「あっ、雨…?」

ご飯を食べながらちらりと窓から外を見れば、流れるように降り注ぐ雨。
ばらばらと屋根に当たるその雨の音を聞いていると、結構たくさん降っているみたいだ。
ナナミさんは大丈夫だろうか、と雨が滴る外の景色を眺めていると、甲高い音が部屋中に響き渡る。その音に少し驚いたのは私だけじゃなく、イーブイとピカチュウも身体を跳ねさせていた。その音を発した本人は、何ともない表情を浮かべていたけれど。

「電話?」
「おー、…姉ちゃんからだ」

甲高い音を奏でているそれをポケットから取り出したグリーンは、相手を確認するとボタンを押した。
ああ、と頷きながらその電話に対応し、その会話は数秒で終わったようでグリーンは短い溜め息を吐きながらポケギアをテーブルの上に置いた。
グリーンが電話を切る前に「んな事しねえよ!」と怒っていたけど、ナナミさんに何か言われたのだろうか。

「ナナミさん、どうしたの?」
「用事は済ませたけどこの雨だから、もうちょっと帰りが遅くなるってよ。……もしかしたら帰れないかもしれねえってさ」
「え、大丈夫なの?迎えに行ったりとかしないの?」
「迎えにって…こんな雨の中空飛んでいけねえだろ」

それもそうか。じゃあナナミさん、今日はもしかしたら帰ってこれるないのかもしれないのか。というかナナミさんは何処に行っているのだろう。
…あ、ちょっと待った。もしナナミさんが帰ってこなかったら、グリーンと二人になってしまう。
まあピカチュウもイーブイも一緒に居るから、二人っきりという訳ではないんだけど。ってなんか、朝もこんな事を考えていたような気がする。
ああもう。だから、二人っきりだから何だって言うの。何もないよ、うん。何もない。…朝と同様、よく解らない思考がまた廻りだしてしまった。
その上タマムシデパートでの一件が加わって、少し心臓がうるさいような、なんだか思考がぐちゃぐちゃだ。

「それにアイツが居るのはジョウトだしな…って人の話聞いてんのか?」
「ぎゃっ!」

グリーンが訝しげに顔を覗き込んできたから、思わず全く可愛いげのない悲鳴を上げてしまった。ぎゃってなに、ぎゃって。女の子の悲鳴にしたら可愛くなさすぎじゃないか。
まあこんな悲鳴、グリーンには何度聞かせたか分からないけど。

「ぎゃって××…本当に乙女かお前は。そういう鳴き声のポケモンいるぜ」
「失礼にもほどがある!」
「つーか、早くメシ食って風呂入って寝ろよな。寝坊しても起こしてやんねーぞ?」
「わ、分かってるよ!」

子供に「明日も学校なんだから今日はもう寝なさい!」と言う母親のような顔をされた。完璧に子供扱いだ。
私の方が年上のはずなのにおかしいな。そう思いつつも、実際には私よりグリーンの方が断然に大人っぽいんだけど。これだけ子供扱いされてるなら、何かあるかもしれないなんてそんな心配しなくても…って、だから何を心配してるんだ、私は。

……こんなの、何かを期待しているみたいじゃないか。

一体何を、期待して、

「ごちそうさま。食器洗ってくる!」

グリーンの顔がまともに見れない。こんな事じゃいけない。早く蓋を閉じなければ。…だけど、そろそろ、気付かないフリをするのも限界なのかもしれない。

このうるさく鳴る心拍数が示しているものに気付いてしまうのは、いけないこと。平常心平常心、と何度も自分に言い聞かせた。

「あ?いいって別に俺がやっとくから。それよりも××は風呂入って早く寝ろよ」

私よりも早く食事を終わらせていたグリーンが、私の手の中にあった食器を奪い取る。そして奪い取ったそれと一緒に自分の食器も流し台へ持っていく。相変わらずできすぎくんだなこの人は。

「大丈夫だよ起きれるから。目覚まし時計も買ってもらったし。いつも私ばっかり1番風呂なんだからグリーンこそ先に入ってきたら?」
「もし明日寝坊したらどうすんだ?」
「……その時は大人しくグリーンの説教を受けます」
「言ったな××?」

ニッと口元を歪ませたグリーンは明日の説教は長くなるかもしれないな、なんて笑いながら、脱衣所へと向かう。
今のグリーンの笑顔はとても輝いた笑顔だった。明日は絶対に寝坊なんて出来ないな、と私は心に誓う。

「ねえピカチュウ」
「ぴーか?」
「もし私が目覚ましで起きれなかったら、起こしてくれる?」
「ぴかちゅ!」

元気よく返事をしてくれたピカチュウに、私は微笑んだ。
よし、これで明日はグリーンの説教から逃れることが出来るはずだ。



「………マジですか」
「ん、なんか言ったか?」
「ううん、なんにも」

タオルで頭を拭きながら怪訝な表情を浮かべるグリーンに、私は首を振りごまかすように笑顔を返した。グリーンの手にはポケギアが握られている。
グリーンがお風呂に入っている間にテーブルに置きっぱなしだったそのポケギアは、けたたましく音を上げた。その音に驚いた私は身体を跳ねさせ、一緒に遊んでいたピカチュウとイーブイも(グリーンと私に叱られたから仲良くしている)、動きが止まった。
部屋中鳴り響いたその音は、しばらくするとピタッと止んだ。それからイーブイとピカチュウは何事もなかったかのように遊びを再開させていた。
…誰からだったんだろう。そんな疑問が過ぎったが、ポケギアは私がいた世界でいう携帯のようなものだから、勝手に見てしまったらプライバシーの侵害だよなあ、なんて思いながらグリーンのポケギアを眺めていたら、丁度グリーンがお風呂から上がってきた。

鳴ってたよ、と視線でそれを指しながら言えば、「おー」と返事をしながらポケギアを弄りだすグリーン。着信相手を確認し、それを耳に当ててから数秒ほどでポケギアから女の人の声が漏れてきた。ナナミさんかな、と思いながらグリーンから借りた「かわいいポケモン」という雑誌に目を通す。
あーはいはい、という返事を繰り返しながらその会話は数分で終わり、グリーンはポケギアを弄りながら溜め息を吐き一言。

「やっぱり今日は帰ってくんの無理みてえだな」

グリーンのその一言を聞いて出た、「マジですか」発言である。
できれば今は、あまりグリーンと二人になりたくなかった。何もないということは分かっているんだけど、それもこれもおかしな思考回路のせい。

それにこのまま二人で居たら、閉じかけた蓋がまた開いてしまいそうで。

「ずいぶん降ってんな」
「そうだね」

………夜は、まだまだ長い。




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