「はあー…疲れた…!」
「そりゃ全部の階回れば疲れもするだろ。ほら、」
「あっ、ミックスオレ!ありがとうグリーン!」
「こぼすなよ?」
「子供扱いしすぎですー」

デタマムシパートの全部の階を見回り終えた私たちは、疲れてしまって(主に私が)屋上にて休憩の真っ最中。
ベンチに腰を降ろし、グリーンから渡されたミックスオレを受け取る。けど、グリーンから渡されたそれは二つあって、手の中にある二つのミックスオレを見つめながら首を傾げていると、グリーンの視線がちらりと私の肩に移る。
…ああなるほど、もう一つはピカチュウの分なのか。
そういえばポケモンってサイコソーダとか飲むんだっけ、と考えていると、グリーンは少し距離を置いて私の隣に座った。
…なんだか、グリーンとの距離に緊張というのか何なのか、どうも少し身体が強張る。
それもこれも、グリーンのさっきの不思議な行動が原因なんだろうと思うけど。

「ぴかぴ!」
「うん、ちょっと待ってね」

私の肩から膝に飛び移ったピカチュウは、早くくれと言わんばかりに私の膝をぺちぺちと叩きミックスオレを要求する。
私がこれだけ疲れてるんだから、私と同様に首を動かしてデパートの中を見回っていたピカチュウも、きっと疲れてるんだろう。疲労とかでもポケモンの体力って減ったりするのかな、と思いながら膝の上に座るピカチュウにミックスオレを渡せば、ピカチュウはその小さな両手でミックスオレを受け取り、口に運んでいく。
私も自分のミックスオレを口に運びながらちらりとグリーンを見れば、グリーンは空を仰ぎながら水を口に運んでいて。
それにつられて、私も上へと視線を移し空を見上げる。

元の世界とは何が違うのか何処が違うのか分からないけど、きっと何もかもが違う、雲ひとつない吸い込まれそうなほどの青色をした澄み切った空だった。
私もグリーンも言葉を交わす事はなくて、ゆっくりと流れていく時間の中でふと思うのは、この世界にも少しくらいは慣れてきたかなあってこと。
元々この世界と元の世界の違いといったら、ポケモンが居るか居ないかという所くらい(決定的な違いだけど)だし、グリーンはもちろん、レッドもオーキド博士もナナミさんもジムトレーナーの皆も、皆が皆いい人達ばかりで良くしてくれてるから、慣れるのがそんなに大変だったという訳じゃなかったけど。

…でも、まだまだ解らない事は山ほどあって。

この世界の事も、元の世界に帰る事が出来るのかも、どうしてココに居るのかも。
オーキド博士やグリーンが色々と調べてくれているみたいだけど、今のところ確かな事はまだ何も解らないままで。
色々と調べてくれている博士やグリーンには悪いけれど、私はもう元の世界には戻れないんじゃないかって思ってる。
そうなると、この先この世界で私は何をして、どうやって生きていくのかが不安になるけど。
最近その不安が少なくなってきている気がするのは、きっとこの子が傍に居るからじゃないかって思えるようになってきた。

「ピカチュウ、おいしい?」
「ぴかちゅ!」

私の膝の上で、ちびちびとミックスオレを口に運んでいくピカチュウ。可愛すぎる。
まだ出会ったばかりのピカチュウが、どうしてこんなにも懐いてくれるのか解らないけど、この子は私を必要としてくれてる…と思う。
それに私にだって、この子はとても必要になってて。

「××も、この世界に結構慣れてきたよな」
「えっ?ああ、うん、」

急にグリーンが声をかけてきたから、少しびっくりした。
元々ポケモンが居るか居ないかってくらいだもんな、というグリーンの言葉に苦笑する。
うん、やっぱりグリーンも同じこと考えてたんだ。

「グリーンが私のことお世話してくれてるおかげでね」
「それはお互い様だろ?」
「そうなの?」
「そうだろ。俺だって××に世話になったし」
「あはは、そっか!あ、ねえさっき買ってたモンスターボールってもしかして、」
「そう、ソイツの」

膝に乗っているピカチュウにちらりと視線を送るグリーン。
一度はボールに入れておかないと野生と同じようなもんだからな、とグリーンが言う。
言われてみれば、そんな感じだったような気がする。
荷物が入った袋をガサガサと漁り、私はモンスターボールをひとつ取り出した。

「これで××もポケモントレーナーだな」
「……私が、トレーナー、」

ポケモントレーナー。
私がポケモントレーナーだなんて、改めて言われるとまだまだピンとこない。
でもピカチュウを見ていたら、それは沸々と沸き上がる。この世界に足を踏み入れた時から、興味が沸いて仕方なかった。
それはピカチュウと一緒に居るからこそ、この世界で私が出来ること。

この世界でしか出来ないこと。

ふとピカチュウを見てみれば、私の手の中にあるモンスターボールに興味があるのか、物珍しそうにそれを眺めていて。
ぴーか、と小さく鳴いたピカチュウは手を伸ばし、その手はモンスターボールの真ん中にあるボタンに触れる。

「あっ…」
「ちゃあ!」

モンスターボールの中から伸びた赤い光はピカチュウの身体を包み込み、吸い込まれるようにピカチュウはボールの中へ。
手の中でカタカタと小さく揺れていたボールは、しばらくすると大人しくなった。
…この子今、自分からボールに入っていかなかった?

「…入っちゃった、」
「ソイツ、××のこと相当気に入ったみたいだな」
「そう、なのかな?」
「見れば分かるだろ?自分から入るなんてそうそうないぜ」
「そっか…そうだね、」

この世界の人間ではない、いつ帰るかも分からない、そんな私がパートナーでいいのか、という思いを込めてボールをひと撫ですれば、それに応えるようにボールが小さく揺れる。
それはピカチュウが、私はココに居てもいいのだと言っているかのようで。

…うん、ありがとう。やってみようじゃないか。

君が応えてくれるなら、私もそれにちゃんと応えたい。

「…私、この子のいいトレーナーになれるかな」
「どうだかな。ま、俺に着いてきたら間違いないぜ」
「はは、すごい自信」
「俺を誰だと思ってんだ?」
「……グリーンでしょ?」
「おー言ってくれるじゃねーか××。よーしジム戻んぞ!ジムリーダーの実力ってもんを見せてやる」
「うそうそっ、ごめんなさい!カントー最強のジムリーダーグリーンさま!」

ほんの少し感じる不安はグリーンの渇いた笑い声と、ピカチュウの存在に掻き消され、不思議と暖かい気分になる。

…信じたいんだ、私は。
私はこの世界の人間じゃないけど、この世界に帰る場所なんてなくても、きっとこの世界の何処かに私の居場所が在るはず。

この子と一緒に、それを探していこうじゃないか。




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