「ちょっと聞いてくださいよ!グリーンさん!」

仕事から帰ってきて早々、晩御飯を作っている最中のグリーンさんに私は荒々しく訴えた。
私の声に振り返らないグリーンさんは「何だよ」と背中で答えながらフライパンを放さない。
食欲をそそるいい香りがする。今日のご飯は何だろうな。
何かを焼いているジュウッという音を聞きながら思うのは、きっとグリーンさんは今「またか」という顔をしながら苦笑いを浮かべているんだろうと思う。
この流れはもう、グリーンさんがこの世界に来てから日常茶飯事なことであって。

「今日はですね、ほんっとにはらわたが煮え繰り返ったんですよ!ほんっとに!」
「後で聞いてやるから、とりあえずテーブル拭いてこいよ」
「ラジャー!」

テーブルを拭きながらグリーンさんがご飯を作っている音を聞くのも、これも日課。
少し前にやり始めたばかりのそれなのに、昔っからこうだったかのような感覚に陥ってしまうのは、グリーンさんがナチュラルにそう振る舞うから。
だから私も、不思議と自然体になってしまう。テーブルを拭き終えればもう、グリーンさんが作ってくれたご飯の美味しそうな香りが部屋中に充満して、元々お腹を空かせていた私はその香りを嗅いだだけでお腹と背中がくっつきそうだ。
湯気を立てるお皿を片手にグリーンさんは「で、今日は上司か?同僚か?」と私に聞きながらお皿をテーブルの上に置く。
今日のご飯はどうやらハンバーグ。グリーンさんがココに来てからこのテーブルの上に並ぶ食事が、何やら豪華になってる気がする。

「グリーンさん…あんた本当にいいお嫁さんになるよ」
「おい、なんの話だ。つーか××もたまには作れよ」
「たまには作ってるじゃないですか。……鍋とか」
「それ材料ぶち込むだけだろ」
「…でも、料理にはかわりないですもん」

そりゃそーだけどよ、と呆れたように頭をかくグリーンさんは、「で、今日もなんか聞いてほしいことがあるんじゃねえの」と首を傾げる。
ああ、そうだった…!今日という今日は本気であの会社を辞めてやろうと思ったんだ。

「そうなんですよ!聞いてくださいよもう…!」

荒々しく声を上げて顔を両手で覆い泣き真似をする私を見て、グリーンさんは引き攣ったような笑顔を浮かべながらも「お、おう」と私の話に耳を傾けてくれる。

「グリーンさんは昨日の私の勇姿を見てたから分かってくれると思うんですけど…」
「そういやあ徹夜したんだったよな××。結局いつまで起きてたんだよ?」
「…朝方の、5時…」
「…お前今日2時間しか寝てねえじゃねえか」
「私頑張りましたよね!?それなのにこの仕打ちって…!」
「や、俺に言われても」

苦笑いを浮かべたグリーンさんだったけど、がっくりと肩を落とした私を見兼ねてか、ふっと短い溜め息をつきながら私の方へとゆっくりと腕を伸ばす。
降ってきた大きな手に豪快にわしゃわしゃと頭を撫でられたと思ったら、あーエライエライ、なんて投げやりな言葉を吐き出すグリーンさん。

「…よく頑張りました」

にっと綺麗な笑みを浮かべるグリーンさんが私の頭を撫でる手は、止まらない。

…ああもうホントにこの人は。

いくら私が分かりやすいからって、どうして欲しい言葉をこんなにもぽんぽんと言ってくれるの。私ってすごく単純だなあって自分でも思うけど、それだけでさっきまでの苛立ちが何処かへ飛んでいく。
それでも私は恥ずかしさから、「子供じゃないんですから!」とグリーンの手をやんわりと払いのけてしまうんだけれども。

「つーか仕打ちって?」
「鬼畜上司がですね、私が今日の朝方の5時まで時間を費やした企画書に、目も通さないで没にしたんですよ…!」
「うわあ悲惨」
「ホントにあんな上司くたばればいい…!」

苦笑するグリーンさんは私が使う箸を持ち、それを私の前に差し出したと思ったら、

「これを上司だと思え」

そう言って、食欲をそそる香りを醸し出している美味しそうなハンバーグの中心に、手に持っていた箸をぶすっと勢いよく刺した。

「えっ、ちょっ…何やってんですかグリーンさん!」
「だから、これをそのイラつく上司だと思ってだな、」
「………え、あ、ああ…え?」

私は少し目を丸くさせながら、中心に箸が見事に綺麗に刺さっているハンバーグと、グリーンさんを交互に見る。
私のハンバーグになんてことをするんだこの人は、なんて思いは、グリーンさんがハンバーグの中心に箸をぶっ刺しているというそのシュールな光景に掻き消されてしまって。
「ま、めちゃくちゃにして食ってやれよ」なんて得意げな顔をして言うもんだから、私は思わず笑えてきてしまった。
きっとグリーンさんなりに、私を励ましてくれたんだと思う。

「ぐっ…グリーンさ…」
「…なんだよ」
「や、あのっ…あははっ」
「な、なに笑ってんだよ!」
「これ、これを上司だと思って食べたらお腹壊しそう…!」
「あー…それもそうだな」

まあ、食って忘れちまえばいいんじゃねえの?そう言いながら頭をかくグリーンさんは、ハンバーグを口に運ぶ。
息切れするくらいひとしきり笑ってから、私もハンバーグを口に運べば、その美味しさに自然と顔が綻んで。

「…美味しい」
「そりゃどーも」

目を細めてにっと笑うグリーンさんに、何故か私の心拍数が早くなってしまう。
それに気付かないフリをしたのは、これで何回目だろう。
今の私は、開きかけてしまった蓋を閉じることにいっぱいいっぱいになってる。
…ねえどうして、どうしてこの人は私の前に姿を現したんだろう。頭に浮かんだその疑問に答をくれるのは、誰ひとりとしていない。
彼と居るこの空間は居心地が良すぎて、蓋を閉じなければ、という思いとは裏腹に、沸々と浮かんでしまったひとつの願い。

決して願ってはいけない願い。

…もう少しだけ、

もう少しだけ、このまま。

彼との時間を私にください。




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