まさか初めてのバトルが、私が一方的に不利でしかないこんな形のバトルになるなんて。私が投げたモンスターボールから飛び出してきたピカチュウは、頬袋をパチパチと音を立てながらやる気を見せている。そんなピカチュウとは対照的に、私は何とも言えない不安と恐怖が広がるばかり。
ロケット団の二人が放ってきたポケモンはドガースとズバットの二体。彼らの足元には傷付いたガーディ。私のポケモンはピカチュウのみ。この圧倒的に不利な状況で、一体どうやってバトルをしろというのか。
この子はどんな技を覚えていたんだったか。どんな指示を出せばいいのか。この状況に思考が追い付かない私の頭は冷静に働いてはくれない。
いつまで経っても指示を出さない私をピカチュウが少し不安げに振り返る。きっと私の不安がピカチュウにも伝わっているんだと思う。
パートナーに自分の不安を悟らせるだなんて、トレーナーとしては1番してはいけない事なのに。何をどうすればいいのか解らなくて動けないでいると、来ねえならこっちから行くぜ、という声に応えるようにズバットが攻撃体勢に入る。避けて、というそれは言葉にならなくて、勢いよくピカチュウに向かってきたズバットは狙いを定めて両翼を振りかざした。辺りに響く轟音とピカチュウの鳴き声に、思わず身体がびくりと跳ねる。

「っ、ピカチュウ…!」

ぶわりと砂埃が舞う中にゆらりと浮かんだ黒い影はピカチュウのもの。それに駆け寄れば、身体に傷を作りながらも立ち上がろうとするピカチュウの姿が目に入る。ゆっくりと立ち上がったピカチュウは痛みに顔を歪めながらも、真っ直ぐに私を見つめている。待ってるんだ、この子は。私の指示を。

「………ごめん、」

情けなくて頼りなくて、ふがいないトレーナーでごめんね。それでもピカチュウは、大丈夫だと言わんばかりに小さく鳴きながら私を見つめてくる。
こんな私を信じて待ってる。自分でさえ自分を信じることが出来てないというのに。それでもこの子は、私を信じて待ってる。

ピカチュウが信じてるのに、私が私を信じないでどうするの。

「ピカチュウまだいける?」
「ぴかぴっ!」
「…ありがとう、」
「ぴーか!」

声を張り上げたピカチュウは浮遊しているズバットに向き直る。どうやら私は、とても頼もしいパートナーに巡り会えたようだ。

「ズバット、もう一回きついの食らわしてやれ!」
「ピカチュウでんこうせっか!」

ズバットがロケット団員の声に応えるより先に、ピカチュウが私の声に応えて動く。狙いを定めたそれに凄まじいスピードで駆け出した黄色。
焦ったように吐き出された避けろ、というそれは遅かったのか轟音に掻き消されたのか。浮遊していたはずのズバットは土埃が舞う中に崩れ落ちる。
ホッと息をつく暇もなく、次に素早く動き出したのはドガース。戦況を見極めながらバトルをする余裕なんて、今の私にはまだ出来ない。ただただ攻撃の指示を繰り返さなければ。

「ドガース、どくガス!」
「っ、ピカチュウでんきショック!」

ピカチュウから放出された稲光はドガースを目掛けて飛ぶ。ふわりと宙に浮かぶドガースはそれをひらりと避け、ドガースの身体から放出された毒ガスはピカチュウの身体を包み込んだ。
しまった、と思ったのもつかの間、ピカチュウは苦しそうに顔を歪めてからその場に崩れる。
毒を喰らってしまったのだろう。ピカチュウの動きが鈍い。苦しそうに顔を歪めふらつきながらもその場に立とうとするピカチュウに、私は指示を繰り出す事が出来ない。
もちろん毒消しなんてモノは持ってないし、毒でピカチュウの体力が尽きてしまう前にドガースを倒すなんて事が今の私に出来るのか。

それにピカチュウが苦しんでいる姿なんて、見たくない。

これ以上ピカチュウを苦しませたくない。戦わせたくない。

だけどこのまま、諦めてしまったら、

どうしたらいいの、と下唇をきゅっと噛み締めたその時、後方から少し低い声が聞こえたと同時に私の横を何かが物凄い速さで通り抜けていった。
それはほんの一瞬の出来事で、次にドガースへと視線を向けたその時にはもうドガースの体は土埃に包まれていて。舞い上がる土埃の中で、ドガースが倒れている影とそのすぐ側にゆらめく黒い影が見えた。ただただ茫然とその光景を見つめる私の後ろから、足音と声が降ってくる。

「××、こんな所で何してるの?」

聞いた事のあるその声にゆっくりと振り返れば、赤い帽子を深々と被った彼と視線がぶつかった。

「………レッド、」

首を傾げながら帽子を被り直す彼の姿にホッとしたのか何なのか、私は力が抜けてしまったかのようにその場に座り込んだ。




- ナノ -