座り込んだままロケット団の二人に視線を向ければ、何が起こったのか解らないのか目を丸くさせていた。
土埃がおさまったそこには、レッドのピカチュウがロケット団の二人に向き直っていて。レッドが指示を出したらすぐにでも飛び掛かりそうな勢いのピカチュウに、ロケット団の二人は萎縮している様子だった。

「レッドって、まさかあの…?」
「クソ、だとしたら俺たちの手に負える相手じゃねえ…」

畜生、覚えてやがれ。悪役にはお決まりの捨て台詞を置き去りに、ロケット団の二人はバタバタと逃げるように去っていく。その様子を目で見送ってからレッドに視線を移すと、首を傾げたままピカチュウを自分の方へと呼ぶレッド。呼ばれたピカチュウは勢いよくレッドの肩に飛び乗った。

「××、大丈夫?」
「えっ、あ、うん。大丈夫…!」

笑いながらその場から立とうと片膝を立てるけど、膝が笑ってるのか思うように足に力が入ってくれない。今さらになって恐怖や不安が身体に表れたみたいだ。バトルをしていた時はバトルに精一杯だったけれど。
もしレッドが来てくれなかったら、今頃自分はどうなっていただろう。考えれば考えるほど怖くなって思考を停止させた。

「大丈夫じゃ、ないね」
「…そうみたい。力が入らないや」

苦笑を漏らしながら立ち上がろうと力を入れてみるけど、やっぱり力が入らなくて。それを見兼ねたレッドから差し出された手。それを握ろうとレッドの手に自分の手を重ねてみる、けど、小刻みに震えた手に力は入らない。
レッドはそれに気付いたのか、私の手をキュッと握り自分の方へと引き寄せた。レッドが私の腕を引いた力は相変わらずの強さで、それに少し驚きながらも私は苦笑を漏らした。

「××、何があったの?」
「えっ?…あっ!そうだ…!」

この場所でゆっくりとしている場合じゃない。さっきまでロケット団の二人がいた場所へと急いで駆け寄れば、毒に冒されたピカチュウと傷だらけのガーディが倒れていた。ゆっくりとピカチュウの身体を抱き起こせば、小さな声で弱々しく鳴いて。
そんなピカチュウの姿に、不甲斐なさと情けなさが痛いくらい身に染みる。あそこでこうしていたら、こうしていれば。私にもっとバトルの腕があったなら、ピカチュウをこんな目に合わさずにすんだのかもしれない。
それを悔やんだところで、そんな力を持ってない今の私にはどうしようもないのだけれど。

「ちゃーあ…」
「…うん、ピカチュウお疲れ様。ちょっとだけ我慢してね。すぐに良くなるからね」

ふわりと頭を撫でれば、ピカチュウは小さく頷きながらゆっくりと目を閉じる。ピカチュウをボールに戻してから視線を向けたそこには、傷が痛いのかふるふると震えるガーディ。
あの二人にかなり痛め付けられたのか、近くで見れば見るほど体に負ったその傷は痛々しいものだった。
抱き抱えようと手を伸ばしてみれば、警戒しているのか体をびくりと大きく跳ねさせる。私と同じ人間にあんな酷い事をされたのだから、恐れられても仕方がない。だけど今は一刻も早くピカチュウとガーディをポケモンセンターへ連れて行かなければ。
後ずさりながら警戒を解く気配がないガーディは、自分に近付いてきた私の手に噛み付いた。その痛みに私はつい顔を歪ませたけど、この子を放っておく訳にはいかない。

「…大丈夫、恐くないよ」

この子が信じてくれるかどうかは解らないけれど、今は信じてもらわなければ。噛み付かれた手をそのままにもう片方の手を差し出して、ガーディの頭をふわりと撫でる。噛んでも噛んでも頭を撫でる手が止まらないから、ガーディは少し戸惑い気味になり噛む力を弱くしていく。
そのままガーディの頭を撫で続けていると、体力が限界を超えたのかガーディはゆっくりと目を閉じた。

「…××、血が出てる」
「うん。軽い傷だから大丈夫。…この子の心と体の傷に比べたら全然軽い傷だから…」

眠ったように意識を失ったガーディを抱き抱えながらそう言えば、レッドは少し目を丸くさせてからほんの少しだけ顔を歪ませた。
レッドのその表情は辛そうにも見えたし悲しげにも見えたけど、どんな表現をしたらいいのか解らない何とも言えない表情をしていた。消毒だけでもしなきゃ、と苦笑を見せたレッドは、自分の持ち物から消毒液や包帯を取り出して軽く手当てをしてくれた。

「ありがとうレッド。…そういえばいつから下りてきてるの?」
「さっき。食料調達しに下りた」
「すっごい偶然だね…!」
「××は何してたの?」
「えっと…私はね、トキワのジムに行こうとしてたんだけど…」

今までの経緯をレッドに話せば、レッドはほんの少しだけ顔を歪ませながら小さな溜め息を漏らした。

「…ロケット団、まだいたんだ」
「最近はジョウトで姿を見かけるってナナミさんも言ってたよ」
「…そっか。それで××はあいつらとバトルしてたんだ」
「う、ん。そうなんだけど…」

…なんだか、情けない姿をレッドに見られちゃったなあ。自分から首を突っ込んでしまったのに、結局はピカチュウもガーディもこんな目に合わせてしまって。レッドがココに来てくれてなかったら、私はきっと諦めていた。
多分それは、私自身のせいで傷付くピカチュウを見るのが嫌だというそれと、頼りなくて情けない自分をこれ以上思い知りたくなくて。
こんな私がこれから先、ポケモントレーナーとしてやっていけるのだろうか。どうしても自分の力を信用することができない。これからの事を考えると不安で仕方がない。

「…××、バトルはさっきのが初めてだったんでしょ?」
「う、うん」
「じゃあまだまだこれからだよ。そんな顔する必要ない」

そんな顔って、私は今どんな顔をしていたんだろうか。レッドに伝わってしまうくらい表情に出してしまっていたんだろうか。

「バトルは経験だから。経験さえ詰めば××だって思うようにバトルが運べるようになるよ、きっと」

だから焦らないでいい、ゆっくりでいいから。そう言いながらレッドから伸ばされた手は、優しく私の頭を撫でた。そういえばグリーンも「バトルは経験だ」って言ってたっけ。
たった一回のバトルでこんな風になるなんて、私ってばダメだなあ。これくらいで弱気になっていたら、この世界で生きていけない。レッドの言うようにまだまだこれからなのに。そうだね、と頷いた私にレッドは軽く頷きながら優しい笑みを浮かべる。

「そろそろ行こう、××。トキワシティまで送る」
「ありがとう、レッド」

グリーンにもたくさん助けられてるけど、レッドにもどれだけ助けられたか解らないな、なんて思いながら、私はレッドと一緒にトキワシティに向かって走りだした。




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