしくないあんな情けない声は出てこない。携帯があればグリーンに連絡が出来たのに…とか、そんな事ばかりが頭に浮かぶ。

「ね、ねえグリーン、」
「………、」

ごめんね、と呟いた言葉はグリーンに届いたのか届いていないのか、グリーンの腕の力は更にぎゅっと込められた。グリーンは今どんな顔をしてるんだろう。私の頭には呆れ顔か怒り顔しか浮かんでこない。まだまだ反省が足りないかなんて考えていると、ゆっくりと開かれたグリーンの口から降ってきた言葉は私の予想を遥かに越えた言葉。

「お前が居なくなるとマジで焦る、」

…それは、どんな意味でなんだろう。私が異世界の人間だからなのか新米トレーナーだからなのかは解らないけど、それでもグリーンが私のことをここまで想ってくれているとは思ってもみなかったから、嬉しい半面心配をかけてしまった事が非常に申し訳ない。連絡手段がない事はこんなにも不便なんだなあとぼんやりと考えていると、「ま、無事だったみてえだからいいんだけどよ」と降ってきたグリーンの声は本当に安堵したような声色だった。

「グリーン…ごめん、」
「…今朝本部から悪い話を聞いたばっかだったからな、」
「それって、ロケット団の?」
「ナナミから聞いたのか。…まあ、今のところあいつらはジョウトで動いてるみたいだけど…」
「……、居た、よ。カントーにも、」
「…………は、?」

グリーンの力が抜けたような声が聞こえたと同時に、やっとグリーンの腕から解放された。恐る恐る振り返ればその近さに少しばかり鼓動が跳ねる。怪訝な表情をして考えるように口元に手を当てたグリーンは、私の言葉を聞いて何を思ったのか頭をかきながら大きな溜め息をついた。

「…お前もしかして、ロケット団と関わってて遅くなったとか言うんじゃねえだろうな?」

さすがグリーン、鋭い。そして視線が痛い。全くその通りだから黙ったまま恐る恐る頷くと、長くて大きな溜め息がグリーンから降ってきた。いや、私だって関わりたくて関わった訳じゃないし…と反論は心の中で。もちろんここからが、グリーンの地獄のような説教の本番が始まったわけである。



普段通りなグリーンからの説教の時間は今回一時間弱だった。ジムの前に居るって事をすっかりと忘れていたんだけど、通行人の視線が地味に痛い。この歳で公衆の面前で怒られる(しかも年下に)なんてそうそう慣れるもんじゃない。普通に恥ずかしい。なんなのこの羞恥プレイ。

長い長い説教を終えたグリーンは一息ついてから、自分の首の後ろに手を回した。

「…レッドもだけど、××まで厄介事に関わるのが好きみてえだな」
「や、あの…好きっていうか、」
「ま、状況が状況だったから今回ばかりは仕方ねえけど。…ただ…」
「…なに?」
「無茶だけはすんなよ、頼むから。…ただでさえ危なっかしいんだからよ××は」

真剣な表情でじっとこっちを見詰めながら私の頭をくしゃりと撫でたグリーンの言葉に、私はただただ頷く事しか出来なかった。心配かけてごめんね。心配してくれてありがとう。そう心の中で何度も繰り返して。

「で、レッドは?」
「しばらくマサラに居るって。グリーンと久しぶりにバトルしたいって言ってたよ?」
「勝手な奴だよな、レッドも」

刺のある言葉の割にその表情はどこと無く嬉しそうで、ジムに戻ったらアイツらの特訓しなきゃな、なんて笑うグリーンはレッドとのバトルを楽しみにしている様だった。この間はレッドに会えてもすぐにシロガネ山に戻っちゃったし、相当レッドとのバトルが楽しみなんだろうな。私もグリーンとレッドのバトルが見れるのはすっごく楽しみだけど。

…そう、か。"楽しみ"なんだ。ポケモンバトルというものは、本来楽しむものなんだ。私の初めてのバトルは状況が状況なだけに、とても楽しめるバトルではなかった。ポケモンバトルというものはトレーナーとポケモンの絆を深める為のもの。

私とピカチュウもいつか、ポケモンバトルを楽しめるようになる日が来るんだろうか。

「…、そういう事かあ…」
「ん、どうしたんだよ?」
「んーん、何でもない」
「んだよにやにやして…気持ち悪い奴だな」
「失礼極まりない!」
「ほら中入んぞ。××には遅れてきた分たんまりと仕事が用意してあんだからな」
「…それ今日一日で終わります?」
「どうだろうな。××の頑張り次第だろ」

うわ、今のグリーンの笑顔がすごく意地が悪い笑顔に見えたのは私の気のせいなんだろうか。
ここでじっとしてても終わんねーぞ、とけだるそうにジムの中に入っていくグリーンの背中を追い掛ける。あっちの世界では酷く遠くに感じたグリーンの背中は、この世界で色んな事を知っていくにつれてなんだか少しずつ近くなってるような気がした。




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